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【短編】ハンカチ

作者: ユキ。
掲載日:2026/05/09

ワンルームの狭い部屋の真ん中を占めるようにコタツが置かれている。


片山千絵はコタツの中に入り真剣に悩んでいた。傍から見れば単にコタツに入って暖まっているようにしか見えない。


コタツにはつきもののみかんがかごの中に山盛りに入れられている。


千絵はみかんを一つ手に取り、「何かいい案ないかな~?ね、リン」と側にいた子猫に話しかけた。


子猫は千絵の悩みなど関係ないというように一つ欠伸をするとコタツの上のみかんに興味を移した。リンは、みかんに向けてパンチを繰り出している。


「はぁー、ホント何かないかな~?」


そのとき、リンのパンチが効いたのかみかんが一つころころとかごから転げ落ちて部屋の隅へと転がっていく。みかんが辿り着いた先には、三冊のノートが置かれていた。


「こら、リン。だめよ、そんなことしちゃ・・・。そうだ!いいこと思いついちゃった」


そう言うと、千絵はにっこりと微笑みリンを抱き上げるとその鼻にキスをした。


その小学校は木造平屋建ての古めかしいが、どこか暖かさを感じる雰囲気を持っていた。


まだ春の便りには少し早いのか、冷たい風が校庭に植えられた桜の木の枝を、さわさわと揺らす。


登校時間帯であるにも関わらず、まるで誰もいないかのようにシンとした静寂が流れている。


しかし、よく耳を凝らすとかわいらしい声がいくつか聞こえるようだった。


そんな小学校の職員室。


ガランとした広い空間に置かれた机の一つに座って千絵が出席簿を眺めている。


あまりにも広々として見えるのは、それはこの空間に千絵しかおらず、置かれている机も千絵が座っているものと後二つしかないからだ。


千絵が眺めている出席簿には、たった三人分の名前しか見当たらない。


千絵がボーっとその出席簿を見ていると、ふいに背後で人の気配がした。


「この子達とも、もうすぐお別れですね」


千絵が振り向くとそこには、校長の松本浩二が立っていた。


千絵が出席簿に再び視線を落とすと、少し考え込むように沈黙した。


そして、心からの声が漏れたようにポツリと呟く。


「ええ、寂しくなります。本当に・・・」


千絵はパタンと出席簿を閉じると、何かを決意したように口をきゅっと結び立ち上がり、松本に向き直った。


「校長先生、お願いがあるのですが・・・」


机の上に置かれた出席簿の横には、白いハンカチが数枚置かれていた。


始業のベルが鳴る。


教室の中には、横一列に机を並べて三人の子供が座っていた。


窓際の席に座っているのは、黒い短髪が良く似合うやんちゃそうな少年。彼は小学五年生の山田健一。


そして、廊下側の席に座っているのは、色白で繊細さあふれる少年。彼は小学四年生の森卓也。


最後に真ん中の席に座っているのは紅一点。長い髪の毛を綺麗におさげにした、かわいらしい少女だった。彼女は小学二年生の吉川鈴。


この小学校の生徒は、この三人ですべてだった。


そこに出席簿を持った千絵が入ってきた。


千絵が入ってきた瞬間、反応したのが健一だった。


「あれー?千絵ちゃん、珍しいじゃん」


千絵は軽く健一を睨むと、教卓の前に立つ。


「こら、千絵ちゃんじゃないでしょ。ちゃんと先生って呼びなさい」


そんな千絵の小言などどこ吹く風で、卓也が健一に問いかける。


「ねえ、健ちゃん。何が珍しいの?」


その質問に健一が答える前に鈴が口を開いた。


「ほら、先生今日は髪の毛、一つに結んでるでしょ?きっとそのことだよ」


確かに千絵は、長い髪の毛を一つに束ねすっきりとした顔を見せている。


千絵は一つ深々とため息をつくと、三人の顔を順に見回した。


「もー、三人とも!先生の話を聞いて」


千絵の言葉に、三人はお互いに決まり悪そうに目配せすると、椅子の上に座りなおした。


そんな三人の様子を満足そうに見ると、千絵は一つ咳払いをした。


「コホン。えー、じゃあ今日の授業を始めます。それでね、今日はちょっと変わったことをやりたいと思います」


真っ先に声を上げるのはやはり健一。


「何やるの?」


