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冒涜的な世界の滅亡

作者: 伊佐谷良明

 西暦2015年、世界は闇に包まれた。薄い膜が空を多い、太陽光は木漏れ日のような具合にしか入ってこなくなった。

 膜は、海に出現した巨大なタコが天に向かって吐き続けている墨だった。墨は人類の技術をあざ笑うかのようにゆっくりと空へと上り詰め、いかなる物質もそれを阻害する事はできなかった。ちょうど水中に発生した泡を小さな手の平で受け止めようとするのに似ていた。

 あらゆる方策はことごとく無駄に終わり、タコに手を出そうものなら、タコが受けた傷の数倍もの津波が世界を襲う事になった。

 人類はもう間もなく、終わりを迎える。


 つい数時間前までは、平穏な世界だった。車はいつも通り走り、電車は遅延なく進み、朝の五時から計算してみると、まだ一度も事故が発生していない珍しく平和な一日だった。

 雲一つないよく晴れた日、青年は今日も今日とて部屋に引きこもっている。夜勤のバイト明けなので疲労感はあったが、まだ眠くなかった。部屋のカーテンを閉めて、エロサイトを巡回していた。

 青年はロリコンだった。ロリータ系のポルノサイト(青年は特に素人物を好んだ)を食い入るように見つめ、ダウンロードできる動画等があれば、見る見ないに関わらずダウンロードをして回った。

 ダウンロードをする際に、英数字を打ち込まされる場合がある(英数字は画像ファイルで表示されており、アプリを用いた自動ダウンロードができないようにする為のもの)。青年はその作業を厭わず素早く片手でキーボードに打ち込むとダウンロードを開始した。

 しかし、この日のダウンロードサイトは少し違うようだった。

 青年が見ているサイトは、お気に入りのサイトの、一番トップにリンクが貼られていたサイトだった。サイトは悪趣味な黒と青を基調とした背景で、ところどころ文字化けしていた。

 おどろおどろしい雰囲気に青年は最初即座にブラウザを消そうとも思ったが、コンテンツの豊富さと、いくつか開いた結果ウイルスや騙し用の広告サイト(リンク先が全て広告収入等を得る為のサイトに繋がっているようなサイトの事)でないことを確認すると、もう少し調べてみようとも思った。

 念のため、サイトのタイトルを検索してみる。最初は数百件程出ていたが、そのタイトルに当てはまるサイトはないようだった。検索やレビューサイト(読んで字のごとくレビューするサイト。漫画やゲームをレビューするものもあるが、ここではエロサイトのレビューをしているものを指す)に引っかからない程新しいサイトという事だろうか。

 それにしては、コンテンツが不自然に豊富すぎる。また、いまどき珍しくサイトには一つも広告(XMM等ゲームの広告が最近多い)が表示されていない。

 再度、ページを更新してみる。すると、先ほどまで数百件程だったものが、数万件に膨れ上がっていた。

 空恐ろしくなり、カーテンを開く。明るい光が差し込んできた。外からは、バイクの走る音が聞こえた。

 青年はもう一度椅子に座り、画面を遠くから、片手で目を軽く覆いながら見つめた。34,432件。先ほどのは見間違いだったのだろうか。

 一番安全そうなサイトを開くと、見知ったレビューサイトだった。

 豊富なコンテンツ、広告なし、だましなし。エロサイトに現れた期待の新星。そんなことが書かれていた。編集日を見ると昨年だった。

 こんなサイト、本当にあっただろうか。青年は疑問に思いつつも、もう一度件のサイトを見る。おどろおどろしさは相変わらずだが、確かに豊富だ。

 年齢層も、まさしくゆりかごから墓場までと幅広く冒涜的なまでの守備範囲の広さである。プレイ種類も多種多様で、細かくタグ分けされている。

 青年はその一つ、彼がもっとも好んでいる年齢のもっとも好んでいるプレイを選んだ(制服を着たまま恋人のように愛し合うのを彼は好んだ)。美しい少女が、青年と同じ年齢程の男と恋人のようにくっついているのを見て、彼の心の中に名状しがたい感情が湧き上がるのを感じていた。

 即座にズボンを脱ぐ。が、サイトの動画はそこで終わってしまった。サイトの容量の関係だという。ダウンロードリンクがその下に貼りつけられており、そこにすかさず飛んだ。彼はいつ通り英数字を打ち込んで認証して、ダウンロードを開始した。

 他の動画を見てみると、どの動画も同じダウンロードサイトを使っているようだった。

 ダウンロードサイトは現在期間中で、いくらでも無制限にダウンロードができるらしかった。

 青年は、いくつも動画を開いては、いくつものファイルをダウンロードしていった。

 認証の画面はいつもと違い、それぞれ10桁程の数字を打ち込ませた。

 ダウンロードの数が増えるたびに、加速度的に動画が増えているような錯覚(本当に錯覚?)に陥っていった。

 青年は、そうして、気づけば数百の動画をダウンロードしていた。

 気づけばパソコンの容量は残り数ギガしか残っていなかった。

 どれかを消そうか。そう思ってもう一度画面を見ると、先ほどまで赤い色で示されていた容量が、黒色に。正確には、半分程容量が空いていた。

 最初はウイルスかとも思ったが、ブラウザのキャッシュや一時保存されたファイルを消したような気がして、青年は納得した。

 そうして、また数百、打ち込んでいく。

 途中から青年は何をダウンロードしているのかわからなかった。が、とにかく打ち込んだ。

 そうする事で素晴らしい何かが見えるような気がして。

 青年は、自分が大きなタコのような存在になっている事に気が付いた。パソコンを打ち込んでいた細かい指は細い触手に代わり、握っていた手のひらは消失していた。

 先ほどまで着ていた服は青紫のぬめぬめとした光沢を持った粘液に変わっており、身体中を覆っているのがわかった。身じろぎをすると、粘液をこすらせたような音が聞こえた。

 青年は事態をつかめずに、目の前のパソコンの画面を見つめようとしたが、そこに画面はなかった。広大なまでに広がるコンクリートジャングルが、そして空には晴天に浮かぶハエのような機械がこちらに向かって飛んでいた。

 下を見てみると、そこは水だった。おそらく海であろう。船がいくつも転覆しており、まるで映画の世界に入ったような気分になった。唯一現実感を持たせるのは下半身に伝わる海の冷たさと、時折ハエが何かをこちらに打ち込んでくるときの痛みだった。

 それを除くと、彼の身体は狂気じみた青紫のタコのような怪物に成り代わっており、柔らかい肌から流れる血は言いようのない光を伴って身体から流れていた。そして海に流れるや否やそれは瞬く間に広がっていった。

 青年はぼやける頭の中で、先ほどまで見ていた動画の続きを思い浮かべた。痛みはもはや感じなかった。触手がうごめき、漆黒の深淵に通じる細い管を優しくなでた。やがてその快感が高まり、空に向かって奇怪な溶液をぶちまけた。

 細い管から放出された液体は、空気をかきわけるような冒涜的な音をたてながらゆっくりと空へと昇っていく。

 液体をよく見ると数字が書き込まれていた。

 数字は空を覆い人々を混迷に陥れ、到底この世に存在しえないであろう不思議な模様を描いた。

 闇に包まれゆく世界の中で、模様は完成された。青年よりも巨大な触手が空からゆっくりと地上へ降り立った。そしてそれがまだ、足の一つである事に気が付く。

 世界は暗転した。

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