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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ラナンキュラスの郷愁~ネクロマンサーじじいの愛の思い出~

作者: 水果スイカ
掲載日:2026/04/13

 ほう、棚の上の肖像画が気になるか? この肖像画とその周りだけ綺麗にしてあるって? そりゃー妻はワシと違っておなごじゃからな。いつも花のように美しくいてもらわねばならん……なんじゃその顔は。ネクロマンサーに嫁なんぞいるのがおかしいとでも? ワシだってな、インクのような黒髪が真っ白になるこの歳まで生きてりゃあ、貴婦人と少女の喜びそうなロマンスくらいあるわい、このたわけ。お前こそ死体ばっかりで陰気臭いわい! 筆おろしの暇もなく、ジメジメきのこが生える地下に引きこもりおって。人のこと言えるかって?ワハハ、しかしいい女もいないのは事実みたいじゃなあ。紹介してやろうか?ただしちいとばかり皮膚が爛れ、肉が腐ってるかもしれんがのう。


 怒るな怒るな、続きを話してやるから。しらばっくれても興味しんしんという顔をしとるぞ。そう、アレはな。木枯らしが葉っぱで遊ぶも飽きて、粉雪を舞わせて遊び始めた冬の日の事じゃった。痩せっぽちの、まだ女とも呼べないような子どもがワシのところにやって来た。


 なんでもあやつはワシの遠い遠い親戚だと言う事だ。こんな商売しとるとの、親兄弟とも絶縁状態じゃから、ワシは親戚を騙った詐欺だと思った。詐欺師でも人選は考えろと思うが、なりふり構っていられん状況なんじゃろうとな。結論を言えば、詐欺師という想像は外れておった。憎きクソ兄貴の紹介状の、署名の癖字は間違いようもないからの。


 そやつ、ラナンキュラス──長ったらしいから専らラナと呼んでおったが──は真っ赤な髪に真っ赤な目をしとってな。名の由来の通り、美しい血のような色をしとった……ラナンキュラスは花の名前じゃ、赤以外の種類もあるがな。少しはゾンビ以外の事も勉強せんかっ。そんなんじゃから未だに接吻の経験もないんじゃろうがこのたわけもんがっ。いいか、死と生は密接に関わっておる。ネクロマンサーならば、例え花の一本でもたかが花と侮ってはいかん。死体の上に咲く花もあるでな。


 ラナも腐敗した肉の上に開花する花のようじゃった。ラナは自分を娶ってくれた恩に報いるように、ワシの研究によく付き合ってくれた。肉屋の九人兄妹の末娘での、肉の解体はワシより上手いくらいじゃったなあ。兄妹の多い家から粉雪の舞う日にワシのところに来たのを思うと、なりふり構っていられない状況という推測だけは当たっておったのかもしれん。死体を見てほとんど物おじしないのは流石のワシも驚いたし少しはガッカリしたがの。婦女の悲鳴は死体の次にネクロマンサーが好むもんじゃからのう、イヒヒヒヒヒッ。


 料理も上手くての、ワシが黒魔術で息の根を止めた鳥や魔物を解体して作ったポワレは絶品じゃったな。この前お前に振る舞ってやったポワレも嫁秘伝のレシピじゃぞ。戦争兵器用に王の軍隊に売るゾンビが珠玉の出来だった時、祝いに獲物を狩って来ては作って貰っていたのじゃが、上出来仕事をした後の、血のしたたる妻の肉料理は馳走に最適じゃったよ。ヒヒヒッ。


 ラナを人からの逸脱行為に染めるだけではなく、ワシの方もラナに影響された部分はあっての。旅行が好きになったのはラナの趣味と名前からの影響じゃのう。


 遠路はるばる、妻の名前と色を持った花の庭園へ共に旅行に行ったのは、ちぃと気障だったかの。ほっほ、ワシもあんときゃあ若かった。


 ラナとの日々は楽しかったよ。あやつも赤毛に白髪が混じるまで生きた。肖像画くらいの年齢で夭逝したんじゃないのかって? そんなわきゃなかろう。最後は病気だったがな、ばあさん手前くらいまでは共にあったとも。女と肉は新鮮で若い方が美味いからな、敢えて若い頃に描いてもらったのを飾ってあるんじゃよ。イヒヒッ。