千絵は、何か楽しむような含み笑いをすると、


「宝探しです」


といった。


「宝探し?」


「えっ、マジで!やったー、楽しそう」


「宝物って何だろう?」


千絵は、三人三様の反応を示す子供たちを優しい眼差しで眺める。


「ねえねえ、先生!宝物って何?」


かわいらしい小さな手を上げて鈴が千絵に問いかける。


しかし、そんな鈴の発言に悪態をつく声が一つ。


「バッカ、リン。そんなの先にわかったらつまんないだろう」


鈴はその発言をした健一に怒った顔を向ける。


「もう、私リンじゃないもん。すずだもん!」


「別にそんなのどっちでもいいじゃんかよー」


「良くないもん!」


「まあまあ二人とも。落ち着いて」


卓也がそんな二人のやり取りを見かねて間に入る。


それまで三人の様子を静観していた千絵が手をパンパンと叩く。


その音に三人は反応し、千絵に注目した。


「宝物の中身は見つけてからのお楽しみよ。じゃあ、さっそく始めようか」


千絵の言葉に三人は再びお互いに顔を見合す。


健一が首をかしげて千絵を見る。


「でも、探すっていったって、何の手がかりもないんじゃ、探しようがねーよ」


口を尖らせて抗議する健一に千絵が楽しそうに笑う。


「あら?ノーヒントだ何て言ったかしら?」


「えっ、じゃあ・・・。ヒントはどこなんですか?」


卓也に顔を向けると千絵は一つ軽くウインクした。


「第一のヒントはこの教室の中にあります」


その千絵の言葉に、子供たちは一斉に立ち上がり教室中を隈なく捜索しだした。


しばらく時間がたった頃、鈴が千絵の元へと小走りで近寄ってくる。


「ねえ、先生。見つからないよ」


途方にくれたような鈴の様子に、鈴の視線にあわせて千絵はにっこりと微笑む。


「よーく思い出してみて。いつもと違う場所を探してごらんなさい」


千絵の言葉に、鈴はしばらくその小さな手を胸の前で組んで考え込む。


そのわずかな後、鈴がパッと顔を輝かせて上げると千絵の後ろに回りこんだ。


鈴の目の前には、しゃがみこんでいる千絵の頭があった。


そして、その髪の毛を結んでいるもの。


白く少し大きめの布地。


ハンカチのようだった。


鈴は、千絵の髪を留めていたその白い布をほどいた。


「あった!」


鈴が歓喜の声を上げる。


「えっ、マジで?」


「本当?」


健一と卓也も鈴の元へと走ってくる。


「うん、ほらこれ」


鈴は健一と卓也の目の前にその白いハンカチを広げた。


そのハンカチには、不思議な詩のような言葉が蒼い糸で綴られている。


「うーん、何々・・・。『子供たちの声がこだまする箱の中。鉄のオリの無数の玉に囲まれる』。だって。何だこれ?」


「うん、何だろうね?でも、これって暗号みたい」


卓也の言葉に、健一と鈴が顔を見合す。


「「暗号?」」


二人は再びその文字を凝視する。


千絵は静かにそんな子供たちをニコニコと笑いながら眺めていた。


数分の後、健一が声を上げた。


「フフフフン。オレ、わかっちゃったもんねー」


健一は得意気に顔を上げると、鈴と卓也の顔を見て胸をそらす。


今度は、鈴と卓也が視線を交わらせる番だった。


不思議そうな顔をしている二人をよそに健一が元気な声を上げる。


「よし、じゃあ行くぞ!」


「えっ、行くってどこに?」


「ついてくればわかるって」


健一はどんどん歩いて教室を出て行ってしまう。


「ちょっと待ってよ健ちゃん!」


卓也もその後を追う。


鈴も慌てて二人を後を追おうとするが、教室を出る直前千絵にトントンと肩を叩かれる。


足を止め千絵を見上げる鈴に、千絵が鈴の耳元に顔を近づけて何事かを告げた。


鈴はキョトンとした顔をしたが、にっこりと微笑む千絵に笑い返してそのまま健一と卓也の後を追うため教室を飛び出した。


三人の子供たちが向かった場所は、広い大きな建物――体育館だった。


三人の子供には広すぎるその空間を見上げて健一が得意気に話し出す。


「いいか、よーく聞けよ」


そう言うと、一度言葉を止め大きく息を吸い込む。


「わーーーー!!!!!」


卓也と鈴は驚いたように目を見開き健一を見つめるが、次の瞬間健一が何を言いたかったのかを悟った。


