6,『根暗さんと人気者』
『この世は興味あるもので満ち満ちている。 こんなすばらしい世界で、だらだらと人生を送るのは、もったいない』なんて言葉をとある作家が言っていた。
実にわかりやすくいい言葉であると、この言葉を知っている彼も彼女も思う。
けれどそれを理解してなお、だらだらとした人生を辞めたいと思うほど“その興味”には価値があるものなのだろうか?
答えは否、通常の思考を持つ人間であれば答えは否で正しいのだ。
◇◇◇◇◇◇
いつも、いつでも騒ぎのとばっちりを受けたりするのはその騒ぎを起こした人間以外の者も含まれたりする。
そんな経験を散々してきた挙句、誰ひとりとして敵を作りたくない彼女としては今回の件も特に文句を言うでもなく、当然のように彼を交えた朝を迎えるのだった。
学校でもまったく目立つことなくいつも中立にいる存在である彼女は、目の前で同じ朝食を食している学校でもっとも目立ちいつも自らの立つ場所にいる彼を少しだけ見ると、食事を続ける。
前髪で眼が見えないせいか気づいていないようにも思えるが、それだけでごまかせる相手だとは思っていない。
今まで求めていた不思議と出会うことができたのは彼女にとって嬉しいことだったが、面倒事に巻き込まれるのはやはりごめんだった。
「ごちそうさま!」
元気よくそう言ったグラハムは立ち上がるとカバンを持つ。
「一緒に行くか?」
杏澄は黙ったまま首を横に振った。
グラハムは『ふむ』とつぶやいて先に行く。ドアが締まる音がした直後、杏澄は側に置いてあるカバンからノートパソコンを出して画面を開いた。
開いた瞬間、そのデスクトップの壁紙は二次元の美少女キャラ。
杏澄の口元がだらしなく歪むとパソコンを操作してゲームを起動した。いつも通り杏澄の大好きな『百合もの』である。
新しいウィンドが開くと、そこにゲームが開始された。『本作品でのことをリアルでやると刑法なんやらかんやら』的な事を書かれるがそこも気にせず杏澄はゲームを進めていく。
二人暮らしになってしまった我が家で数少ないプライベートな時間である。
そして、ゲームに集中していた杏澄は案の定遅刻ギリギリに登校することになってしまった。
目立ちたくなく大人しく無難な時間に登校していたはずの杏澄がダッシュで教室に走ってきたということでちょっとした注目も浴びる。
机に座った杏澄が肩で呼吸しているのを見て、一人の女子生徒が近づいた。
「え、えっと……天宮さん、大丈夫?」
名前も覚えていない生徒からそんなことを言われ、ビクッと反応する杏澄。
脳内で光の速度の会議が始まる。
「(なに、三次元JKがまさか私に声をかけてくるなんて……もしかしてなにかの罰ゲーム? なるほど、それならしょうがない)」
根暗な彼女らしい考え方で解決すると、首を縦に振った。
嫌われてない自信も好かれていない自信もあるが罰ゲームにされる自信もあるのだ。
「そっか、驚いちゃったよ。天宮さんいつもおとなしいのに今日走ってくるんだもん」
クスッ、と笑う目の前の女子生徒に、杏澄は相手からは見えない眼だけで辺りを見回すが、自分を笑っている生徒はいない。もちろん女子生徒を笑っている生徒もいない。
ならばこれは罰ゲームではない? と少しばかり疑いを持つ杏澄だったが警戒心は捨てない。
とりあえず問答は済まさなければ『キモイ』と思われる可能性もあると、杏澄はなれない人間との会話を頑張ってみることにする。
「ち、遅刻……しそうだったから……」
相変わらず大きな声が出るはずもなく、小さな声でつぶやくだけだ。
目の前の女子生徒の名前は知らないがクラスメイト、女子と男子双方から人気がある人当たりのとても良い生徒だという記憶はある。
こうして自分と会話をしたのは始めてだが、いろんな生徒たちから好かれている彼女が自分に声をかけたのはおそらく彼女が人気者“だから”だろう。
こうして自分のような“空気”な生徒にも声をかける気配りができるからこそ人気があるに違いない。
「私と同じクラスになったの初めてだし話したことないしせっかくだから、私は西住 ユーノって言うんだけど、知ってた?」
彼女は人懐っこそうな笑みでそう言う。
知らなかったが、とりあえず頭を縦に振っておいた。
目の前の少女はおそらくハーフなのだろう。
「あっ、そうなんだ。嬉しいな♪」
「(チョロい)」
とんだゲスガール杏澄である。
目の前の少女、ユーノは見てくれからしてその青髪ロングヘアと整った顔でハーフだとわかった。
だがあくまでも雰囲気のみだ。どちらかというと日本人顔だが、ずいぶん整っている。
人気の理由もわかる気がするが、杏澄はこんな素直で純粋そうな少女には下心しかわかない。
白いヘアバンドとニーハイソックス。実に男受けの良い、いや杏澄受けの良い容姿である。
「天宮さんってそう言えば一人暮らしなんだよね?」
頷く杏澄。
「私もお父さんと二人暮らしなんだけど、お父さんはあんまり家に帰らないから一人暮らしみたいなものでね。そんな生活同士仲良くできるかな~? って前々から思ってたんだぁ♪」
心底嬉しそうに話す少女、西住ユーノを段々と信用してくる杏澄。
心の中で『こんな可愛い子が私のような空気を騙しておもしろがるはずがない』と自らの疑心を封じ込めた。
友達作りの第一歩を踏み出すことに成功した杏澄なのだが、その自覚は一切ない。
もちろんこれは杏澄が遅刻してこなければなかったイベントで、その遅刻はグラハムがいなければ無かったのだが、すべては偶然にすぎないというものだ。
「あっ、次は国語だね。また後で」
そう言うとユーノはさっさと自分の席に戻っていき、また生徒たちに囲まれた。
授業までは後二分もないというのにずいぶんな人気で自分とは程遠いと思うが、自分にはパソコンの中に大量のお友達やら恋人やら嫁がいる。
「(寂しくない……と思う)」
確実に寂しい人間であるけれども、別にいいのだ。
授業が始まり教師が黒板に沢山の文字を書いていくが、杏澄は“無駄な勉強”なんて必要無いと杏澄は聞き流していた。
ふと、一本のペンを持った杏澄がそれを見て、ふと思う。
―――これはシードとなりえるのか?
