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3,『エロゲと百合ゲとフェミニスト』

 さて、シェイク・スピアはこんな言葉を残している。

 『臆病者は本当に死ぬまでに何度死ぬかわからぬが、勇者はただ一度しか死を味わわない』

 意味は……特に必要もあるまい。

 ただこんな言葉があるだけだ―――臆病であるよりも無謀な勇気をもて。

 まぁこれにはほかの視点の言葉もあるのだが、それは良いさ。

 俺が“今”言いたいのは上の言葉だけだ。




◇◇◇◇◇◇




 そこには二人の男女がいた。

 荒れ果てた部屋、その中央に座り込む少女と、青年。

 その“二人”だけの空間には、男と女と、もう一つの息遣い。

 それを生き物と言うには違和感ばかりが残るが、生き物ではないと言わない者もいるだろう。

 混沌とした空間の中、青年こと松田グラハムは現状を整理しようと必死になる。


 けれど先が見える事はない。

 現状に至るまでの数分前をグラハムの側から整理しよう。

 それの方がよほど“健全”である。




◇◇◇◇◇◇




 朝、昨晩家が燃えたことなどあまり気にせず、グラハムは居間にてニュースに耳を傾ける。

 突如、机の上においた彼の携帯電話が鳴る。

 取って通話ボタンを押し、耳にあてた。


「もしもしイケメンです。ああ、お前か」


 電話の向こうから聞こえるのは女性の声。

 多いな声が聞こえ、グラハムは耳に痛みを覚えた。


「うむ、それに関しては聞くな。俺はみんなの俺だからな……む、ちょっと待て……おい……切れたか」


 黙って携帯電話を元通り机の上に置くグラハム。

 電話の向こうから聞こえてきた女性の大きな声が今だ耳に痛みを残す。

 それでも彼はなんでもないという風に立ち上がって居間を出る。

 台所から玄関方面の一室の扉の前で止まり、扉をノックした。


「杏澄ちゃ~ん、この俺が朝御飯を作ろうかと思ったのだがどうだ? イケメンの朝ごはんなんて食べたことがないだろう……ん?」


 返事がない。

 起きてない時間なのだろうかと考えるが、杏澄の顔を見てみるのも一興だと、部屋の扉を開ける。

 だが、杏澄は寝てはいなかった。


 椅子に座って、デスクトップのパソコンをしている。

 ヘッドホンをしていて声が聞こえていなかったようで、グラハムは声をかけようと近寄ろうとした。

 しかし、部屋はひっちゃかめっちゃか、床に乱雑に置かれた漫画やらゲームやらの箱。


「む、すさまじいな」


 グラハムはその間を通って杏澄へと近づくと、横からそのパソコンの画面を見る。

 そこに映し出されるのは二次元の少女のあられもない姿、つまりは人呼んでエロゲー、アダルトゲーム。

 横から見ているグラハムは、黙ったまま杏澄を見る。

 相変わらず鼻から上が前髪に隠れていて見えないが、口元は盛大にニヤけていた。


「えへへへ……」


 非常に痛い子に見えるが、グラハムは興味深そうにその姿を見ている。

 ふと、なにかの気配に気づいたのか、杏澄は顔を横に向けた。

 丁度、グラハムと視線が合う。


「っきゃあっ!」


 珍しく大声を上げたと思えば、目の前のグラハムにそれほど驚いたのか、椅子ごと後ろに倒れて頭を床にぶつける。

 同時にしていたヘッドホンはスポッと画面端から抜けて、その意味をなくす。


『あっ、おねえちゃん、そこぉっ!』


 あられもない画像と共にあられもない声がパソコンから流れる。

 これが―――かの一部始終だ

 グラハムは興味深そうに杏澄を見てからパソコン画面を見る。


「エロゲ、それも百合ものとはこれまた……」


「だ、だめだめッ」


 そんなことを言いながら、杏澄はヘッドホンのコードを画面端に接続しようとするが立ち上がろうとした瞬間ゲームのケースを踏んで転倒。

 自動的に進んでいくゲームのテキスト。それと共に声なども再生されるわけだがグラハムはただいつも通りの表情でその画面を黙視。

 ただ一人、焦っている杏澄は起き上がってようやくヘッドホンを接続することに成功。


「実に興味深いな……そうか妹ルートか、杏澄ちゃんは百合が好きなのか」


「っ……」


 前髪で眼は隠れているが、真っ赤になっているのはわかったグラハム。


「良いじゃないか、実にイイ……とりあえず朝御飯の時間だ。準備ができたら居間にきてくれ」


 そんな言葉に、キョトンとする杏澄。

 なにか言われると思ったのだろうけれど、グラハムは常に誰かの規格外の行動をする男である。

 杏澄の予想通りにならないなど朝飯前だ。


「なんだ、ソロ活動に勤しむならば先に食事にしておくが、するのか?」


 頭を全力で横に振る杏澄を見て、笑う。


「うむ、ならば待とうじゃないか……あと下着はつけたほうが良い。俺以外には見せないようにな」


 そう言って去っていくグラハム。

 杏澄は自分の胸を確認すると、真っ赤な顔のままバタバタと音を立ててタンスをあさり始めた。