そう、その健一の声がこの体育館中に反響し返ってきたのだ。


二人の反応に満足そうににっこり微笑むと健一は腕組みをして胸をそらす。


「なっ!声が木霊しているみたいだろ?」


「ホントだー!健ちゃんよくわかったね」


鈴はさっきまで健一にからかわれていたことなど忘れたかのように、賞賛の瞳を向ける。


健一は照れくささを隠すために、エヘヘといいながら鼻を指でこすった。


そこに卓也の声が被る。


「ねえ、でも鉄のオリって何だろう?」


その問いかけにも健一は自信満々の態度で二人を見回す。


「もう、それもわかっちゃったもんね」


健一の言葉に卓也と鈴は顔を見合し首を傾げる。


健一は体育館の端の方に移動すると、バスケットボールがたくさん入れられたカゴの前で止まる。


そして、無言で少し格好つけるように親指でそのカゴを指した。


次の瞬間、卓也と鈴が同時に「あっ」という声を上げた。


「オレさ、バスケ好きだからピーンと来たんだ」


言いながら健一はカゴの中から一つボールを取り出し指先でくるくる回し始める。


「へー、そういえば健ちゃん体育大好きだもんね」


「まあな。それより、三人しかいない学校に何でこんなにボールあるか知ってるか?」


健一はボールを回し続けながら二人の顔を見比べる。


二人ともしばらく考える素振りを見せたが先に根を上げたのは鈴だった。


「うーん、わかんないよー。何でなの?」


「千絵ちゃんがさ」


健一はボールを回すのをやめ、両手でしっかりとボールを抱えるとそれをじっと見つめた。


「千絵ちゃんがさ、オレがバスケ好きなのを知って色んなところから集めてきてくれたんだ」


そういって、健一は持っていたボールを鈴に軽く投げて渡す。


小さい両手を広げて何とか受け取ったそのボールを鈴は見つめる。


そのボールは、お世辞にも綺麗とはいえない年季が入ったものだった。


「うわー、ボロボロだね、このボール」


卓也もボールを覗き込む。


「本当だね。そういえば、他のボールも全部似たようなものだね」


「まあな。それにしても、千絵ちゃん。三人しかいない学校にこんなのボール集めてどうするつもりなんだろうな」


その言葉とは裏腹に、健一の表情は穏やかで、見ようによっては泣きそうにも見えた。


「何だか片山先生らしいね、そういうところ」


そういいながら卓也はバスケットボールが入れられたカゴに近づくと中から新しいボールを取り出そうとしてピタッと動きを止めた。


一度後方を振り返り、健一と鈴を見たが二人とも自分の世界に入っているようでこちらの様子に全く気がついていない。


卓也はボールの群れの中に腕を突っ込み、あまり大きくない体が半ばまで入り込みながら何かを掴み取り立ち上がった。


「ねえ、二人とも見てコレ!」


卓也の弾むような声に、我に返った健一と鈴が視線を向ける。


卓也の手には一枚の大判のハンカチが握られていた。


「おっ!もしかしてそれって次のヒントか?」


卓也は頷きつつそのハンカチを広げた。


そのハンカチには先ほどと同じように、今度は翠の糸で不思議な詩が刺繍されている。


「えーと、何々・・・。『色とりどりの森の中。白きブルータスの目をふさぐ』だってさ」


「うわー、やっぱり次のヒントだね。次はどこだろう?」


「っていうか、何コレ?コレはオレには全然わかんねーぞ」


渋い顔の健一がお手上げのポーズをする。


鈴も腕を組んでうんうん唸っている。


そんな二人の様子を見て卓也がにっこりと微笑む。


「僕、わかっちゃったよ」


次に三人が向かった先は、独特の匂いを発する場所――美術室だった。


それほど広くない室内の壁には、所狭しと様々な絵画が飾られている。


油絵・水彩画・版画etc・・・。


子供たちは各々それらの壁の芸術たちを眺めては感嘆の声を上げていた。


「うわー、オレ美術室って授業以外で来た事なかったけど、こんなにたくさん絵なんてあったっけ?」


「私もー。でも、私は美術室好き。ほらほら、コレ。夏休みの宿題で描いたやつだよ。先生上手だねって褒めてくれたやつ」


健一と鈴の様子を眺めながら卓也はにっこりと微笑む。


「多分、色とりどりの森ってこのたくさんの絵のことを言ってるんだと思うよ」


