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2,『人間だもの?』




 彼、松田グラハムと天宮杏澄は二人、ファミリーレストランにて向かいどうしにすわっている。

 端の方の席についている二人の周囲に客は居ない。それにより会話が“しやすい”状態になっていた。

 だからこそ、グラハムは笑みを浮かべる。


「さて、俺は企業秘密は守る主義だが君は可愛いから教えてあげよう」


「顔……見えないのに?」


「見えなくてもわかるのさ」


 杏澄のボソボソという言葉にも、クールに返すグラハムはさすがその道のプロといったところ。

 手厳しい返しなど今まで何度もくらっているし、別段驚くことでも動揺することでもない。


「さて、君が聞きたいことはなんだ?」


 なんでも答えると言わんばかりのその態度に、杏澄は見えない表情でわずかに前髪を揺らす。

 結果、出てきた言葉はなんでもない『だんまり』という行為だけだ。

 だがそれもグラハムにとっては意外でもなんでもない。彼女のことは紅乃朱莉からしっかりと情報を仕入れた。

 喋りかけて帰ってくるのは素っ気ない返事か、沈黙だということ……。


「ハッ、噂通りだな」


 笑って背もたれに背を預けるグラハムだが、視線はしっかりと杏澄を見ている。

 グラハムの言葉にも、彼女は何も答える事はないだからこそ、グラハムはそっと立ち上がって杏澄の隣へと座る。

 驚いたのか、ビクッと震えたあとに距離を取るために壁際へと体を寄せるが、グラハムはその距離をつめてほぼ密着状態へと変わった。


「さて、これでも話さないか……なにか頼むか―――」


 冷静なグラハムは店員を呼び出すためボタンに手を伸ばしたが、その瞬間、ボソッと声が聞こえる。


「わ、わかったから、なんて言えば、い、良いの?」


 二人壁際に座って密着しているところなど店員に見られたら羞恥心で憤死してしまう。

 なんとか絞り出した杏澄の声。そんな声での質問に目を細めるグラハム。

 いざそう聞かれるとなにをどう喋って欲しいのかわからない。


「君に興味がある……だから俺は君にも俺を知ってほしい。知りたくはないか?」


 これは杏澄だから言ったというわけではない。誰にでもいうようなグラハムにとっては当たり前の言葉だ。

 朱莉にだって一度言ったことはあるが、それもすべて今では『気持ち悪い』とさえも思う。

 理由はすでに朱莉がそういう対象じゃないせいだ。

 話しはそれたが、杏澄は首を横に振った。


「クハっ、これはやられた。この返事は初めてだ……俺にこう言われて首を縦に降らなかった女は杏澄ちゃんで36人目」


 結構な数だが、グラハムにとってはその程度ささいな数でしかない。

 この世界中の美少女、美女全てをその手に収めても気がすまないであろう彼にとっては本当に些細な数。

 今現在だってこの口説き文句で落とせなかった女性の数より落とした女性の数の方が多い。


「だが、ああした俺の魔法使いとしての姿を見て何も聞いてこないのは杏澄ちゃんが初めてだ。なぜだ、誰しもその刺激無き日常には退屈するものではない?」


 そんなグラハムの疑問。彼は良くも悪くもすべてを正直に聞く。

 同時に人間という生き物の本質を見抜いているからこその言葉。

 だがその言葉が効くのは『今の退屈な世界』に刺激を求める数多くの人間たちだけだ。

 数少なき『この世界で満足』している人間たちにはとてもじゃないが関わりたくない。悪く言うのであれば―――。


「面倒、そうだった……から」


 そのままだ。グラハムと同じように彼女もただ純粋に心のままの言葉を放った。

 聴く人が聞けば『無愛想』だ『気を使えない子』だと言われるのだろうけれど、グラハムにとっては気持ち良いまでの返事。

 押し殺したように笑うグラハムを、首をかしげ見る杏澄。

 すぐに片手で額をおさえて顔を上げるグラハム。母親譲りの細く綺麗な金髪がなびく。


「面白そうじゃないか、君を巻き込みたくなったよ……杏澄ちゃん」


 そんな言葉に、杏澄はこの男相手に初めて動揺を見せた。

 焦ったような様子はグラハムが楽しむ要因にたり得たのだろう。これまでにないほどに楽しそうだ。