 結局、数分して居間にやってきた杏澄が見たのはしっかりと準備してある朝食であった。


「どうだ完璧だろう。俺ぐらいになると女が見惚れるぐらいの料理が作れるのさ」


 そうでも無いが、グラハムが言うのだからそうなのだろう。

 普通の味噌汁に普通の目玉焼き、普通に焼いたウインナーに炊飯器の中に残っていたであろう米。

 実に普通の朝ごはんであるが、これはこれで貴重な状態だ。


「ではいただくとしよう!」


 そう言って両手を合わせると食事をはじめるグラハム。

 さも当然のように居座るこの男に合わせていたら自分の寿命が減ると思いながらも食べ進める。

 だが、ここで止まって聞かなければならないことが一つだけあった。

 杏澄は、それを切り出すかどうかで葛藤する。あえて忘れてままにしてくれているならそのままでいいじゃないかと、葛藤しながらも、しっかりと釘を刺しておかなければあとが怖いという感情もある。

 一人悩みながら食事を続ける杏澄を、お見通しとばかりに笑うグラハム。


「そんな風にしなくてもわかる。大丈夫、誰かに言ったりはしないさ」


「!?」


 心底驚く杏澄。

 自分で伸ばしておいてなんだがまさか目やまゆげが隠れるのに相手の心がわかるというのは……。


「言っておくが魔法ではないぞ、そこまで便利でもない」


 なら、なぜだろう。考えても答えは出ない。

 笑うグラハムを見ていると、やはり魔法じゃなかろうかと思う。


「なぁに、数多くの“モノ”を見てきた俺にはわかるのさ」


 そういうグラハムは、なんだか自分とはまったく違う生き物にさえ思えた。

 年齢も種族も次元さえも違うもっと別の『ナニカ』が、彼なんじゃないかと思う。

 だがすぐに首を横に振ったまた面倒なことで考え込むよりもさっさと朝ごはんを食べてしまおうと……。

 杏澄は食事を再開した。




◇◇◇◇◇◇




 風音原学園『2―B』にて、グラハムは自分の席についていた。

 正面の席に座ってグラハムと会話をしている少女、紅乃朱莉は楽しそうな顔をしている。

 なにか面白いものでも見つけたのだろう。

 まぁその種も目の前のグラハムぐらいしかいないのだが……。


「えっ、つまり今は同棲状態! 一日で!?」


 魔法使い関連のこと以外の全て話すと、朱莉は飛び上がらんとばかりに驚く。

 たった一日で同棲までこぎつけたのは、この男だからこそできること、としか言いようが無い。

 しかもしっかりと相手の女性に惚れさせるわけでもなく、ただ良心を狙ってだ。

 朱莉はこう思っている『グラハムくんの家が燃えちゃってかわいそう。だから泊めてあげるわ! 勘違いしないでよ、それ以外の意味はないんだからねっ!』というそういう気持ちを利用してグラハムは天宮杏澄の家に住み込んだと……。


「本当、心底恐ろしい男なのです」


「あまり褒めるな、俺が素敵すぎるのかな?」


 そう言って笑い、金髪をかきあげるグラハムはまったくもって“いつも通り”のクラスの光景である。

 こんななのにそれなりにいろいろとできるというのが余計に癪で、朱莉は新聞部として『あることないこと』を書きまくった。


 それによりグラハムの人気は低下……したかに思われた!しかし、グラハム人気は絶滅していなかった!

 グラハム人気は顔だけが取り柄となり、イケメンフェイスだけがグラハム人気を支配したのだ!! という感じである。


「まったく効果無かったのですよ。人妻にしゃぶりついているとか書いたのに」


「事実だか否定する気になれん」


 朱莉は思う。

 ―――私の新聞よりこの男の方がよっぽど嘘か本当かわからない!

 むしろそれは戦慄すら覚える。嘘も誠もすべて軽くいつもの口調で言うグラハムの本心は一切見えない。

 だがこの色情魔の本心―――。


「見えなくてもいいや」


「なにが?」


「なんでも」


 なっとくした朱莉は深く頷く。

 そんな朱莉を見て、グラハムはまたいつも通りのうすら笑いをして窓の外を見た。

 時たま『美少女見つけた』とか言い出したと思えばこの三階の教室の“窓”から飛び出して口説きに行く。

 最近はそれも見慣れた光景であり、特に誰かが驚くこともない。


「今日はいないのですか?」


「そうだな、今日はいない。俺の心揺さぶる巨乳と瞳が……」


「相変わらずの私の敵」


「フハハッ!」


 大きく笑う彼を見て、朱莉はため息をつく。

 この男、相手が困っている場合でも自分が楽しければ心底楽しそうにしている。

 同じ性格の相手ならば良いのだろうけれど、グラハムと似たような性格の人間なんてそうはいないだろう。


「まぁ楽しみを共有するという意味ではほぼ同じだがな、お前と俺は……」


 ―――出た、松田グラハムの得意技『心眼』そもそも松田グラハムという人間だけは新聞部の、いえ私の情報網をもってしてもまったくもってわからない。新聞部の部員からは『消えた』という話すらある始末。まったくもってわけがわからん……のです。