「(意識する……)」
瞬間、杏澄の手にあったペンが―――消えた。
驚愕する杏澄だができる限り外面に出さないようにして、心の中でだけ驚く。
消えたペンは間違いなく、杏澄に魔力として吸収されたのだろう。杏澄は体にわずかな違和感を抱いた。
体の奥底になにかが溜まるような、そんな感覚。
「(これがチャージ……)」
こんな簡単にできることなのか? と思いながらも、できてしまった自分に戸惑う。
おそらくだが、きっとあのUSBメモリの中身を見た時から変わってしまったのだろうと思った。
グラハムは言っていた―――『これを見れば後戻りはできなくなるのだが』と。
「(変わってしまった……)」
だがそれほど悪い気はしない。
彼女、ブレジネフには『好奇心でこちらに足を踏み入れれば公開する』と言われたが非常識に憧れているのだから仕方がない。それに彼女にまた会うことがあれば何らかのイベントも期待できるだろう。
気づけば楽しくてチャージばかりしていたせいか、ペンが5本ほどなくなってしまっていた。
今度からは気を付けようと、杏澄はだいぶ進んでしまった授業に適当に合わせるためにノートに筆記をしていく。
休み時間、グラハムは教室内にて足を組んで携帯電話を弄っていた。
通称スマホと呼ばれるあれだ。画面を軽くいじってスライドさせていくと、ふと画面に手がかぶさる。
不満そうな表情をして顔を上げると、高校二年生にしては貧相な体型をした可哀想な少女が視界に入った。
「何用だ?」
「グラハム君は本当に不思議な人間だよね」
そう言って笑い、目の前の少女朱莉は隣の席に座る。
何も言わずにグラハムは携帯電話をしまうと彼女の方を見た。
―――なにかあるのだろう? と言わんばかりの表情に朱莉は肩をすくめて『まいった』と笑う。
「不思議君はいい記事になるのです」
「なるほど、理解した。それはお前の意思か?」
「私の意思でもあるけれど総意でもある」
二人は“いつも”とは違いシリアスな表情で難しいことを語っているが、ただ取材したい側との問答である。
それでもあえて難しく、というより面倒にいうのはグラハムの悪い癖であり、中学の頃から一緒にいた朱莉はそれに付き合う。
「ふん出直してくるんだな。美少女の枕営業があれば考えないでもない」
「私、狙われてる!」
「今はムッチムチな美少女な気分だ」
「去ね」
横からの罵倒にも気にせずグラハムは笑っているが、一瞬だけ目を細めた。
それに感づいた朱莉も一瞬だけ警戒の色を強める。
グラハムを信用していないわけではない。ただ、グラハムという人間が分かっていないだけだ。
彼のそばにいた彼女だからわかることで、彼が信用に足る人物であっても信頼できないのは仕方ないことである。
「さて、自らの席に戻れ朱莉、そろそろ授業が始まる」
「まったく、相変わらずまったくわからないのです」
そうつぶやいてグラハムの側から離れる朱莉。
授業まではあと一分も無い。
◇◇◇◇◇◇
時は過ぎ去り昼休み。
杏澄は学校に来る途中に買ったコンビニ弁当を開けて、食事をはじめていた。
いつも通り一人、自分の席で食事を続けるのは少しでも席を開ければすぐにほかの女子生徒に占領されたりするからだ。最初から座っていれば占領されることはない。
しかし今はそんなことはどうでもいい。自分の席を占領なんてそんな話はどうでもいいのだ。
「栄養が偏るよ?」
そんなことを目の前で言う少女ユーノ。
「(なぜ私はこの娘と食事をとっているのか?)」
理由は簡単だ。誘われたら断る度胸も無い杏澄はただ首を縦に振って一緒に食べることになっていた。
「(まさか少し喋っただけで……!? くっ、このJKなんてビッチ! 良い!)」
そんな女子校生もまた杏澄の守備範囲である。
しかし、もしやビッチではない可能性も考慮すればバツゲームか何かで自分と一緒にいるかもしれないと思った杏澄。
思い通りになって笑われるのは癪であると、警戒を強めて接することにした。
とんだ根暗である。
「今日、帰りに買い物行こうと思うんだけどどうかな?」
