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砂波  作者: みっちぃ
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『ねぇまた逢おうか。良かったらご飯にでも行こうよ。何が好き?イタリアン?フレンチかな?』


50を越えたであろう男が駅前まで女を送り届け矢継ぎ早に話す。さっきまで行われていた光景を女に重ね見ていやらしく誘っているのだ。女は男のブランドものとおぼしきスーツの袖口を見つめ


『またね…』


足早に車から立ち去った。女は一人暮らしの部屋に戻り、ほんの数分前に受け取った名刺に目をやった。それなりに知られた建設会社の役員だったようだ。


『…暇潰しよね』


男の移り香が気持ち悪く、ホテルでもシャワーを浴びたがまた女はシャワーを浴び直すことにした。水が降り注ぎ自分へとぶつかり、己の存在をシャワーの飛沫が強ければ強い程に感じる。


濡れた髪をタオルでまとめ、携帯へと目をやる。一件の未読メッセージがあった。


『割りきった関係…応相談』


武骨な一文ではあったが女も割りきった関係しか求めてはおらず、今度の時間制恋人にこの男を選ぶことにし、三日後に例の駅前で待ち合わせることにした。



愛想よく堅実に仕事はこなしているつもりの女ではあった。周囲からの信頼もあり、ブライダルサロンでマネージャーとしての役職も得ている。しかし、真面目に仕事をこなせばこなすほど上からの期待は大きくなり、仕事に追われプライベートが幾分蔑ろになった頃、唯一の理解者だと思っていた恋人が職場の後輩と浮気していると知った。実直な仕事ぶりの中で自分の生活を削り、日に日に女は感情を見失い、ただひたすらに求められることをこなすように過ごしていた。そして、この裏切りの日を境に人の幸せの瞬間を目の当たりにする職場すら彼女にとって地獄そのものとなった。



『私は必要なのかしら…捨てゴマみたいじゃないの…』


行き場のない感情が芽生え、恋人と後輩の無情な仕打ちに涙すら溢せなかった。まるで自分が中身のないハリボテにも思え不安に押し潰されそうになる。女は駅前まで配っていたティッシュにかかれたアドレスに無意識のうちに登録していた。


何人の男とその瞬間だけの優しさに身を投じたかは覚えていない。ほんの出来心だった。


『キミ可愛いね。2万でどう?』


相場がわからなかったが、時給一万で考えれば悪くはない。自分の嫌いな自分をとことんおとしこんでやればいいと憎しみの矛先を自分にむけ、追い込むことが唯一の生きる糧となったのだ。


ただ見ず知らずの男たちに恥態をさらすのはこの上ない屈辱で、回数を重ねるごとに増える現金が生々しく女に節操のなさの刻印として刻み込んでいく。


いつものように女は待ち合わせの駅前で男を待った。片落ちした四駆の助手席に乗り込み憂さ晴らしのように男に条件を叩きつけた。


四駆の持ち主はこちらを品定めするように全身に目をやり、ハンドルに目を戻した。


『この人も一緒だわ。』

『どいつもこいつも頭の中でいやらしく女が声あげるって思ってる。』

『好きにすればいいわ。私は人形だもの何も感じない。』


女は条件をテープレコーダーを再生するように淡々と口にしながらも、心の中はこみあげる世の男性への蔑んだ感情が煮えたぎっていた。


女の容姿にだいたいの男たちは下心を匂わせながらも優しい台詞をかけてくる。その都度


『気持ち悪い…男なんて皆バカなんだ』


女は嘲笑い自分の手によって追う傷を少しでも減らそうとしていたのかもしれない。ところが今回の男は女にとっては予期せぬ台詞を吐いてきた。


『どこだってかまいやしないだろ…』


そうだ。どこで微睡もうがやることはおなじである。男の性欲を満たすための玩具に女はかわらない。改めて自分の置かれた立場と、やけっぱちでしているこの行為の虚しさが女を怒りと憎しみの鬼から惨めで愚かな餓鬼へ成り下がっていると気付かせたのだ。


女はたまの飲みの席では煙草を吸う習慣があったが、ここしばらくはこの滑稽な慰めの都度に煙草をくわえ自分の嫌う自分へと戒めの証としてくわえていた。


男の乾いた手のひらが女の肢体に触れる度に横たわる自分の形を覚える。強く求められるほどにこの世に自分は存在しているとは思えど、満たされない自分がそこにいるともわかっていた。ただ誰かに自分を見て欲しかった。自分だけの存在に気付いて欲しかった。


