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7,『言うなれば褒め殺し』

 彼女、天宮杏澄は混乱せざるをえなかった。

 いつも通りの帰路を歩いていたら、突然進路に黒い渦を見たからだ。

 昨日は無かった。と言っても変なことには巻き込まれた覚えがある。

 最近摩訶不思議なことばかりが自分の周囲で起きること、疑問でしかない。


「……」


 好奇心は猫を殺す。

 同様に好奇心は自分を殺す。そんなこともわからぬ杏澄はただ好奇心ゆえにその黒い渦へと足を踏み入れてしまった。

 周囲を歩いていた一般人がそちらを向くこともなければ気にすることもない。

 ただ何事もなかったかのように、渦はまだそこに健在する。




 再び、好奇心は猫を殺す。

 同様に好奇心は野次馬を殺す。

 誰が言ったかそんな万能な言葉はここでも使えるだろう。

 どこかの野原。鉄塔が点々と建っているだけのその野原で、彼女は逃げていた。


「ど、どういうことよ!?」


 紅乃朱莉は必死で逃げる。

 何も無い野原を、後ろから追ってくる者たちを背に逃げていく。


「はぁっ! はぁっ! きゃっ!?」


 足をくじいて転ぶ朱莉が、起き上がって振り向けばそこには追ってきた者たち。

 全身が真っ白で人のように頭、体、手足がついているといってもその手足は先へいけば行くほど細くなっていて、指などはなく手足の先は紙のようにペラペラ。

 胴体から伸びる頭はダイヤモンドのようで、その真ん中が開いて口のようになっている。

 並び立った鋭利な牙を視界に入れ、朱莉は怯えながら後ずさっていく。


「こ、こんなところで……死にたく、ない」


「私の前で死なせるか!」


 そんな声が聞こえ、朱莉の背後から颯爽と現れる金髪の少女。

 普通の私服だろう。しかしその姿と右手に握られた剣は些か違和感を感じた。

 現れた少女はその剣にて眼前の白い姿の敵を斬る。


「こうも多いとはな! なんだこの街は!」


 それはこっちのセリフだ。と思いながらも朱莉は黙っていた。

 普段こんなことに巻き込まれたことなどない。

 少女の言葉からして“多い”とはこの現象のことを言っているのだろうけれど、聞いたこともなかった。

 それはすなわちこの現象に立ち会った者が出てこないからだろう。


「使い魔ばかりが鬱陶しい!」


 白いそれを、手に持つ剣で切り裂いていく少女。

 朱莉はその姿をその少女の後ろから見るのみ、だ。


「えぇい!」


 言葉通り。かなりの数が少女へ集る。

 つまりは朱莉だって危ないということだ。

 心の中で必死に少女を応援する朱莉だが、劣勢なのは変わらないように見える。

 だが少女がもう一本、どこからともなく剣を出した。

 二刀流の少女が次々と敵を切り裂く。


「ここまで多いとは!」


 右手の剣で眼前の敵を切り裂き、左手の剣で横から牙を突き立てようとする敵を刺す。

 抜くとその敵はすぐに地に還る。いや、溶けると言ったほうが正しいかもしれない。

 足元から溶けて白い液体へと変わる姿は異常。