卓也は両手を広げてぐるりと廻った。


「あー、なるほどな。うん、そうかもしれないな」


健一は物知り顔で頷く。


そんな健一を見て鈴がクスクス笑う。


卓也も可笑しそうに笑った後、愛おしむようにもう一度周りを見回した。


「僕さ、絵を描くのがすきなんだ」


卓也の言葉に鈴はクスクス笑いをやめて、大きく頷く。


「知ってるよ。たっくん、いつもスケッチブック持っていろんなもの描いてるもんね。私、たっくんの描く絵、大好き」


鈴の言葉に、少し顔を赤らめた卓也だったがすぐに嬉しそうな顔で微笑む。


「ありがとう、鈴ちゃん。そうやってね、片山先生も言ってくれたんだ」


「へー、千絵ちゃんがねー」


健一は少し考えてから納得したように頷いた。


「まあ、あの千絵ちゃんならそういうだろうな」


「うん」


卓也も頷いて壁に掛かる一枚の絵を示す。


「この絵はね、片山先生が描いたものなんだよ」


卓也が示すその一枚は、お世辞にもうまいとは言いがたいが、優しさにあふれる子供たちを描いた絵だった。


「ほえー、千絵ちゃんって絵の才能はねえな」


そう言いながらも健一の顔はどこか嬉しそうで、誰も文句は言わなかった。


「先生、僕に付き合ってこの絵を描いてくれたんだ。たまには一緒に絵を描こうって」


「ウフフ。ホント、先生らしいね」


穏やかな空気が流れる中で、健一は何かを思いついたようにポンと一つ手を叩く。


「なあ、もしかしてコレって」


健一が蒼い糸で刺繍されているハンカチをポケットから取り出す。


「何?」


「千絵ちゃんがオレたちそれぞれが解けるような暗号を作って書いてんじゃねーのかな?」


「あー、なるほどね。そうかもしれない。だったら、次は鈴ちゃんの番だね」


卓也はにっこりと鈴に笑いかけると、鈴は少し戸惑いながらも頬をピンク色に染める。


「うん!」


「でもさー、ブルータスってなんだ?」


「あぁ、それは・・・」


卓也は何でもないことにように美術室の奥まで移動すると、乱雑に色々なものが集まっているものを掻き分けた。


「ほら、この石膏像のことだよ」


そして、石膏で造られた小ぶりな男性の胸像を示す。


「えっ?コレなのか?」


健一と鈴も卓也のほうへと移動していく。


その途中鈴が「あっ」と小さな声を上げた。


鈴を訝しげに見てから視線を石膏像に戻した健一も同様の声を上げる。


「あー」


その石膏像の目を隠すように白いハンカチが巻かれていた。


どうやら、同じ白い色で近づくまで気がつかなかったらしい。


「なるほどなー、コレのことか」


そう言いながら、健一が石膏像からハンカチを取りだすと二人の前にそれを掲げて見せた。


そのハンカチの暗号には朱色が使われている。


「じゃあ、これは私が読む!んとー、『白く小さきものたちがねむる中。そのたからは』えーと・・・」


一生懸命にその文字を読む鈴に卓也が助け舟を出す。


「『守られる』だよ、鈴ちゃん」


「そっかー、『まもられる』か。ありがと、たっくん」


「いいえ、どういたしまして」


にこやかな二人のやり取りに一人顔を顰めているのは健一だった。


「でもよー、こんなんでわかるのかー?」


「大丈夫だよ、ね。鈴ちゃん」


健一と卓也の期待のこもった目に見つめられて鈴は小さな腕を組んでじっと考え込んでしまった。


しばしの黙考。


パッと鈴が顔を上げるとキラキラと輝く瞳でにっこりと笑った。


「わかったよ!」


子供たちの姿は校舎を飛び出して校庭を走っていた。


一番小さな背中を追いかけるように、二人の少年が少し速度を落としながらついていく。


「なー、おいリン!」


「もー、何度言えばわかるの!私は、す・ず!」


健一の言葉に、振り向くと頬を膨らませながら鈴が抗議する。


しかし、その足は止まらない。


健一は仕方ないなというように、軽く肩をすくめると、


「あー、はいはい。じゃあ、鈴。どこに向かってるんだ?」


先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。


「それはね・・・」


鈴が再び健一に振り向いて口を開きかけた瞬間――。


「あっ、危ない!」


バタン!!