ベッドの乾いた音は自分の心の軋みと重なり、満たされない悲しみという砂漠をさ迷い歩かせた。


『こんなことしたって何も変わらない』

『惨めだわ』

『気持ち悪いのは私…汚い』


『でももうわからない』

『助けて誰か助けて』


『それでも誰かに一瞬でもいいから必要とされたいんだもの』



女の頭には答えの出ない自問と逃げと自己防衛の自答が繰り返される。日に日に心の飢えが不安と孤独の重石を抱え女を暗闇の中を歩かせていた。そこに出口があるのかさえわからず、自ら飛び込んだ迷宮とはいえ女は怯えていた。自分を傷付けることで存在を実感する矛盾と、好ましくない行為から得る安堵…ずれた歯車が軋みだし壊れるのは時間の問題であった。わかっていても自分を止める術を見いだせず、女はいつもの駅前で新たな時間制恋人の白いセダンへと近付いていった。






『今日も援助目的?』


私があの時一瞬たじろいだのは、誰かにこの滑稽な自分探しの行為を罵られた羞恥からでした。だってよりによって女を性の玩具と思っている貴方だったんですから…でも私にはそんな男が釣り合っている気がしたの。だから貴方に腕をひかれても抵抗する気もありませんでした。これ以上堕ちることなんてない…あの時の私は思ったのですから。


煙草をこんな何気なく吸ったのは初めてだったのよ私。車外に吸い込まれ流れる煙が、天女の衣に見えてとても綺麗だったわ。貴方にはどう見えたかしら…

でも時間がたって冷静になったとき怖くなったんです。ただでさえ私は貴方に生意気な女だと思われたでしょうから、殺されるのかもと思ったら初めて生きたいって感情が生まれて…変ですよね…もう死にたいって思ってたのに、いざ死を目の当たりにすると怖じ気づくなんてみっともないでしょ?だから余計に強気になったんだわ。


だからあの時


『海にでも行くか』


って貴方が云ってくれた時、力が抜けて泣きそうになったのよ…嬉しかった。何年ぶりの海だったかしら…真っ暗でほとんど何も見えもしなかったけど嬉しかった。貴方には何気ないお誘いだったかもしれないけど、私にはちょっとしたドライブデートの気分にも思えたんです。貴方にはあの瞬間下心がなかったでしょ?それも嬉しかった。私を女として性の捌け口ではなく人として見てくれたって少し期待も勝手にしちゃったの。



潮騒が心地よくて海にひきこまれるような錯覚すらあったわ。貴方は私を心配してくれたの?馬鹿ね私 。あんな時普通女だったらあのまま貴方に抱き締められて貴方に身を任せ甘えれば良かったのかしら?足元の波が貴方のジーンズまで濡らしてたわね。有難う。幸せな時間だった。


全身が脈打ってるみたいに紅葉していたのよ。真っ暗で気付かなかったでしょ?初めてのキスみたいにドキドキしてたわ。嬉しくて恥ずかしくてさっきまでの自分が惨めで情けなかったの。


だから我が儘云ったのよ。本音は貴方に抱いて貰いたかった。でもあのまま躯を重ねてしまったら同じことの延長線上に思えて許せなかったの。ごめんなさいね。可愛げがない女よね。あの車の中で


『このままずっと走り続けられたら』


って思っていたの。たまの対向車のライトが貴方を照らした時横目で本当は貴方を私何度か見つめていたのよ。全然気付かないのが貴方らしくて笑っちゃいそうでした。それに特に話さなくても貴方の考えが何故かあの日の私にはわかる気がしていたわ。似た者同士っているのね。悪い意味でとらないでくださいね。私は嬉しかったのだから。


駅前について私は思ったの。


『ここからもう一度始めたい』


貴方も思わなかった?私たちの出会いは自慢できるものじゃないけれど、私は貴方に救われたの。貴方とはきっともう一度巡り会えるだろうから、しっかり前を向いて歩こうって決めたのよ。犯してしまった過去は消えないけれど、あれも私であり今があるんだもの。過去には囚われないって決めたの。だから必ずここできっとまた逢えるって思って過ごしております。


今日は生憎の雨だけど貴方は濡れていませんか?駅前では傘を持っていない方々が軒下に肩を寄せ合い通り雨が過ぎるのを待っているようです。この雨が止んだら久しぶりに本屋サンで何か面白い本を探してみますね。貴方にもその内容を話せたら嬉しいです。

駅前のカフェで仕事帰りに宛名のない手紙を書き続けて5年が経ちました。そろそろ貴方に手渡せたら幸いです。



女は手紙をおり、クラッチバッグにしまいカフェから本屋へと小走りに向かった。男と女がその後出逢えたかはまた別のお話で…。


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