「(元々、異常だけどね)」


 違いはないと、言わんばかりにその敵を見る朱莉。

 その敵を次々と切り裂いていく少女は、その数の敵に徐々に押されていく少女を見ながら、朱莉は何か無いかと焦ってあたりを見回すが草やらなにやらしかない。

 舌打ちをして朱莉はいつでも逃げられるようにするが……瞬間、敵が牙をむき出しにして少女を背後から襲おうとする。


「あぶな―――」


 朱莉が言い終える前に、白い何かは鈍器のようなもので殴られ、地面に潰れた。


「ハァっ……ハァっ……」


 息切れしながらその|鈍器(鉄パイプ)を持っているのは、天宮杏澄。

 彼女は鉄パイプを下ろした後、ハッ、とした表情をしてからその鉄パイプを持ったまま後ろに下がる。

 とんだヘタレであるが、そんなことを思うより朱莉はその敵を見れば鉄パイプ一撃程度で倒れていた。

 そこまで耐久はないようで、少女も再び戦闘を開始する。


「あ、天宮さんはどうして?」


 そう言って後ろを見るが、杏澄はただ鉄パイプを握って周囲を見ているだけだ。

 挙動不審の彼女は学校で見かける時とはなんだか違う。

 ほどなくして敵が殲滅されると、空間が消えてそこはただの街中へと戻る。


「えっ?」


 少女の剣と杏澄の鉄パイプはいつの間にやら消えていて、ただ自分が幻を見ていたかのように思ってしまう。


「君は、魔法使いと一緒にいた……」


 鉄パイプを消えたことに気づいたのか、少女ことブレジネフは目を細める。

 杏澄はその視線に怯えることもなく、ただ立っているのみだ。

 不自然な三人、ブレジネフは杏澄のことを見ながら、鉄パイプがなくなっていることに気づいて目を鋭くした。


「君は踏み込んだわけだな……半端な覚悟と好奇心で」


 ブレジネフの鋭い瞳に睨まれた杏澄はおどおどとしながら顔を逸らす。

 まさに蛇に睨まれた蛙。

 朱莉は状況がわかっていないからか、邪魔をすることにした。


「さっきのは天宮さんが居なければ貴女が怪我を」


「怪我はおろか死の覚悟もできている私とは違う。君は……いや、あの魔法使いは何を考えているんだ……」


 そう言うと、杏澄と朱莉を置いて何事もなかったかのようにブレジネフは去っていく。

 残った二人がただ佇むが、そこで朱莉はハッ、と我に帰るとすぐに杏澄の手首を掴む。

 ビクッ、と反応する杏澄だったが記者としてここは退けない。

 好奇心が猫を殺そうが、好奇心は記者までは殺せないと―――ここで身を案じて大スクープを逃すわけにはいかないのだ。


「あの、さっきのことなんだけど!」


 頷く杏澄に、朱莉は手を離した。

 だが瞬間、朱莉は指を向ける。

 何かがあったのかと朱莉がそちらを見れば、空に青白く光るなにか……。

 夕方の空に見えるそれは間違いなく……。


「ただの飛行機じゃないですか!」


 そう言って背後を見れば、すでに杏澄はいない。

 全力疾走でもしたのかと思うが、彼女の姿は視界に映ることはなく、自分の情報網にも彼女の住所などは引っかかったことがないし、彼女の細かな情報など必要としたことがそもそもないのだから当然。

