5,『巻込みたがりやに注意を』
魔法使いだとか魔術師だとか、そんなものをすべて記憶のすみにやって、杏澄はハイテンションのまま帰ってきた。
面倒そうなことはすべて頭のはしに置きながらも今日見た“イイモノ”だけは忘れない。非常に都合主義の脳内であるが、彼女はそういう人間である。ある意味グラハムよりヤバかったりやばくなかったり。
とりあえず、彼女は上機嫌で帰ってきたのだ。ここ一年ほどで一番のハッピーだったと言っていいかもしれないが、彼女は帰ってきてげんなりとしはじめた。
見慣れない靴と、考えれば鍵がかかっていなかったこと、そして居間についてようやく理解する。
「いるし……」
「それはいるだろう杏澄ちゃん」
先ほどまで目の前でとんでもないものを見せてくれた青年がそこにいた。ここ一年ではじめて自分に声をかけてくれた人間であるのは確かだが……それとこれとでは話は別。自分の唯一の楽しみと言っても良いスーパーエロゲタイムを邪魔した罪は重い。
けれど彼女がそんなことを言える訳もなく、ただ居間に入って座ると“カバンの中に入っている”ノートパソコンを出して開く。
「持っていたのか」
そんな言葉に、頷くとパソコンを起動させる。
さすがに男の前でそんなゲームをする気にはならないので、掲示板やらなにやらを見に行くことにした。
だがパソコンを起動したところで色々なことが頭を巡る。はしに置いておいた記憶が蘇り、気になることをついつい打っている。
『魔法使い』という単語を打って検索。それでも見える文字はどれもこれも見慣れたものばかりで、現実の魔法使いのことは何一つとして出ることはない。どこを見ても『架空のもの』扱いだった。
「ふむ、その顔は魔法使いのことが気になるという顔だな」
そんな言葉に、心臓の鼓動を早くする杏澄。パソコンを覗いているわけでもないのに、彼は全てがわかっているかのようにつぶやいた。
だが本当は心を読んだわけではない。グラハムはそこまで万能な人間ではないのだ、彼が見たのは杏澄の眼に映る画面。それをあたかも心を読んでいるという風に見せかけているのだ。
それが彼、松田グラハムの『虚栄』である。自分をいかに大きく見せるか、良く見せるかをしっかりとわかっている彼だからこそ生まれる『誤解』と『ミステリアス』である。
「うむ、この世の知られざる裏を知りたいのなら“巻き込んで”やらないでもないが、どうする杏澄ちゃん?」
どこか“誘う”ようにそう言うグラハムが、頭を上に向けながらも視線だけは杏澄の方にやる。
ゾッとするようなすべてを覗く視線。杏澄はそう思いながらもどこかワクワクしているのは、おそらくゲームでしか見たこともないような“非現実”が目の前にあるからだろう。
しかして、彼女は今一度考えてみる。好奇心でこの世界に踏み込めば後悔するというあの美少女ことブレジネフの言葉を……。
そして杏澄が出した答えは―――。
「だ、大丈夫……」
関わらないという道だった。関わってはいけない、関わればろくなことがないのは確かで間違いないのだ。面倒事はグラハムと同居なんてものだけで一杯一杯である。これ以上面倒を増やされてはたまったものではない……しかしそればかりが本音かと言われれば迷わずNOと言わざるをえないのもまた事実。あの少女、ブレジネフやそれ以外にも美少女が沢山いるであろうという予感が彼女にはしていた。
なんたって夢にまで見た刺激的な日々、しかしそれがすべて現実になるとは限らない。命の危機なんてごめんだ。
「そうか、残念だ。俺としては巻き込んでみたかったのだがな」
笑う彼だが、そんな彼に何を思うこともなく杏澄はふたたびパソコンを続ける。
だがそこで一つ、彼がカバンからなにかを取り出した。USBメモリのようだが、それを杏澄のパソコンのそばに置く。それが何かなんてわからないが、気になってしかたがない。
「これは魔法や魔術師のデータが入ったメモリ。俺もすぐ細かいところを忘れてしまうゆえ持ち歩いているのだがな、まぁこれを見れば後戻りはできなくなるのだが……ここに置いておくとしよう」
そう言って笑うと、立ち上がって居間から出て行くグラハム。
―――こんなの……こんなことひどすぎる!