言葉と同時に手を伸ばした卓也だったが、間に合わず、鈴が勢いよく転がった。


鈴は、一瞬何が起こったのかわからなかったが、すぐに膝や肘からじわじわと広がる痛みに自分の状態を理解した。


「大丈夫?」


「おい、平気か?」


卓也と健一が慌てて鈴に駆け寄ると、心配そうに覗き込む。


鈴は痛みに泣きそうになるのをぐっとこらえて、どうにか起き上がるとうっすらと涙を湛えた瞳を細めて笑った。


「えへへ、転んじゃった」


鈴の様子に、安堵の息を漏らしながら健一が照れ隠しに毒づく。


「ったく、お前どんくさいなー」


「もう、健ちゃん。そんな言い方ないだろ」


「だってよー」


「元はといえば、健ちゃんが走ってるときに話しかけるのがいけないんじゃないか!」


「なんだと!」


不穏な空気が流れ始めたのを察知した鈴が慌てて間に入る。


「私、大丈夫だよ。たっくん、心配してくれてありがとう。それから、健ちゃんも」


鈴が二人の顔を交互に見てにっこりと笑う。


にらみ合っていた健一と卓也は、鈴に視線を戻した。そして、その小さな膝と肘からは赤い色がにじんでいるを見た。


バツが悪そうに頭をかきながら、健一が立ち上がり、鈴に手を伸ばす。


そんな健一を見て卓也も立ち上がり同じようにする。


鈴は、少し驚いたように目を見開くが、左手を健一に、右手を卓也に差し出すと、少年二人は息を合わせて鈴を立ち上がらせた。


立ち上がった三人は、お互いに顔を見合わせて照れくさそうに笑う。


そのとき、春を告げる強烈な風が吹き荒ぶ。


「きゃあ!」


「うわ!」


「っく!」


息ができないほどの風をやり過ごし、うっすらと瞳をあける三人。


「あっ!」


小さく悲鳴を上げた鈴を二人が振り返る。


引っ込んでいた涙が再びたまりだし、ついには鈴の瞳からとめどなく流れ出した。


「うわーん!」


突然泣き出した鈴に、健一も卓也も何が起こったのか理解できずオロオロとするばかり。


「なんだ、どうしたんだ?」


「ねえ、鈴ちゃん。どうしたの?」


「あの、ね。・・・ヒック。ハン、カチが。・・・ック」


泣きじゃくる鈴の言葉に、少年二人はハッとなる。


先ほどまでしっかりと小さな手に握られていたはずの白い布が見当たらない。


「さっき、転んだときに落としちゃったんだ」


「で、さっきの風のせいでどっか飛ばされたんだな」


二人は途方にくれたように鈴を見ているが、鈴は一向に泣き止まない。


「なあ、鈴。そんなに泣くなよ。後で一緒に探してやるから、今は宝探し続けようぜ」


「健ちゃん、宝より先にハンカチだよ。あのハンカチは片山先生が、僕たち一人一人のために作ってくれたものなんだよ!だから、鈴ちゃんだってこんなに悲しんでるんじゃないか!」


