ダンジョンの虜
初投稿です。
感想いただけたら幸いです。
モンスターを狩る。ドロップを売る。借金を返す。残った金で準備する。
そのサイクルが、月野 聡が高校を卒業してからの1年間の全てだった。
親の遺した膨大ではない、それでも普通の生活では返すのに10年かかるほどの額。
借金のおかげで親戚との縁も切れ、友達も大学生ばかり。誰にも頼らず返済するしかない状況だった。
だからダンジョンに向かった。手っ取り早く稼ぐために。
働きづめの日々も今日で終わる。そんなことを考えながら聡はモンスターを探していた。
今日の探索が上手くいけば借金を完済できる。その後どうするか、聡はまだ決めかねていた。
思考は心の中へ、それでも警戒は続けながらダンジョンを進む。
ダンジョン第一層、岩肌だけを見ると何の変哲もない洞窟だが、なぜか人の通れる空間が確保されている謎の場所を。
その時、耳に自分が出す以外の音が聞こえる。
靴の出す音ではない、肉っぽい足音。場所は角の先。頻度からして4足。2体以上。
聡は考えを切り替え、角から一歩の距離まで静かに近付き、いつでも戦槌を振り下ろせる体勢をとる。
モンスターの姿が見えた瞬間、戦槌が振り下ろされた。
槌部分が胴体に命中する。骨と肉を壊す感覚が手に伝わる。
モンスターから出た煙が一瞬視界を覆う。煙が晴れるのを待つより先に、一歩離れる。また戦槌を構える。
煙が晴れた後に残ったのは一匹の鼠。聡は正式名称を知らなかったが、洞窟鼠と呼んでいた。
人間の膝ほどの大きさの鼠がこちらに気づき、不快な鳴き声を上げる。
聡は戦槌を短く握り直し、相手の動きを待った。洞窟鼠が飛び掛かり、噛みつこうとしてくる。
洞窟鼠を腹から蹴り上げ、体が浮いたところへ野球のノックのように戦槌の棘部分を振りぬいた。
洞窟鼠は吹き飛ばされず、脇腹を貫かれたまま煙へと変わった。
煙の後には魔石1つずつと毛皮が残された。それらをリュックと魔石袋に仕舞い、また次の獲物を探して歩き始めた。
感動はない。安全を重視して1年間浅部のみで活動したおかげでモンスター狩りは作業でしかなくなっていた。
聡がダンジョンを出たのはそれから5時間後。モンスターを更に20匹ほど倒したが、ドロップは魔石のみだった。
出口直結のカウンターで魔石を自動精算機に、毛皮と探索者カードをカウンターに提出して言う。
「買取お願いします。」
「承りました。こちら受付番号です。」
番号の書かれた紙片を受け取り、ロビーへ向かう。
査定待ちの間、ダンジョンに併設されているダンジョン館のロビーを見渡す。
今までほとんど強制に近い状態でここに来ていたから何も感じていなかったが、債務から解放された状態で見ると愛着のようなものが浮かんでくる。
硬い武器や防具のせいで傷つき、補修が放棄されて久しい床。あちこちに貼られた警告文やダンジョン情報。そこにいる人々。
聡は、その中でも人々に対して思いをはせていた。
ダンジョン館のロビーを訪れる者は大きく分けて3種類いる。
1つ目、雇われているから。2つ目、どうしても金が必要になったから。3つ目、欲望が大きすぎるから。
聡自身、債務者だったため1つ目と2つ目の気持ちはわかる。だがダンジョンに利益以外のものを求める者は理解できなかった。
ダンジョンでは身体能力が向上したり、スキルと呼ばれる超常の力を得ることができる「祝福」とドロップ品を食べ続けないと衰弱死してしまう体になってしまう「呪い」を受ける。
このどちらも、モンスターを倒し続けると同時に進行していくと考えられている。この度合いを「レベル」という。
祝福と呪いは一生消えることなく、生きている限りドロップ品の採取という危険を強要してくる。
いわば返済できない借金のようなものだ。能力と引き換えに利息が徴収され続ける。そんな人生は普通の人間なら望まないだろう。
それでも人々を引き付けるダンジョンの魅力について考えようとしたところで、番号が呼び出された。
「買取金額はこちらになります。」
