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ひこうき雲

作者: 藤堂家鴨

 今日は雨、雨が地面を叩きつける。

 傘がこの雨模様に花を(かざ)し華やかに見えるものの、それはただの風景となりつつある。

 梅雨と呼ばれるこの季節にわたしは生まれ、育った。

 この雨も梅雨と呼ばれるこの季節特有のものであり、毎年決まってこの時期に降るのにもう、彼らは悪態をついて外を見ている。

 雨だからっていって何でもないだろうに、なんて思うのはわたしだけだろう。

 わたしはぼうっと窓を通して外を見る。それがなぜか嬉しいような気分になる。嬉しいような、わくわくするようなそう言った気分。


 わたしは梅雨が好き・・・・・・大好き。

  

 それはわたしが雨を好むから。


 ✾


 わたしは都内の私立の女子校に通う高校生。

 名前を水無月雨(みなづきあめ)という。変わった名前だけれどわたしは好き。わたしは雨が好きだからだとおもうけれど・・・・・・。

 毎日同じ連鎖の繰り返し、それが日常というものだ。

 そんな日常をわたしは生きている。

 それが普通であり、わたしのような人間は普通、平凡を好む。

 普通って何だろ、と思う時がある。ただ、それは言葉でしかなく、ただの単語。そして、人間、特に日本人が好む単語。だから、わたしもその『普通』を好んでいる。

 逆に、『普通』じゃないもの、つまり、その反対語『特殊』を好む人間がいる。わたしはその『特殊』をただの目立ちたがりやとか思ったことがあったけれど、それは違う。だって、『特殊』っていうのは人間だれでも当てはまる。『普通』と『特殊』は相反(あいはん)するものであってそうでもない、それが矛盾。

 そんな言葉遊びはわたしの頭の中を渦巻く。

 そんなことを考える『普通』のわたしは『特殊』かもしれないとも、ね。

 そんな哲学的なことを考える。


 そして、

 わたしは・・・・・・現実逃避をしているのかもしれない、とも。


 この世には四次元というものが存在するらしい。

 四次元という言葉を聞いて、それは、某人気アニメの主人公が数多の道具をその四次元・・・・・・から取り出す、の四次元だろう。まぁ、そんなものだ、四次元は。存在しない空間、それがもしかしたら夢の世界なのかもしれない。

 よく考えてみると、四次元は至る所で登場する。

 人気アニメのほとんどは四次元の世界を中心とした話だ。


 そんな四次元をわたしは時々想像することがあった。

 憧れ、なんだ。

 そんな憧れ、それは叶うはずがない果てしない夢だ。

 

 ただ、それは・・・・・・夢にならない時もある。


 ✾ ✾


「やぁ、君ぃ。そんなに外を眺めるのは楽しいのかぃ?」


 英語の授業だった。

 わたしは相変わらず、孤立していた。

 そう・・・・・・わたしには友達がいない、いや、いなくなった。

 高校一年生の時は、いた。少なかったけれど、いた。

 ただ、高校二年生になってからわたしは友達を失った。言い方が適切じゃないかもしれないけれど、わたしは友達が一人もいない。そう、それもそれはクラスの生徒だけじゃない。この教室に来るすべての先生たちがわたしを孤立させる。集団いじめ、というらしいんだけれど・・・・・・なぜかわたしは悲しくなかった。辛くもなかった。ただ、虚構のように感じてしまう。


 いない存在、いてはいけない存在、それがわたし。


 だから、わたしはいつもこうして窓側の一番すみに追いやられた席でずっと窓の外を眺めている。

 それがわたしの日常。

 しかし、その日常を覆すことが起こった。


「楽しい、のかぃ?」


 その男は笑っていた。

 そして、

 浮いていた。


 彼は窓の外にいた。

 

 真っ黒のシルクハットを被り、それには赤いリボンが結ばれていた。きっちりと固めたスーツ姿は漆黒の闇、と表現できるもので、シルクハットに結ばれた赤いリボンが目をそらしても自然と目に入る。そして、彼は黒の傘をさしていた。

 顔は見えなかった。

 ただ、笑っているのだけは分かった。


「誰・・・・・・」

 わたしは思わず尋ねる。隣に座っていた生徒がわたしの顔を不審そうに見たがわたしはその男に向かって尋ねた。

「俺、かぃ?俺はただの案内人さぁ。君みたいな子を、理想の世界に案内するただの案内人。名前はないよ、そう、ただの案内人」

 何度も、彼は案内人という言葉を繰り返した。

「そんな案内人だけれど、案内人は案内人の仕事があるんだよ。だから、ここに来た訳。さぁ、嬢ちゃん、俺と一緒に来るんだ」

 彼はそう言いながら顔からシルクハットを放した。そして、そこには美青年の顔があった。整った顔つき、しかし、彼の頭には猫耳が生えていた。それがとてつもなく異様、だった。そして、笑み。