「だけどよー」


頭をポリポリと掻きながら健一は鈴を見る。


泣き続ける鈴の側にしゃがみこみ、頭を撫でてやりながら精一杯の優しい声で囁く。


「確かに、あのハンカチは鈴にとって特別だよな。だけど、千絵ちゃんはハンカチなくしたことより、宝を探してくれない方が悲しむんじゃないのか?」


健一の言葉に、鈴が徐々にその泣き声を潜めていく。


しばらくすると、手で覆っていた顔をグイッと上げ健一をまっすぐに見つめた。


「健ちゃん・・・。そうだよね、先生、宝物見つけて欲しいよね」


顔を袖でゴシゴシ拭ってから再び健一に顔を向けると、鈴はにっこりと微笑んだ。


子供たちの姿が校庭端のウサギ小屋の前にあった。


小屋の中ではウサギが数匹固まって眠っている。


「鈴ちゃん、何でウサギ小屋なの?」


卓也の問いに鈴はウサギ小屋の中を愛おいそうに眺めながら答えた。


「先生がね、悩んだら私の好きなものを思い出してごらんって言ってくれたの」


「あぁ、なるほどな。鈴は動物好きだもんな。前も捨てられてた子猫拾って・・・」


「うん。このウサギさんたちも先生が連れてきてくれたんだよ。一緒にお世話しましょうって」


涙の筋がまだ残る顔を嬉しそうに綻ばせながら鈴は二人を見る。


「よし、じゃあ早速、中を探してみようか」


「うん」


「そうだな」


卓也が小屋の扉を開け、足を中に踏み入れると他の二人も後に続いた。


数分後、子供たちは満面の笑みを浮かべ何かが入れられた袋を手にして小屋から出てきた。


小屋の中で寝ていたウサギたちは目を覚まし、元気いっぱいに動き回っている。


そして、さっきまで白く小さきものたちが眠っていた場所は、掘り返され再び埋められた後が残っていた。


千絵は子供たちが戻ってくるのを、教室で静かに待っていた。


今頃どこにいるだろう?


ちゃんと伝わったかな?