 これからは必要のない情報でも一応は覚えておこうと心に決めるのだった。

 だが、今自らの野次馬魂をくすぐっているのはまごう事なく天宮杏澄。

 逃すわけにはいかないと、朱莉は口に笑みを浮かべた。




 元々運動が苦手な杏澄が家に帰ってくれば、全力疾走をしたせいで肩でぜいぜいと呼吸をしながら顎から汗をぼたぼたと流す。

 これが美しかったり可愛らしかったりする女性であれば、色っぽかったりしたのだろう。

 けれど杏澄では色気ゼロである。

 まったく整えられてもいない髪に隠れた表情。


「はぁっ……はぁっ……」


 ―――危なかった危うくいじめの対象になるところだった。

 自分が目立てばいじめになるのは絶対だ。

 朱莉がどんな記事を書こうと誰も信じないだろうけれど、それでもなお不安である。

 グラハムがいないのを確認してから、杏澄は自分の部屋へと入った。


「ただいま、みんな……!」


 いつぞやの日にグラハムが入った時とは違い、ずいぶんと整理されえいるのは珍しいことだ。

 部屋にある机と、深夜の通販でよくやっている奥と前で二重になっている本棚。

 あたりの棚などにも大量のゲームが並べられているが18という数字が書いてあるのが大半。

 申し訳程度にベッドがありそのすぐ横に本棚があってそこには漫画が置かれている。

 ため息をつきながらも、グラハムがいないこの時を楽しむこととした。




◇◇◇◇◇◇




 彼、松田グラハムは退屈そうな顔で公園のベンチに座っている。

 片手に缶コーヒーを持って飲みながら、その視線の先には子持ちの奥様方。

 グラハムにとってはそれもまたストライクゾーン、寝取りも好きな男である。

 彼の守備範囲は驚異的だ。

 だが彼がそこにいる理由はただ“ターゲット”を探しているわけではない。

 ちょっとした用事が終わってたまたまこの公園に残っているだけだ。


「探したぞ」


 目の前に立つのはブレジネフ。


「おや、この俺を探してくれるとは嬉しいじゃないか」


 いつも通りの軽口で返すと周囲を見渡す。

 一般人が沢山いるということが言いたいとわかり、ブレジネフは舌打ちをしながらグラハムから少し離れたベンチに座る。

 少しばかり険しい顔をして、彼女は彼より先に口を開く。


「なぜあの……」


「天宮杏澄ちゃんだ」


「ああ、その天宮に“魔術”を教えた?」


 その言葉に彼は軽く笑った。


「杏澄ちゃんが興味ありそうだったからだよ。それに退屈そうだったから、というのはどうだろうか……フハハッ! そうだな、そうだ。杏澄ちゃんが暇そうだったから俺はただ素材を提供しただけと思ってくれて構わん」


「彼女はちょっとの好奇心でこちらに足を踏み入れてしまったんだぞ、それがどれだけの不幸かっ……!」


 そんなブレジネフの言葉に、グラハムが真面目に取り合う気はないのか笑うのみだ。

 堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりの勢いで、グラハムの前に立つブレジネフだが、その勢いと気迫は相当のものである。

 醸し出す殺気によりあたりは静かになった。


「貴様は、何をしたのかわかっているのか?」


「貴女みたいな“小娘”に言われなくてもグラハム君はわかってるはずだよ」


 そんな声はブレジネフの真後ろから聞こえ、ブレジネフは勢い良く振り返りいつの間にやら背後にいた少女を視界に入れた。

 目の前の少女は自分とさほど年齢も変わらないだろう。つまりグラハムや杏澄とも変わらぬように思える。

 それに構わず彼女はブレジネフを『小娘』呼ばわりした。

 つまりはそれなりの経験を積んできているということだろう。


「何者だ?」


「協会本部に帰りなさい」


「返答になっていないぞ、私は何者かと聞いている」


「わからない? 返答する気もないのだけれど……って、貴女に構っていたせいで」


 そう言って少女はグラハムの方を向く。

 ブレジネフもそちらを見るがすでにグラハムはいなくなっていた。

 舌打ちをしてブレジネフは少女の方に目をやるが少女もいつの間にやらいなくなっている。

 結局、その場に残ったのは彼女一人になってしまうのだった。


「何を考えている……なにも楽しいことなどないというのに」


 彼女は悪態をついてから、唇を強く噛んだ。




◇◇◇◇◇◇




 自分の家の自分の自室にて、杏澄は大きな欠伸をした。

 椅子に座りながら、パソコンの前で背を思い切り伸ばす。久しぶりの感覚ですっきりとした表情。

 そろそろグラハムが帰ってくるかもしれないと、パソコンの電源を落として立ち上がる。

 帰ってきてゲームをはじめてから三時間あまりが経過したが、この時間であればスーパーで安くなったお惣菜でもあさりたいところだが、グラハムが何かつくるだろうと考えれば買う必要もない。

 ―――食費が浮いてラッキーだけど……。

 などと考えてから少し考え直してみる。

 グラハムはなぜ自分を“魔法やらなんやらがある世界”へと誘ったのか、嫌がらせというわけではないだろうけれど、わからない。

 自分はこういうことを望んでいたけれど、若干なりとも求めていたけれど……だがブレジネフに嫌われてしまったかと思うとテンションだだ下がりだ。

 ―――あと、あの化物ってなんなんだろ?

 帰ってきたら聞いてみようと思うけれど、自分から声をかけるのは若干どころではなく盛大に躊躇すべき場所である。


「ただいま杏澄ちゃん!」


 こんな自分とは正反対のテンションで帰ってきたのは考えるまでもなくグラハム。

 むしろ彼ぐらいしかこの家に帰ってくるような人間はいないというものだ。

 杏澄は立ち上がり部屋から出る。

 一応顔は見せようというのは礼儀。


「おお杏澄ちゃん、あの子に会ったそうだな!」


「で、でも……怒ってた」


「杏澄ちゃんに怒っていたわけではないさ」


 なら誰に? と思いながらもそこまでは聞けないでいた。

 彼は買ってきたのか食材を冷蔵庫にテキパキと入れていく。

 よく動く男だと思う反面、なぜここまでがっつりとここで暮らしているのだろうと疑問を浮かべる。

 ―――家が燃えたのはわかるけど、友達の家にでも……。


「……ッ!」


 ―――まさかこの人には友達がいない!?