そう思わざるをえない杏澄は両腕で頭を抱える。前髪によって表情が見えないかと思われる杏澄だが、今回は思いっきりわかることで、見るか見ないかで葛藤しているのだ。彼女の性分上気になることは調べたいが、魔術師や魔法使いのことは先ほどなんとか我慢した。グラハムに聞くのも面倒だったからだ……だが今は違う。目の前のUSBメモリを挿してデータを見るだけ―――それだけで“巻き込まれる”し知りたかったこともわかるのだ。
頭を抱えながらも、杏澄はUSBメモリを掴むが……すぐに離す。
―――デメリットの驚異性がわからないだけ、関わるか関わるかまいかで悩む……。
そう悩んでいる杏澄だったが、ふとした瞬間にグラハムが帰ってきた。振り返ることもせず感づく杏澄……というかこの家にいるのもくるのもグラハムぐらいしかいないのだ。
瞬間、背中にグラハムがくっついてくるのがわかった。固まる体、瞬間耳元にグラハムの口が近づくと吐息が耳に触れて変な気分になる。これが美少女なら良かったのにと思う。
「こっちの世界にくればメイド美少女とか巫女服美少女とかもいるぞ」
言い終わった時にはすでに、杏澄はUSBメモリを差し込んでいた。PCの画面に現れるのはメモリの中に入っているデータ一覧。とりあえず最初に一番上の項目である『魔術師について:最初に』を見てみる。
いつの間にか離れているグラハム。だがそれに気も止めず、彼女はその未知の情報を食い入るように見ていた。
「……?」
入っていた情報はどうにもわからないことばかりだが、一応説明が書いていた。
それをなんとか理解していく杏澄。
『魔術師とは、単純に魔術を扱う人間のことである。
魔術とは「魔力」を利用して行う様々な行為のことを言う。それぞれ魔術には数多の種類がある。
できることなど所詮は知れているが、これはまた別の項目で説明するとしよう。』
こんな適当な説明で杏澄が理解できるはずもない。だからこそ戻って別の項目をクリックする。
今度は『魔術師について:魔力』だが、今回はなんだか胸騒ぎがしたが気のせいだろうと思い込み杏澄はその文字を見ていく、座っているグラハムが笑っているが、杏澄は気にすることをやめる。
いちいちグラハムを相手にしていては気になって読むこともできない。
『魔力とはヒトが誰もが持っているものではない。持っているのは数少ない選ばれた人間だけでありそれは世界に数人しかいないものである。
よって一般的な“選ばれていない人間”はどう魔術を行使するのか、それは魔力を「チャージ」する必要があるのだ。
「チャージ」とは、それぞれの人間が「シード」を使い魔力を溜める行為であり、魔術師に“なるため”には必須と言っていい準備である』
読み終われば、また戻る。一つわかれば一つわからなくなるが仕方のないことだとわりきって続きを読む。
次は『魔術師について:チャージとシード』だ。
クリックでページを開くと続きを読んでいく。
『チャージとシードについてのこの項目はいささか他の物よりややこしくなる。
前述で記述したように、チャージとは魔力を溜めるという魔術を使う準備であり、そのチャージを行うためにはシードが必要になる。
シードとは供物や贄とも言い、人工物や自然物、その中でも魔力へと変換できるものをシードと呼ぶ。
それらのシードを対価に魔術師はチャージを行う』
つまりは自分の今まで知っていた空想上の魔術師や魔法使いとだいぶ違い、魔力を生まれ持っている人間はかなり稀であり、魔力を手に入れるにはその『チャージ』とやらを行わなければならないということだ。
―――なんか思ってたよりかっこよくない……。
それを理解した杏澄だが、いまいちわけがわかっていないのが『シード』だった。どれが魔力に変換できてどれができないのか、いまいちわからないが続きを読むために戻り、次の項目である『魔術師について:応用編1』を見ることにする。
『チャージをするということはそれなりに難易度が高いことであり、並の魔術師見習いにはできることではない。
まずコツを掴むことが大事であり、チャージをするときはシードに触れた状態でシードを自分の体に取り込むイメージが大事になる。
チャージが一度できるようになれば、次からは楽にできるようになることであろう』
情報だとかなんだとか言いながらも、シードとはなんなのかいまいちわからないというものだ。
まったく曖昧な情報を掴まされたとすでに居なくなってしまったグラハムの顔を思い出して親指の爪を噛むが、すぐに画面に視線を向けなおす。
それ以降の項目は、すべて黒く塗りつぶされていてクリック一つすることはできない。
拳をつくった片手を振り上げ―――しかし、振り下ろすことはできない……それは目の前の、振り下ろす対象が自分の大切な……。
―――私の可愛いクリスや美琴ちゃんがつまってるんだから……っ!