大丈夫、あの子達ならきっと見つけてくれる。


子供たちのはしゃぐ顔が目に浮かぶようで、知らず知らずのうちに顔が綻んでいるのに気づいていない。


パタパタパタパタ。


廊下を元気よく走ってくる足音が聞こえた。


普段なら「廊下は走らない!」と一喝するところだが、今日は特別だ。


ガラガラガラ。


勢いよくドアが開かれ満面の笑みの子供たちが姿を現した。


「ただいまー」


最初に飛び込んできたのは、袋を抱えた健一だった。


健一は千絵の前に来ると、抱えていた袋を掲げた。


「へへん。どんなもんだい。ちゃんと見つけてきたぜ」


得意気にそういう健一を見て、千絵は嬉しそうに笑う。


「そうね、すごいわ。で、中は見た?」


それに答えたのは、健一の後から入ってきた卓也だった。


「ううん、まだだよ」


「そう」


千絵は卓也にも優しい笑顔を向ける。


そして最後に入ってきた鈴を見て、千絵は顔を顰めた。


「鈴ちゃん、どうしたの?」


「えっ?何が?」


千絵の問いかけに本気でわからないというように、鈴はほっそりとした首を傾げる。


千絵は鈴の前にしゃがみこむと足にそっと触れる。


流れた血は乾いていたが、そこには痛々しい傷跡が残っていた。


「これ!あぁそれに肘も!」


千絵はまるで自分が怪我してでもいるかのように顔をくしゃりと歪める。


「あっ。えっと・・・転んじゃった」


照れたように笑う鈴の顔を見て、千絵はその頭を優しく撫でてやる。


「そう。痛かったよね。でも、よく頑張ったね。じゃあ、宝物を見る前にまずは消毒しなくちゃね。三人ともちょっと待っててね。すぐに戻ってくるから」


それだけ言うと千絵は急いで教室を飛び出すと、言葉どおりにすぐに戻ってきた。


千絵は手馴れた様子で鈴の傷を消毒し、絆創膏を貼り付ける。


「これでよしっと」


「先生ありがとう」


鈴は自分に貼り付けられたキャラクターが描かれた絆創膏を見て嬉しそうに微笑む。


「いいえ、どういたしまして。――さてと、じゃあみんないったん自分の席に座って」


三人は大人しく千絵の言葉に従い、各々の席に静かに座った。


何かしら千絵の雰囲気に、あまりふざけることは好ましくないということを感じ取ったようだった。


教卓の前に立ち、千絵は子供たちの顔をゆっくりと見て廻る。


そして――。


「みんな、よく見つけてくれましたね」


にっこりと微笑み千絵は三人が持ってきた袋を手に取り、その口を開く。


中から、三本の黒い筒が出てきた。


「これは、松本先生にお願いして特別に作ってもらった、みんなの卒業証書です」


三人は口をポカンと開けて千絵の手元にじっと視線を注いでいる。


「それでは、これから三人の卒業式を始めます」


千絵の言葉に、三人は開けていた口をキュッと引き締め、背筋をまっすぐに伸ばした。


「山田健一君」


「はい」


健一は、しっかりとした声で返事をすると立ち上がり千絵の前へと進み出た。


「健一君は将来、バスケットボールの選手になるんだって言ってたよね。先生は応援していますよ。試合にも応援に行くから頑張ってね」


千絵はそういいながら手にしていた筒を健一に差し出す。


いつものおちゃらけた感じの健一だったが、このときばかりは普段見せたことがない真剣な顔でその筒を受け取り、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます」