 妙な同族意識を感じた杏澄は何度か頷いて多少ならば譲歩しようと思った。

 それにここまで妙なことに巻き込まれてすぐに出て行かれても困る。

 聞きたいことは山ほどあった。


「まだ晩御飯は良いだろう、居間だな」


 そう言ってくるグラハムを見て頷き、杏澄は居間へと足を進める。

 別に彼に自分の口から聞く必要はないと、瞬間的に察することができた。なぜかはわからないがそんな気がした。

 そして居間に行けば、やはり先に口を開いたのはグラハムの方だ。


「まぁ、杏澄ちゃんの聞きたいことを答えようと思う。これは君が美少女だからだ」


 ―――そんな馬鹿な。でも、正直話が聞けるならばどっちでもいい。


「まずは君が毎度襲われたり巻き込まれたりするアレだが、あれは総称してペキュリアーと呼ばれる」


「ぺきゅりあー?」


 聞きなれない言葉に、頭をかしげる杏澄。


「あぁ、英語だが綺麗に発音するならpeculiaだ。意味は自分で調べような……そして最初に杏澄ちゃんを襲ってきたアレは悪食あくじきと呼ばれる“モノ”だ」


 最初に襲ってきたというのは、おそらく黒髪の美女だ。

 ブレジネフが倒したあの美女。

 正直殺してしまうのがもったいないぐらいの美女。

 彼女が瞬殺したけれど、そんな彼女を軽くあしらうグラハム。

 ―――これがインフレか……。


「生き物は全て食らう化物共だからこそ、悪食と呼ばれている。ブレジネフが居なければ今頃虚しく死体も残らず行方不明扱いだ。悲惨であろう?」


 確かに、とは思った。

 それでも想像すれば別にあんな美女に食われるならばと思ってみる。 

 どちらかと言うと食いたいとかそんなことはまぁ良いだろう。


「そして悪食と共に居るのが、使い魔なわけだ」


 その単語には聞き覚えがある。

 沢山のアニメや漫画で聞いたことのある単語だが、基本的にその主は“魔女”や“魔法使い”なのだが、なんだか違和感すら感じる。

 まぁそこになにか問題があるわけではないが……。


「とりあえず今警戒すべきはその両者だ」


 つまりはそれ以外はどうでもいいということである。


「奴らは基本自らの巣に潜んでいる。まぁそれらはすでに杏澄ちゃんには黒い渦として見えているはずだ」


 ブレジネフと朱莉が居た場所に行くために通った渦だろう。

 好奇心ゆえに飛び込んでしまったがあんなことになるとは思いもしなかった。

 道に突然現れたあの黒い渦。


「渦の中が奴らの巣となっているわけだが、巣はそれぞれ内装が違っている。それだけでなく悪食や使い魔だって形はそれぞれ違うし、また悪食がいる巣といない巣もある」


 すべて一緒と考えてはいけないというわけかと、顎に手を当てる杏澄。


「まぁ説明はこの程度で良いか、また何かあったら説明しよう」


 立ち上がったグラハム。

 夕食の支度をするのだろうと杏澄はノートパソコンを開いた。

 だがグラハムが『あと一つ』と言うのでそちらを見る。

 見ているか見ていないかなどは杏澄の前髪で隠れて見えないけれど、グラハムにとってはどうでもいい。


「チャージをすぐに習得したんだって? おめでとう、俺の見込み通りだ」


 そう言うとグラハムは居間から出て行く。

 普段人から褒められることなどないので、妙に胸の中が熱くなる。

 素直に、純粋に嬉しいと思った。


 ―――これも、魔術のおかげだ。


 そう、全ては魔術を知りチャージを知ったおかげ。

 あんな簡単なことでも褒められて嬉しいと考えれて、さらにブレジネフだって今日助けることができた。

 ならもっとすごいことができれば? きっとブレジネフにも認められるだろう。

 そう考えた杏澄は少し考えてみた。


 ―――魔術を、使いたい。







あとがき

今回は杏澄と朱莉の初めての絡み+説明でござったな!

まぁこういう形でこれからも説明を入れていく予定にござる。

相も変わらず鈍足更新でござるが、お楽しみにしていただればなによりで候!

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