「あ、えっと……あの……」
断れないというのが、杏澄であった。
「ああ、用事とかあるかな?」
そんな言葉に、杏澄は首を縦に振る。
残念そうに『そっか』と返事をするユーノに、杏澄は何も言えずにただ昼食を食べることにした。
少しばかり話しかけづらいのは、自分が彼女の誘いを断ったからだと思う。
「そうだ、これ私が作ったんだ。食べてみてよ♪」
そう言って弁当に乗せられる卵焼き。
―――なんというフレンドリーさか……と同様しながらも彼女の相手をする杏澄。
それとも何か盛ってあるのかと、杏澄はビクビクしながらもその卵焼きを箸で掴み、口に運ぼうとする。
目の前のユーノに視線を送れば、ニコニコした表情で杏澄を見ているのみだ。
「……」
卵を一口食べたものの、彼女が思った感想はただ単に素直に『普通』というだけ。
不味いわけではない。普通においしいだけである。
それでもなおコミュ症と呼ばれる類の杏澄には気の利いた言葉の一つも出せずにもぐもぐとほかのおかずに手を伸ばすのみだ。
ユーノのような美少女の料理を食べられたのは是非もなし。
「あ、えっと……おいしかった?」
そんな言葉に、正直どっちでもなかったというわけにも行かずに『おいしかった』ということを伝えるために頷く。
嬉しそうに両手を合わせるユーノに少しばかり心が踊るが、それを表に出すようなキャラではない。
食事を続ける杏澄とユーノ、周りからクラスの人気者であるユーノとクラスの空気である杏澄の絡みを疑問に思われている。
目立ちたくない杏澄としては若干疎ましく思う。
「そう言えば天宮さんっていつも前髪で眼が隠れてるよね、見える?」
再び、頷く。
「そうだ、髪あげてみようよ!」
ユーノが手を伸ばすが、杏澄は反射でその手を避ける。
「あっ……ご、ごめん! 勝手に触ろうとしちゃって……」
「(せっかくの美少女に触ってもらうチャンスを……)」
お互いなんだか話しづらい空気になってしまい。若干のあせりを覚えるユーノ。
一方の杏澄は別に話さないならで良いという感じだ。
お互い言葉を交わさないまま食事を食べ終えると、杏澄がクラスメイトに呼ばれる。
「あっ、じゃあね天宮さん、また!」
そう言って手を振ると杏澄の前からクラスメイトたちの方へと行くユーノ。
「(あれがリア充、私たちの敵……西住はともかくとしてもほかの女共、大して可愛くもないのにギャーギャー騒いで、死ねばいい。願わくば自殺以外のなにか……)」
あいかわらず根暗な考えであり、相当頭がアレである。
次の授業に備えて、杏澄は机の中から教科書をとりだすことにした。
いつもと少し違う。奇妙な昼である。
◇◇◇◇◇◇
放課後、松田グラハムはいつも通り窓から飛び降りる……なんてこともなく、普通に歩いて下校していた。
そんなグラハムをだいぶ背後から着けている朱莉は間違いなくその道のプロの動きであり立ち回り。
歩いていくグラハムからかなり距離を空けているもののしっかりと姿を隠すことを忘れてなどいない。
その目を細めながら、朱莉は彼の後ろ姿を追っていく。
あまり近すぎればバレるが、離れすぎれば曲がられるとあとがつけれなくなる。
そんなことを思っていた直後、グラハムが道を曲がった。
「くっ!」
走ってグラハムを追う朱莉が曲がった場所は、行き止まりである。
間違いなく、バレたということだろう。
舌打ちをした朱莉がその行き止まりになっている道を出る。
突然、目の前を通った影は間違いなく知らない何かであった。
「これはスクープの予感ね!」
朱莉はその表情を笑みに変えると、何かを追って走っていく。
そしてこの期彼女は自らのジャーナリスト(仮)魂に心底感謝することになる。
スクープや話題。自らの楽しみのためならば危険すらおしまないのが彼女、紅乃朱莉である。
あとがき
今回は新キャラが出てきたでござる!
まだまだ序盤の方でキャラクターを沢山でさなければならんでござるからな。
これからもまだキャラクターも出てくるであろうが、楽しんでいただければまさに僥倖!
では、また次回!






