桃栗三年柿八年
ザーザーとざらつく音が鎮まり、耳にリィンと聞き慣れた秋の虫の羽音が響いた。
リーンリーン
トントントンと何かを叩く軽い音
カサカサと乾いた葉が擦れ合う音
砂の混じらない柔らかい風が素肌を撫ぜる
『一粒さん、目を開けてごらん』
時量さんの声も、少し前よりもずっと明瞭に聞こえる。
私は繋いだままの両手を、ギュッと力を込めて握り直してから固く閉じていた瞼を開けた。
目の前に見えたのは、辺りが暗いけれど、ちゃんとこっちを見ている時量さん。
キョロキョロと周囲を確認すると、背の低くなって保定具のついたムクロジが目に入る。
残っている半身に葉が残っているものの、周囲には毎日履いている庭なのに、かなりの葉がおちていた。
そして、なぜか隣の柿の木。
実が無惨にもごっそり落ちて、なんなら枯れていた。
『な、なぜ。御神木じゃないのに』
『一粒さんが土曜日に食べたからでしょうか?もしや胃に実が?久谷家のおうちは献身的な木が多いですね。』
確かに食べた。時量さんの差し入れの柿を、家に帰ってから残っていた物。
まさかの君まで今と繋がってたんかい。と、柿の木を見上げる。
『あれ?おまえら一緒に帰ってきたの?』
勝手口が空いて、大地が顔を出す。そしてすぐに萎れた柿の木が目に入ったのかギョッとして後ずさる。
『一粒!おまえ、実だけでは飽き足らず、柿の木まで食べたのか?!』
『そんなわけないじゃん。』
『だよなぁ、どうしたんだこれ?じいちゃん呼んだほうがいいのかなぁ?…ん?それよりおまえら何してんだ?手なんて繋いで、砂だらけだし…』
確かに目の前の時量さんは尋常じゃなく全身砂まみれだし、私も改めて自分の服を見ると、ジャンバースカートが紺だとわからないくらい砂まみれだ。
『あ!オカルト研究でも始めたのか?至〜、流されるなよ〜。』
『すみません。』
『違うから!』
結局その後話し声を聞きつけたお母さんに砂だらけの制服を問い詰められるも、説明することは出来ず、夜も遅かったので私たちはそれぞれ着替えるだけ着替えて、泥のように眠った。
瞼越しにも届く、朝日の気配で私はなんとか目を開けた。
頭は目覚めても、身体が信じられないくらいだるくて、起き上がれない。
『一粒さん、なんで、こんなところに…』
私はなんと今、時量さんの客室にいる。
昨日自分の部屋に戻った後、また時量さんがどこかに消えないか心配すぎて、夜中にこっそり重い身体で這って客室に見に行って、そのまま力尽きて布団の隅を貸していただいたわけだ。
『だって、また離れて消えちゃったら嫌だから。』
時量さんは仰向けのまま両手で顔を覆って『なんてことだ』とか『清太郎さんに顔向けできない』とか呟いている。
私だって、べつにそこまで子供じゃないから非常識かもとは思ったけど、心配だったし、時量さんだし。
時量さんがため息をついて、両手で覆われた手の隙間から私に目線を向ける。なんかその目は不満気というか、物申したいというか、
けれどもう一度ため息をつくと、時量さんは布団から這い出ると四つん這いで掃き出し窓まで行くと、
『庭の掃き掃除をするので、一粒さんも部屋に戻って着替えてきてください。』と言い残して、そのまま庭に出てしまった。
私もパジャマのまま追いかけるわけにいかず、至る所の筋肉痛と戦いながら階段を上がって自分の部屋に戻った。
部屋の窓から庭を見ると、作業着に着替えた時量さんが箒を片手に御神木の近くで肩を回している。
私は口角が上がったままクローゼットのドアを開けた。
『いってきます!』
結局制服は砂は落ちてもヨレヨレすぎて着れずに、ジャージで学校に向かう。
お母さんは、お兄ちゃんの『2人でオカルト研究をしたようだ』という勘違いの説明を信じたようで、深く追求されなかった。
行く途中で時間屋の前を通ったら、やはり見当たらなかった。時間もなかったし、なんとなく石碑は見なかった。
『おはよー、』
『おはおはー、あれ?なんでジャージ?』
『制服汚しちゃってさ』
『あー、まぁ衣装着るしいいんじゃない?』
玲奈ちゃんと文化祭最終日の今日の段取りを確認する。途中で智恵ちゃんも加わり、着替えたら開店時間に近くなっていた。
メニューを並べていると
『おはよ』
と声の方を向くと塩川が立っていた。
『…おはよう』
『今日シフト同じだから、大変な時は、言ってくれれば手伝うから。』
『うん、ありがとう。』
『じゃ、あとで。』
2日目も喫茶店は大盛況で、全身筋肉痛でギクシャクしながらも何とか全ての接客をこなした。