探索者カードを機械にかざして協会に紐づいた口座へ送金する。
スマホで買取金額の入金を確認した後、武器や防具を貸出ロッカーに預けてダンジョン館を後にする。
帰り道、電車の中でも、歩いていても、ダンジョンの魅力という単語が頭から離れなかった。
家につくと、すでに日は落ちていた。
玄関を上がり、真っ先に自室のPCへ向かう。銀行のページを開く。借金を返済する。
「これで自由だ……」
1年前に想像していたより、衝撃も感動もなかった。ただ、張っていた糸が切れたような脱力感だけがあった。
ほぼ底をついた口座残高も、明日からの目標を考えるのも、今夜だけは後回しにしたかった。
そのままベッドへ潜り込む。ストレス無く眠れる数年ぶりの夜だった。
「喉が渇いた」
借金を返済し終わった次の日一番に思ったことがそれかと自分で笑ってしまいそうになる。
昨日は何も飲み食いせずに寝た上、昼過ぎまで爆睡したのだから当然のことだった。
とにかく喉を潤すためキッチンの冷蔵庫を開けるが生憎と飲料類を切らしていた。
水道栓を捻っても水が出ない。
机の上を見ると工事による地域断水のお知らせチラシがあった。日付は今日この時間。
聡は軽く悪態をつきながら自分の部屋に戻り探索リュックから水の入ったペットボトルを出して飲んだ。
ぬるい水も乾いた喉には十分美味しく感じた。
水を飲み干し、ひと呼吸おいて落ち着いた頭に小さな後悔が浮かぶ。
「生活魔法で水を出せばよかった」
長い倹約生活から来る貧乏性の影響だった。
ダンジョンで祝福を得た人間にはスキルが発現することがある。
手段は2つ。モンスターを倒す中で自然と覚えるか、ドロップ品を使うかだ。
生活魔法スキルはドロップ品から得たものだ。それは聡が最初に得たスキルと関係がある。
聡は最初に得たスキルについて思い出していた。
過去の思い出に浸る。
以前ならば考えられないことだったが、借金を完済して出来た心の余裕のおかげで無駄な時間を使うことへの抵抗は薄れつつあった。
スキルは大抵、得た瞬間から使い方が分かるので特定に大した手間は掛からない。
ただし、自動で発動するスキルは本人にも効果が分からないことがある。
それを検証するために協会へスキル鑑定を依頼した。
生活魔法スキルは鑑定に必要との理由で安く買い取った。今思えば在庫処分のようなものだったのかもしれない。
「魔力吸収」
それがスキルに付いた名前だった。
効果はダンジョン内のみの継続した魔力回復とモンスターを倒した際の追加の魔力回復。
長期のダンジョン探索で有利になるスキルだったが、聡にはダンジョンに長く潜る動機がなかった。
だからスキルの存在も忘れかけていた。
戦闘に役立たないスキルを切り捨て、戦槌一本でモンスターを狩る日々。
いつの間にか作業と化した戦闘。
完済した借金。残り少ない口座残高。
そこまで考えた聡は明日からの生活について考えようとする。視界に違和感。
ふと、ペットボトルと一緒に入っていた固形携行食の賞味期限が目に入った。
「3ヶ月も過ぎてる?」
ペットボトルの賞味期限も確認する。
「こっちはあと半年」
ネットで調べたところ携行食の賞味期限は3ヶ月、水の賞味期限は1年ほどだと分かった。
つまりこれらは半年以上前に買ったことになる。
「じゃあ半年間ダンジョン内で飲まず食わずだったってことか……?」
水に関しては生活魔法があるので買わなくても大丈夫だ。だが食料は違う。
聡はパフォーマンスの低下とそこからくる負傷を防ぐため、ダンジョン内では空腹を覚えたらすぐ飲み食いすることをルールにしてきた。
だが記憶を思い返しても数カ月間は携行食を買った覚えはない。
ただダンジョンでの行動に慣れただけかと思って無視していたが、冷静に考えると誰の目にもおかしいと分かる。
頭の中の常識が崩れていく音がする。体に鳥肌が立つ。
「どうなってるんだ……」
家計簿を読み返し、レシート入れをひっくり返す。
何とか状況を否定する材料を探そうとしたが、何も見つからなかった。