健一は一言そういうと、しっかりと黒い筒を握り締めて自分の席へと戻った。


千絵はその健一の姿を目で追い、着席したことを確認すると、また別の筒を取り出した。


「森卓也君」


「はい」


卓也が緊張した面持ちで立ち上がり、ぎこちない動きで千絵の前まで来る。


「卓也君は絵を描くのがとても上手で、将来漫画家になりたいって言ってたよね。作品ができたら先生にも見せてね。楽しみに待ってるから」


千絵が卓也の前にも筒を差し出す。


千絵の言葉に、卓也は頬を上気させると嬉しそうににっこりと微笑んだ。


「先生覚えてくれてたんだ。絶対に持ってくるね」


先ほどまでの緊張は吹き飛んだかのように、深く一礼すると軽い足取りで自分の席へと戻った。


卓也が席に着くと、千絵は最後の筒を袋から取り出し、鈴に視線を向ける。


「吉川鈴さん」


「はい」


その名の通り、鈴がなるようなかわいらしい声で返事をすると、鈴は立ち上がり千絵の前へと進んだ。


「鈴ちゃんは、動物が大好きで、大きくなったら動物のお医者さんになりたいって言ってたよね。先生、鈴ちゃんならきっと素敵なお医者さんになってくれるって信じてますよ」


千絵が差し出した筒を鈴はその小さな手でしっかりと掴む。


「先生。私、先生大好き!」


鈴の思いがけない告白に、千絵は一瞬面食らった顔をしたが、すぐにその相好を崩す。


「あら、先生も鈴ちゃん大好きよ。ありがとう」


千絵の返事に満足気に大きく頷くと、鈴も元気よく礼をしてから自分の席へと戻っていった。


席に着いた三人を見回し千絵は静かに話し出す。


「みんなも知ってる通り、この学校は後もうちょっとでなくなってしまいます。本当は、先生みんなが卒業するまでずっと一緒にいたかった・・・」


そこで、千絵は言葉がつまり思わず俯く。


子供たちはじっと千絵が次の言葉を紡ぐのを待っていた。


しかし、その子供たちの顔はどれも泣きたいのをグッと堪えているような顔をしている。


「だけど、残念ながらその願いは叶いません」


そこで、千絵は顔を上げると笑顔を作る。


その無理に作ったような笑顔に、子供たちも同じような顔で応える。


「だから、今日の最後の授業がみんなの卒業式です」


「千絵ちゃん」

「先生」

「千絵せんせい・・・」


震えるような声で、子供たちはそれぞれ千絵を呼ぶ。


千絵は、教卓の前を離れ子供たちの机の前をゆっくりと歩き出した。


「先生、どうしてもみんなに何か心に残るものを残してあげたかったの」


「千絵ちゃん、オレ・・・」


健一はこぼれそうになる涙を唇を噛み締めて止めると、千絵の目をまっすぐに見た。


「俺、絶対に忘れない。この学校のこと、ここで学んだすべてのこと、先生のこと、みんなのこと」


「僕も!僕も絶対に忘れないよ。楽しかったことも、辛かったことも、嬉しかったことも、悔しかったことも、全部が僕の宝物だから」


「私だって!忘れないもん。みんなで行った遠足、みんなで一生懸命に作ったクリスマスツリー、みんなで・・・みんなで・・・」


鈴は誰も泣かないようにしているのがわかっていたので、思わず流れ落ちそうになる雫をスンと鼻を啜って飲み込む。


千絵は子供たちの言葉を聞きながら、もうすでに堪えきれないところまできていた。


しかし、この子達がこんなに耐えているのに自分が真っ先に負けてしまってはいけない。


その思いで、上を向いて涙が引くのを待ちながら、言葉を繋げた。


「そういえば、みんなあのハンカチを持ってる?」


ハッと息を呑む音が教室中に響き渡った。


そんな反応が返ってくるとは思っていなかった千絵は、上げていた顔を戻し子供たちの顔を見回した。


少年二人は一人の少女の顔をじっと見つめている。


首をかしげながら、二人が見つめる少女に目を移した千絵はそのわけがわかった。


小さな少女は、それまで堪えていたものを一気に吐き出すかのようにとめどない涙を声を殺して流している。


「ど、どうしたの!?鈴ちゃん」


千絵は慌てて千絵の前に来るとその小さな顔を両手でそっと包むと、流れ出る涙を受け止めた。


「せん、せい。ごめん、なさい」


「どうしたの?なんで謝るの?」


「先生がくれた、ハンカチ・・・なくしちゃったの」


鈴はそれだけ言うと、もう限界だとでも言うようにワッと大声を出して泣き出した。


いつの間にか、健一と卓也も側に来ていて気遣わしげに鈴の背中をポンポンと叩いている。


「鈴ちゃん、そうだったのね。そんなにあのハンカチのこと大事に思っていてくれたのね」


目じりに溜まった涙が耐えられずに一筋千絵の頬を流れ落ちる。


「ありがとう、鈴ちゃん。本当にありがとう」


鈴の泣き声が徐々に小さくなっていくと、それに重なるように何か別の鳴き声が混じっていることにそこにいる誰もが気がついた。


「何だろう?」


卓也がその鳴き声を辿るように教室の入り口付近まで近づくと、ドアにピッタリと耳をつけ、何かを確信したかのようにバッとドアを開いた。


「どうした?何だった?」


健一の言葉に卓也はしばらくキョロキョロしてから首をかしげて振り返る。


「それが、何も・・・」


そういいかけたところで、再びその鳴き声が耳に入った。


卓也が視線を下に向ける。


そこには一匹の子猫がちょこんと座っていた。


しかも、その足元には白いが少し汚れている大き目の布が落ちている。


ドアが開かれるのを待っていたかのように、その子猫は白い布地を銜えると、軽快な足取りで鈴の足元まで進んだ。


そのときまでにはすっかり泣き止んでいた鈴も、じっとその子猫に視線を注いでいた。


子猫は鈴の足元で止まると、まるで鈴に銜えている布を差し出すように顔をクイッと上げた。


鈴がその子猫の口から白い布を受け取ると広げて見せた。


「あっ、コレ」


「うわー、すごいや。この猫が見つけてくれたのかな?」


健一も卓也も目を見開いて驚いているが、もっと驚いていたのが千絵だった。


千絵はその子猫を抱き上げると、じっとその顔を覗きこむ。


「リン、お前なんでこんなところにいるの?」


話しかけられた子猫は、どこ吹く風で丁寧に手で顔を洗い始めた。


「リン?」


下方からその子猫の名を呼ぶ声が聞こえる。


「ねえ、先生。その子猫、あのリンなの?」


鈴の言葉に、健一と卓也は顔を見合わせて首をかしげているが、千絵はにっこりと微笑んで頷いた。


「えぇ、そうよ。鈴ちゃんが拾ってくれた子猫のリンよ。あぁ、そうか」


そこで千絵は破顔する。


キョトンと首を傾げる鈴の顔の前に、抱いていたリンの顔を近づける。


「きっと、リンは恩返しに来たのよ。鈴ちゃんが困っているのを知ってね」


ちょうどその時、その通りとでも言うようにリンが「ニャー」と鳴いた。


「ぷっ、あははははは」


あまりのタイミングの良さに、そこにいる誰もが笑顔になる。


さっきまで泣いていた鈴もリンから受け取った、あの朱色の刺繍が施されたハンカチをしっかりと握って・・・。


窓の外には、再び春を告げる風が吹き抜ける。


そして、もう一つの春の到来。


学校を囲むように植えられている、たくさんの桜の木の一本。


その木に、子供たちの未来を祝うように小さなつぼみが三つ。


綺麗な花を咲かそうとしている。


~fin~

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