 グラハムはその考えすらお見通しなのか、笑って見ている。

 ただ気をつけなければいけないのは、グラハムは間違っていることを『間違っていない』と思い込んでしまうことだ。

 好きでもないのに好きだと思われる可能性すらある。


「まったく、俺に見惚れるのもほどほどにしろ」


 こういうところもいけない。

 まったくもって面倒な男である半分、興味深い男である。

 これが松田グラハム、今のところ朱莉の一番の興味対象であった。




◇◇◇◇◇◇




 放課後、風見音学園の新聞部部室にて、数人の男たちと数人の少女。そしてその中には、朱莉の姿もある。

 部員たちが全員椅子に座って神妙な顔をしていた。

 風見音学園の新聞部は思いのほか好評であり、毎回楽しみにされているものだ。

 その新聞部のメンツ全員の視線を集める。メガネの男。


「だがしかし最近はインパクトがない。決定的なインパクトが足りんのだ……そう、そのインパクトを生み出すのは、松田グラハム!」


 おぉ! と部員たちから声が聞こえる。


「やつの詳しい情報を掴んで新聞に載せればインパクトどころではない。ビックバンが起こるぞ! さぁ、松田に一番近い部員である紅乃よ。新情報は!」


「まったくつかめないのですよ」


 ―――まぁ私は放課後まではグラハムの取材をしたりはしないけど……面倒だし。

 放課後まであの男に付き合っていれば自分の体力をいたずらに消耗するだけだとわかっているのだろう。

 だがグラハムがちらっと漏らした言葉である『俺と風見原の市長は穴兄弟』という単語は報告したはいいもののあまりに恐れ多く誰も調べていない。

 考えただけでゾッとするものだ。


「さぁ、明日から紅乃は放課後も松田の取材を頼んだ!」


 結局人任せか……と思いながらも反論するのも面倒なのでやめておいた。

 内心は面倒くさいことは嫌いだが、外側ではテンション高めの元気っ子を演じる朱莉としては面倒だが、純粋に本心からある記者としての本能ではグラハムに興味がないわけではない。

 仕方ないと思うも、元気よく『やらせていただきます!』と返事をして朱莉は明日のことを思うのだった。




◇◇◇◇◇◇




 帰宅部のエース。誰にもバレることなく誰にも気にされず帰宅部らしく『部活やれよ!』と言われることも一切ないのが彼女、天宮杏澄である。

 彼女は帰路を歩きながらも、非常に気まずそうな雰囲気を醸し出していた。

 理由としては、彼女の後ろに歩いている青年グラハムが原因だろう。

 学校一の有名人と言っていい彼が背後にいるというのはそれだけでも充分目立つことである。


「さて杏澄ちゃん、いつもは晩御飯などはどうしてるんだ?」


「お、お惣菜」


「よし、実に不健康! なぜその乳に育ったか疑問だな!」


 大きな声で言わないでほしい、乳とか……と思いながらも素直に聞くことはないのだろう。

 人の目が怖い杏澄は恥ずかしさから顔を真っ赤にして足早にそこを去ろうとする。

 早足になった杏澄を、長い脚でさらに足早に追いかけるグラハム。


「なんだ逃げないでくれよ杏澄ちゃん」


「誰のせいだと……」


「ん?」


 聞こえていないようで、内心ホッとする杏澄だが、グラハムは目を細めた。

 お見通しという目だ。しかしそれでも相手になにも言わないのは、杏澄がそれだけ魅力的だからだろう。

 これがブスか男だったらひどいものだった。いや、その場合はむしろ一緒にいることもない。


「とりあえず今日の晩飯は俺が作ろうじゃないか!」


 えっ、今日も泊まるの!? とは言えない。もう完全に泊まる気でいる彼には言えないのだ。

 それに杏澄は決定的に反逆できない理由がある。たった一つのその理由……今朝の一件。

 ―――私がエロゲー百合ゲー大好きの重症患者だとバラされるわけには、いかない……。

 ならばこの男に今逆らうのは得策ではないだろう。なにか決定的なこいつの弱みを知らなければならない。

 魔法使いだということを言っても自分が『頭がおかしい』と言われるだけで終わってしまう。


「俺の弱みでも見つけるのか?」


 となりからの言葉に、驚く杏澄。


「ふむ、目が見えないのでその驚きが演技なのかどうなのかわからんな。こんな時はいささか厄介だ」


 そう言って頷くグラハムに、わずかながらにも恐怖の念すら抱く杏澄。

 目の前の男はエスパーかなにかで、きっと人の心が読めるのだ。そう思わなければやっていられない杏澄。

 しかし魔法でもなんでもないというのは今朝言っていたことだ。

 まったくもって目の前の男は謎である。

 誰かに聞いてみようと思ったが、思う。


 ―――あ、私、友達いないや……。












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