双方ともエロゲのヒロインである。あげく百合ゲー。
―――今のエロゲと一年前のエロゲとでは各が違う。なんたって音声つきで名前を読んでくれる……こんなに嬉しいことはないっ。
じわじわと思い出を思い返してニヤニヤが止まらなくなる杏澄。目が見えないが目も確実にニヤニヤしているのだろう。
実に不気味だが、グラハムはきっと普通に接することだろう……学校でやればもれなくイジメの的だ。
今までイジメに会ったことがないのが信じられないことである。
グラハムはそこらのビルの中では最も高いビルの屋上の端に立っていた。
上空の風とはやはり凄まじいものであり、グラハムの髪とコートは激しく風に揺らめき、目を開けていることすら一般人では痛いだろうけれどグラハムはそのしっかりとした碧玉で眠らない街を眺める。
光はまるで川やなにかの境界線のようにきらびやかであり、100万$の夜景とはこういうことをいうのだろう。まさに大都会……それでもこの世の人間にとってはそれは普通であり通常。
「……探したよ」
「待っていたと言わせていただこう」
グラハムの背後に現れたのは少女。丁度影に隠れた月のせいもありその少女の容姿はまったくもって不明。
だが、グラハムは振り向くこともなくすぐにわかる。まるで数年らいの付き合いという風に慣れ親しんだ笑顔と声音で応えたグラハム。
「またここに戻ってきたなんて……貴方が何を考えているのか、今も昔もわからないよ」
「フッ、センチメンタルさ」
「貴方はそんな性格していない」
「やはりわかるか、昔はなんでもバレていたものな」
「そこから少し先の昔はわけがわからないけどね。たぶんあれは」
「みなまで言うな」
声音も変わらずそういうグラハムに、口をつむぐ少女。すべてわかっているという風に黙った少女だが、どこかグラハムに疑問を持つような眼は決して変わることがなかった。
元々とは言え、グラハムにはどこかおかしな存在である。どこか世の中からかけ離れた雰囲気。そして、それは少女も同じくであり、どこか普通の人間とは違う。
何が違うかと聞かれれば誰も答えることはできない。しかしそれでも違うのだ。
「黄泉帰り……」
その一言をつぶやいた少女に、グラハムは始めて反応しなかった。
「やっぱり、“ゲート”の方じゃなくて“黄泉比良坂”に痕跡があったのはそれが理由……」
「ふむ、やはりバレているものだな。さすがと言わせてもらおう」
振り返ったグラハムはどこまでもいつもと変わらぬ風貌と声音と視線と唇の動きと発汗量。少女の瞳から見ても二年三ヶ月十日と二時間五分三十二.五三秒ぶりの彼はまったくかわりない。
「(この思考の間にも二秒浪費)」
言葉遣いやその“容姿”とは裏腹で恐ろしい記憶力を使い二年三ヶ月十日と二時間五分三十六.三八秒前の彼を思い出すがまったくもってかわりはない。
しかし、どこか違うと感じるのは彼女の“長年の感”としか言い様がないだろう。
どこか含みがあるようで、実はなにもなかったりするグラハム。深く考えているようで、考えていないグラハム。
全てが彼の“わからなさ”を強化する武装のように思える。
「さて、俺は再び行方をくらますとしよう」
「待ってグラハム! 私は!」
「追いかけられるのは良い気分だ。俺が“良い男”だという実感が沸く」
そう言うと、グラハムはそのビルから―――飛び降りた。