 そんな彼はすっとわたしの前に降り立った。

 どうも、わたし以外彼のことは見えないようだ。誰も、彼に気づく様子はない。

「誰ぁれも気づかないよ。だって、俺たちはこの世から必要とされなくなった存在なんだから」

 過酷、なことを彼は平気な顔、どころか笑みを浮かべて言い放った。それが残酷で、切なかったわたしがいた。

「だから、」

 彼、案内人はほほ笑んだ。

「おいで」


 わたしはまるで何かに取りつかれたかのようにその場に立ちあがった。


 当たり前だけれど、その時授業していた先生は不審そうな目を向けたし、クラスのみんなは非難の目でわたしを見た。今、わたしはここに存在していると扱われた。しかし、それは数秒のうちになくなる。

 あくびをするもの、携帯をいじるもの、真面目に授業を聞くもの、絵を描くもの、漫画とか本とかを読むもの・・・・・・みんな元の姿に戻った。


 わたしは彼らに一別する。

 そして、そっと案内人である彼の手を握った。


 ✾ ✾ ✾


「四次元って知ってる?」

「えと、あの○○えもんのポケット?」

「んーそれもあるけどさぁ」

「そーそ、あの先生言ってたよ・・・・・・何かなくなったら、それは四次元に消えたんだって」

「嘘ーそんなわけないじゃん」

「嘘じゃないってば」


 行方不明者:水無月雨(16) 


 ✾ ✾ ✾ ✾


「理想の世界・・・・・・それは君の望むものじゃないかも」

 案内人と名乗った彼は笑いながらわたしに話しかけてきた。


 わたしたちは今、真っ白な場所にいた。

 まるで異空間。

 何にもない、ただの場所だった。

 そこにわたしと案内人はいた。

 たった二人で、わたしたちはこの世界にいた。

 不思議だなぁ、とは思っているもののそれ以外に何も感じられない。感じることができない。感性の問題なのか、よくわからないけれど。

 あれから三日、わたしたちはここでただ生きている。

 生きている、というより天国にいるような感じがしてならない。

 本当に、気味が悪い世界だった。


「あと、一日で君はこの世界の住人になれる」


 案内人は自身の頭についている猫耳を触りながら言う。それが、わたしには酷のような感じがした。

「住人って、だれもいないじゃん」

「君がこの世界の住人第一号です。だから、誰もいません。いるはずがない」

「でも・・・・・・」

「この世界は君が生まれるずっと前からありました。この世界は恵まれている。なのに、誰も住人にはなってくれませんでした。一体何がいけないんでしょう?」

「何が、いけない?」

「はい、俺には分かりかねますんですよぉ」


 案内人は笑いながらわたしの前に立ちはだかった。


「この世界の住人になってくれますよね」


「嫌だ、と言ったら?」

「さぁ?」

「いいって言ったら?」

「歓迎しますよぉ」


 案内人はシルクハットで顔を隠す。そこから覗くのは彼の口しかない。

 彼の服は浮いていたことを今頃気づく。

 背景が純白の白に対して彼は黒。漆黒の黒。


 案内人はニタァと笑った。


「さぁ、どうですかねぇ?俺には分かりかねます」


 わたしはそっと彼から視線を反らす。そして、この真っ白な世界を見た。

 

 どこからどこまで、すべて白一色。そして、それ以外なにもない。不思議とお腹も減らないし、何もやらなくても生きていける場所。そこでわたしは廃人になるのか、と思うとぞっとする。ただ、この世界は何もかもの拘束から抜けることができる。自由な場所。何からも監視されず、辛い思いをすることもない。話し相手も一応はいる。ただ、この世界で生きていて生きている意味があるのかと自分自身に問えばそれは分からない。答えを導き出すことはわたしにはできないだろう。

 そんなまるで哲学みたいなことを考えてはみるものの、それはただ虚しく(はかな)いだけだ。

 そして、わたしは決めた。


「帰る」


 わたしは立った一言だけ案内人に言う。

 彼はただ、笑っただけで後は何も言わなかった。


「・・・・・・そうですか」


 ただ、最後に一言彼は口走る。

 そして、笑った。


 ✾ ✾ ✾ ✾ ✾


 この世の中には数多の世界が存在している。

 ただ、それは時にわたしたちの前に現れるかもしれない。

 そうしたら、あなたはどうしますか?

 現実逃避は誰でも夢見たことがあるでしょう。

 そして、それはただの理想郷でしかなく現実にはあり得ない非現実。

 その非現実に憧れる。

 人間は矛盾しています――――それが『普通』です。


 ✾ ✾ ✾ ✾ ✾ ✾


 そしてわたしは空を見上げた。

 今日は綺麗な空が上空に広がっていた。

 雲が、綺麗だなぁなどと思いながらわたしは自分の机に向かった。

 窓側の一番後ろの席。

 それがわたしの席で、わたしだけの席。

 そこでわたしは外を眺める。

 

 ――雨は止むんだね


 そう、誰かが言ってくれた気がした。


 あれから一ヵ月、梅雨は明けた。

 そして、わたしの友達関係は昔ほどではないものの回復途中である。

 どうしてかって、それは、簡単で単純なこと。


「あ、ひこうき雲」


 わたしが外を見ているとわたしの友達がひこうき雲を指差して叫んだ。

 たしかにそこには綺麗な一直線のひこうき雲が見えた。


 それは、わたしにとってのかけ橋のように思えたがそれはまた別の話である。

 わたしの作品にしては珍しいものですが・・・・・・文学です、純文学。

 

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