原因はダンジョンにある。
驚きと恐怖ですっかり冴えた聡の脳は久々に高速回転し始めた。
ダンジョンに潜り始めてからのことを思い出す。
初めての戦闘。魔力吸収スキル。家とダンジョンとスーパーの往復生活。呪いとレベル。
ドロップ品の食料は一般販売されている。
最低でも高級ブランド肉の2〜3倍程度の値段だ。
だから呪いの衰弱が始まってから買おうと思っていた。
しかし今までにドロップ品の食料を買ったことも食べたことも無い。
それでも体調に大きな変化はない。
いまのレベルなら確実に死んでいるはずなのに。
「思い当たるのは魔力吸収スキルだけ」
魔力吸収スキルは魔力をスキルを使うエネルギーとしてだけでなく、生命エネルギーとしても吸収している。
そう考えるのが妥当だった。仮説を立てたら、あとは確認するだけ。
聡は何かに突き動かされたかのように朝食も取らずダンジョンに向かった。
念のため、途中で水と携行食を購入する。
計画はこうだ。ダンジョンに入る。12時間、もしくは空腹感が無くなるまで入り口付近で待機する。6時間狩りをする。
ダンジョンの入り口付近だけは協会が安全を確保しているので何時間でも無理なく過ごせる。
最初の12時間で空腹感が無くなればダンジョン自体からエネルギーを吸収しているかどうか確認できる。
後の狩りでは生活費を稼げる。
もともと生活費稼ぎのために何度かダンジョンに潜ろうと思っていた聡には、スキル検証と生活費稼ぎを同時にできる良い案のように思えた。
ダンジョンに入る。座り込んで体の内側へ意識を向ける。
腹が満ちるのではなく、空腹感そのものが無くなっていく感覚。
空腹感が完全になくなる。時計を見る。10分しか経っていなかった。
前日の夕食と朝食を抜いてきた体に、かすかにエネルギーが満ちるのを感じる。
「やっぱり信じられない……」
それと同時に、自分でも正体のわからない感情が湧き上がってきた。
座り込んで3時間ほど体の感覚を確かめたが、それ以外の変化は感じられなかった。
それが瞑想のような効果をもたらしたのかはわからないが、発見直後にあった恐怖や驚きといった感情は鳴りを潜め、心は落ち着きを取り戻しつつあった。
代わりに自分でも正体のわからない感情が湧き上がる。いてもたってもいられなくなる。
体を動かしながら考えようと思い立ち、そのまま狩りに出る。
モンスターを探しながら考える。
ダンジョン内限定とはいえ、世界で最初に飢えを克服した人間になったこと自体は大きな衝撃を与えなかった。
冷静に考えれば、ダンジョンを探索しなくともこの能力は有効に使える。
例えば、ダンジョン近くに居を構え朝晩10分ずつダンジョンに入って空腹を解消する生活をすれば一生食費を浮かせられる。
だが、そうする気にはなれなかった。
むしろ自分の体に起こった変化それ自体が聡の興味を掻き立てた。
ただ、自分の体を作り替えたものが何か知りたかった。
疑問が浮かぶ。「ダンジョンって一体何なんだ?人間に何をしたいんだ?」
その疑問は狩りを終えても、寝ても覚めても聡の頭の中を離れなかった。
むしろ時間が経つほどにダンジョンに対しての興味は膨らんでいった。
それからの聡は、しばらく引きこもり同然の生活をした。
外出は必要最低限、残りの時間はPCに齧りつきダンジョンについて調べ続けた。
ダンジョン協会の公式サイト、素材の販売店、大学や研究所の研究結果、個人の考察ページ、ネット掲示板まで読み込んだ。
そのどれもが不明という返答もしくは推測しか返さなかった。
だが、借金を完済したことで心に空いた穴を、何かが埋め始めている気がした。
口座の残額がまた底をつきかけたころ、聡はある考えに辿り着いた。
「答えがないなら自分で探すしかない」
借金はもう無い。ダンジョンに固執する理由もない。命を危険に晒す必要なんてない。それでも。
「ダンジョンが何なのか、知りたい」
新たに1人、利益度外視の探索者が誕生した。