驚くこともしない少女は、大きなため息をついて右手の人差し指を立てる。それを目の前まで持ってくると、その指先―――空気に波紋が流れた。
その波紋はやがて大きな黒い“入口”となり、少女はその中に足を踏み入れる。
そしてそこには、誰もいなくなる。
◇◇◇◇◇◇
わけのわからぬカラフルな空間にて、少女ブレジネフは一人。剣を用いて近寄るものすべてをたたっ斬っていく。
彼女の通る後に“異常”は無く。一切の影が揺れず動きを見せない。
だが、彼女の目の前には大量の異常が“あった”のだ。揺れるのは不気味な人影、どこかおかしなその黒い人影すべてを両手で持った剣で切り裂いていくブレジネフ。
「この街は異常に“peculiar”が多い。理由はなんだ……しかしどう考えても、原因は一つ!」
言うまでもなくグラハムだろう。彼女はただグラハムの憎たらしい表情を思い出しながら敵を切っていく。
自らの“兄”を殺した許されざる人間。
―――私は奴を斬るために生きている。奴が水なら私は油。奴が猿なら私は犬。奴が醤油ならば私はマヨネーズだ。
「消えろッ!」
ちなみに最後の『醤油とマヨネーズ』は混ぜると美味しいものなので彼女の間違いだ。茹でたもやしあたりにつけると最高においしい。
剣術に優れている少女というのはおつむが些か弱かったりする。そちらはそちらの方でグラハムは好みだと、いつか彼女に言ったことがある。
だがそれも彼女は覚えていないだろう。
「大義名分や正義を振りかざすつもりなどない。私は私のために……ッ!」
あたりの異常を全て切り倒すと、先の道に一体だけ残っていた。そちらに走るブレジネフがその異常の目の前に立ち剣を振るが、その剣はその“人の形をした異常”が弾き飛ばす。
飛んでいき、上空で回転する剣。異常の胸の中央部が盛り上がりそれは鋭利な槍へと変わろうとするが……ブレジネフの方が早い。
その手を真っ直ぐ手刀に変えて手に夕方のガントレットを装備する。
「人誅を下す!」
その鋭い指先は槍の先端を真っ二つにして“人型をした異常”の胸を貫いた。
貫くと同時にすぐさま地を蹴り、背後へと下がるブレジネフ。胸に風穴を空けた異常から、黒い液体が吹き出すがそれはすべてブレジネフの手前で落ちる。
空中で回転していた剣が回転しながら落ち、異常を切り裂き地面に刺さった。
真っ二つになるソレが動きをやめると同時に、辺りの“異常な空間”は消え失せただ人気のない道だけが残る。
「ふん……」
不満そうに言う彼女は、歩いて剣を地面から引き抜くと一度振る。
剣についていた“黒から赤”へと変色した液体はあたりに落ち、すぐさま蒸発していく。
それがアレの末路であり、痕跡というものを全く残さない。それがアレの生命なのだから当然……土や肥料となる人間との違いである。
ブレジネフは剣とガントレットをどこかへと消すと、そっと踵を返す。
金色のポニーテールを揺らし、その良い香りを残して、彼女はそのマンションの前の道から去るのだった。
―――まだ、彼女たちは何も知らない。
あとがき
今回は魔術師の軽い説明と、ブレジネフの戦闘シーン。
まぁグラハムのシリアスシーンはあまり気にすることでもないでござるな。
『シード』やら『チャージ』が出るのはまた後日。魔術師さんももちろん使ってくれるでござるよ。
では、また次回お会いするとしよう。これにて!