シフトを終えて、ジャージに着替える時、ふと違和感を覚えて首にかけていた砂時計を見ると、中身が空っぽになっていた。
『ただいまー』
『おう、おかえり』
『おかえりなさい。』
流石に疲れすぎて、後夜祭を断って夕方帰ってくると、庭先でおじいちゃんと時量さんが苗木をもって立っていた。
今朝突然枯れた柿の木は撤去されており、そこの土が掘り返されている。
『何やってるの?』
『柿がなんでか分からんが急に駄目になっちまったからな、至と話して新しいのを植え直すことにしたんだ。』
『へえー!じゃあ来年も食べられるね!』
『…一粒さん、桃栗三年柿八年という言葉は知っていますか?』
『あー、聞いたことある気がする。…え、まさか。』
『流石に苗木だし8年はかからんが、3年はかかるだろうなぁ実がつくまで。』
衝撃を受けて固まる私。
私の秋の柿食べ放題ライフが、まさか時戻しにこんな弊害が起こるとは。
『まぁ、こいつの実がなる頃には、他にも実りがあるだろうよ!』
とおじいちゃんはガハハと笑ってなぜか時量さんの背中を強めに叩いていた。
時量さんは虚空を見つめて悟ったような表情をしていて、私は意味がわからずとりあえず心の中で柿の小さな苗木に、心の中で『待ってやるからたくさんの実を!』と叱咤激励した。
私たちの日常は流れていく。
なぜか玲奈ちゃんがうちのお兄ちゃんに付き纏うようになって、お兄ちゃんが困り果てたり。
塩川は少し親切になったけど、剪定にきた時量さんには相変わらず無礼だったり。
時量さんが免許を取ったり、園芸の専門学校にいったり。
あの後2人で時間屋の石碑の刻まれていた場所に行ったけれど、石碑は跡形もなくツルツルになくなっていた。
三坂神社にはたまに時量さんと2人で散歩がてら参拝に行くようになった。
私は高校を卒業して、大学生になって、時量さんは樹木医の専門学校を経て、今年受けた樹木医の試験の結果待ちをしている。
1次審査は合格して、2次審査の結果待ちだ。
私は時量さん以上に毎日そわそわと1日に何度も郵便受けを見に行っている。
『あ!』
その日も大学から帰って郵便受けを見たら、分厚い大きな封筒が入っていた。
"日本緑化センター"の記載を見て手が震える。
この厚みは合格の厚みなのか、不合格でも分厚いのか判断がつかず、早く開封したいのに、時量さんは今日は仕事で夜まで帰らない。
家に居たおじいちゃんとお母さんに封筒を見せるが、2人とも特に動揺していない。
夜になって帰ってきた時量さんに、タックルする勢いで封筒を見せるが、仕事道具を片付けたり、着替えたりして、なかなか開けてくれない。なんならお風呂にまで入ってしまって、突入してやろうかと思ったけど、流石に我慢した。
『開けて!早く開けて!もうストレスで毛が抜け落ちそう!』
『なぜ一粒さんの方が』
時量さんはお風呂から上がって肩にタオルをかけた状態で、やっと客室で封筒を開けようとしている。
私は据え膳を我慢できない犬の如く、向かい合って正座して身を乗り出してその様子を見ている。
『あ、』
『どっち!どっちなの?!』
封筒から書類を見ている時量さんが小さな声をあげたが、向かい合わせの私からは文字が見えない。
『ほら、』
裏返して見せてくれた書類には"合格"の文字が見えた。
やったー!と喝采をあげる私に対して、時量さんの反応は薄い。
『よかったね!』
『よかったです、これでようやくです。塩川さんが同じ大学と聞いて本当に焦っていたので。』
『?』
『今度は一粒さんを待たせてしまいましたね。』
時量さんが向かい合っていた私の手に、自分の手をかぶせ、指と指を絡めた。
普段、時量さんから私に触れることはほとんどないので、私は一気に体温が上がって、たぶん赤面している。
『一粒さん、私のことを好きですか?』
『?!』
質問の意図が分からないけれど、心臓が荒ぶって余裕の無い私は、条件反射でぶんぶん頷く。
『一生を共にしたいくらい?』
またぶんぶん頷く。
『それなら、大丈夫ですね。』
と時量さんはにっこり笑って、手も離してしまった。
私は1人で『なにが?』と首を傾げながら自室に引き上げた。
その日の夕飯の団欒の場で
時量さんが家族一同の前で
『一粒さんと、結婚を前提にお付き合いさせてください』
と告げた。
固まる父と兄、そうかそうかと笑う祖父。
お母さんはキョトンとして
『え、まだあなたたち付き合ってなかったの?』
と答えたのだった。
もしここまで読んでくれた方がいたら、深く感謝します。
初めての長い作品で読みづらいところも多かったと思いますが、感想が頂けたら嬉しいです。