 目の前の魔法使いは迷わずそこで店員の呼び出しボタンを押した。

 止める暇などなければ、止めるほどの勇気もない杏澄は、ただでさえ前髪で見えない表情を俯いてされに隠す。

 程なくして店員はやってくると、そこにいる密着したバカップルを見て額に青筋を浮かべるのみだ。


「ご、ご注文がお決まりでしょうか?」


 青筋を額に浮かべながら笑みを浮かべる店員相手に、グラハムは微笑みを浮かべる。

 上機嫌のグラハムの優しい表情はそれだけで充分な破壊力であった。店員の青筋と作り笑顔はすぐに真っ赤な驚愕した表情へと変貌。

 それもすべて彼の『外見』がなしたことだ。『人生Easyモード』である彼にとっては日常茶飯事。


「とりあえずドリンクバー二つと、食事はどうする?」


 沈黙している杏澄相手に、特になにも言うことはないグラハム。

 すぐに店員の方を向く。


「BLTサンド一つ」


「か、かしこまりました! ドリンクバーのグラスは向こうにありますので!」


 真っ赤な顔のまま、先ほどとは別の意味でのぎこちない笑みを浮かべた女性店員はそこから去っていく。

 楽しそうなグラハムは、机に肩肘をついて頬杖をついた。

 ゆっくりと杏澄の方を向いたグラハムは優しく微笑んでその後ろ髪をそっと撫でる。


「ん?」


 何かに気づくグラハムだが、何かを言う前に顔を上げた杏澄に気を遣い手をおろした。

 その表情を見なくてもわかる。『何をするんだ』と睨んでいるのだろう。

 だが怖くも無ければなんでもない。

 ただ睨んで彼を呪うだけ、殴る勇気もなければ目の前で悪口一ついうことができないのだ。


「フッ、噂通りの根暗っぷりだな」


 彼女は思っているのだろう『そんなことを言うためだけに夕食に誘ったのかと……』しかしその答えは否である。


「俺の言う根暗とは褒め言葉だ」


「?」


 まったく意味がわからない。


「それもまた一種の個性」


「昔から、良く、言われてた……」


「そいつらはその『個性』というものの本質を見極めていない」


 そんな言葉を発すグラハムの顔は心底そう言う人物たちを見下げるような表情だ。

 なにがあったのか、それとも昔から『女ったらしなところも個性よね』とでも言われていたのだろうかと思った杏澄だが、無いなとは思う。

 言われたところで彼にとってはその人間たちが自分に皮肉を言っているとは思わないに違いない。


「『個性』とは『人間』そのものだ。そのものだけの『因果』に刻み込まれた『個体』が『個性』である。それは『直す』ことなんてできはしないしする必要もない」


 何を言っているかわからないという杏澄。


「『個』がもつ『性』が『個性』なのではない。単一の個体が持ついくつもの因果、その『個』が『性』なのだよ。同じに聞こえるか? だが違う。すべては似たようでまったく違うものばかりだ」


 わけがわからないのだろう。杏澄は黙っている。

 店員が注文の品であるBLTサンドを持ってきて、そのままレシートを置いて下がる。

 無駄に大きい皿に置かれた二つのBLTサンド。

 その片方を手にとると、グラハムは一口をかじる。


「うむ、少し小腹がすいただろう。魔法使いの小難しい話しはこれまでだ、少し腹にためよう」


 グラハムはそう言って立ち上がるとドリンクバーへと歩いて行った。

 彼が一体どういう人間かはわからないが、あまり関わってはいけないということはわかる。

 どこかに逃げようと思うも店内から出るにはドリンクバーの方に行かなければないという大きなリスク付き。




◇◇◇◇◇◇




 結局、杏澄はグラハムと食事をして、挙句におごってもらうこととなった。

 二人は特に会話もなく現在道を歩いているが、少し疑問に思ったことを聞きたくなる杏澄だが、やはりやめることにする。

 特に仲の良い人間というわけでもないグラハム相手に、そういう踏み込んだ話をするのも悪い。

 というのは逃げで実際は誰かに“嫌われるのが怖い”だけ。


「何が聞きたい?」


 だが、彼はなんの心苦しさもなく聞いてくる。そんな強さはいらないな、と思いながらも杏澄は苛立ちを憶える。

 魔法使いとは人の心が読めるのだろうか?


「表情は見えないにしろ、雰囲気に出やすいな杏澄ちゃんは、問題ない。なんでも答えよう」


 そんな問になにか迷いながらも杏澄はただ珍しく、素直に言葉を発す。


「ああやって、私みたいになってる、人は……沢山いる、の?」


「いるだろうな。けれど俺の知ったことではない。ただなんとなくで気づけば、近ければそこに赴き状況を解決してやることもするが、わざわざ離れて面倒なことをする必要は無い。今だってまたああいうのに殺されている人間がいるかもしれないが俺には興味のないことだ」


 ひどいことをする。とは言わない、なぜなら彼だけが人を助けることができて、特に報酬もないのだから……。

 見返りもなく人を助けて、人のために命をかけて、なんて人間としてどこか破綻している。

 そうして歩いていると、人がやまほど集まっている場所が見えた。

 そんな人ごみの後ろの方で、二人はその人々が注目している方向を見る。


「さて、君の家は近くか?」


 無言のまま頷く杏澄。


「そうか、俺の家はこれだ」


 そう言って指差すのは人々の視線の先。

 炎によって燃え盛る一軒家だ。

 無言の二人。

 ただただ何も言えない杏澄と、ただただ普通の表情をしたグラハム。




◇◇◇◇◇◇




 自宅が燃えるとは、思いのほかいろいろと厄介なことになるようだということをはじめて杏澄は知った。

 まぁ別に楽だと思っていたわけではないが、思ったより時間がかかってしまったせいで……待っていてくれと言われた杏澄の帰り時間まで遅れてしまったわけだ。

 時刻はすでに11時少し前、杏澄は自宅の一軒家、その扉を静かに開けた。

 平屋の一軒家で、一階建てに部屋がいくつか……。


「ほお、ここが杏澄ちゃんの家か……」


 杏澄の隣にいるのは松田グラハム、現在家なき子だ。


「……」


 いろいろなことを聞かれた後、グラハムに『杏澄ちゃんって一人暮らしだったり、する?』そんな風に聞かれて、素直に頷いた杏澄はその直後に『泊めてくれ!』と言われて思わず了承してしまった。

 まぁ一人暮らしならば問題ないだろう。なにかされる可能性も否めなかったけれど、『乱暴する気でしょ! エロ同人誌みたいに!』とは言えない。

 きっと『は、自意識過剰乙。キモ』と言われるだろうから絶対に言わないことにする。

 とりあえず、居間へと移動する杏澄とグラハム。


「おぉ、実に少女らしくない質素な居間だな」


 やかましい。と言いたいがそこまで親しいわけでもないので言わないことにする。

 この男の相手は非常に面倒だ。向こうは親しくしてくるのだから杏澄も親しく返事を返してもいいものだが、彼女はそんな風に考えることはできない。

 内気というかなんというか、と言ったところである。


「さて、お邪魔しよう」


 グラハムは見惚れるような笑顔でそう言うと、居間に座りこむ。

 さすがに客相手、杏澄は居間にてカバンを置くと、キッチンに向かってティーバッグにて紅茶を淹れると二つのティーカップを居間へと持っていった。

 居間へと移動すれば、すでにグラハムはくつろいでいて、呑気にテレビを見ながら笑っている。


「おお、気が効く子は好きだぞ」


 相変わらず軟派なことであった。

 誰にでもこういうのだろう。


「自分が可愛くないぐらいわかってる」


 ボソボソと口にするが、グラハムはまったく聞こえていないようでテレビに映るバラエティー番組を見て笑っていた。

 まったくもって、図々しい男だなぁと思いながらも、こんな時間だがお腹がすいてきたので料理を何か作ることにする。

 適当に作るとしよう。彼もきっと食べるだろうしと……杏澄は立ち上がった。




 面倒なことに関わってしまったと、杏澄はグラハムに気づかれぬよう、深くため息をついた。




あとがき


さてさて、まだ一日目でござるよ。

まだプロローグでござるから、一日目が終わって、二日目あたりからでござるな話は、魔法使いのことも詳しく説明しておらぬので、では!

これにて、拙者は失礼つかまつる。


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