 ほんでの、病床のラナがワシを枕元に呼び出して神妙に言ったのさ。「私がいなくなった後の事でお願いがあります」ってな。ピンピン偉そうにしてるくせになあ、研究で忙しいワシをな、呼ぶのよ。

しょうがないから行ってやったらな、「私がいなくなってもその辛気臭くて格好の悪い、死体弄り魔術師の格好でいる気ですか」って言うんじゃよ。


 「そんなの嫌です、私でもなんでも使って着飾って、ずっとカッコイイあなたでいてくださいな」とな。


 じゃからな、ラナが逝った後ワシはな、肉は食ってやって、骨はダイヤモンドに変えて、肌身離さず身に着ける事にした。今お前の目に移ってる、豪快にダイヤを使った派手な首飾りがそうじゃよ。


 どう見てもルビーにしか見えないって? そうじゃな、人の骨からダイヤを作ったところで量などたかが知れておるし、もっと黄色がかった色になるわな。イヒヒヒヒッ、ところがなあ、ラナの遺骨で作ったダイヤモンドはのう、色はあやつの目と髪を反映したように真っ赤に、量はおよそ人から生成出来る数ではないほどになったんじゃ。恐ろしいもんじゃのう。


 え? 死霊として生き返らせなかったのかって? バカもん、生きとし生けるものはいつか死ぬ。わらべうたで遊ぶ稚児とて知っとることじゃぞ。なんじゃその信じられんもんを見る目は。ほら、いつまでも休んでいるんじゃない、実験に使うマンドラゴラ五十本、さっさと向こうの畑から抜いてこんかい。耳栓を忘れるでないぞ。死なんでも泡噴いて気絶くらいは平気でするでな。


 〇


 弟子を追い立て、師匠の老人は椅子に腰掛けなおし、机に頬杖をついた。肘をついた机は乱雑に本が置かれ、一冊は読みかけの開きっぱなしになっている。続きを読もうと本の縁に手を乗せたところで、老人は椅子から立ち、しっかりした足取りで外に出た。馬鹿弟子にだけ任せていたら日が暮れてしまう。他にもやってもらう事はいっぱいあるのだ。掃除洗濯、料理に死霊術の資料百冊読破、実践……。


 ドアを開けると、春の温かい日差しが老人を抱きしめた。家の中に籠もっているうちに季節が変わっている。妻と出会った冬の日から長い年月が経ち、今年もラナンキュラスの花の季節になったのだ。


 ──妻との新婚旅行も、この時期だった。


 ○


 庭園を運営する金持ちは言った。


 ──複雑な花弁は薔薇に似て、しかし人の手を傷つけないのがいい。


 広い土地を持った道楽家の、手間暇かかった芸術。老人の妻も、人畜無害の穏やかさだった。夫の仕事を手伝うのに、人の死体を弄っているなどとは、彼女の纏う草花のような雰囲気から想像出来まい。血を連想させる髪と瞳の印象的は、せいぜい赤クローバーほどに薄まってしまうだろう。当然腹の内までわかるまいが。


「ちょうど見頃の時期に来れて良かったです」


 ラナンキュラスの花は、蕾でも枯れかけでもない一番の美しい時間を、人に成り代わった仲間の女に見せびらかした。ラナもまた、花の美しい盛りであった。出会った時より肉感がよくなり、肌の色も髪や瞳に負けぬ薔薇色帯びて。


「私は……ロレンスにとって、美しいですか?」


 心を読むように、ラナは問いかける。吹きすさぶ風がラナの赤髪をもて遊ぶ。彼女は黙って風に身を任せていた。足元に広がる同じ名前の花達が、妻をラナンキュラスの女王にしていた。


 対するロレンスは、真っ赤な血の色の花達が死霊術師へ仕立てていた。まだ黒かった髪を上げ、人に紛れるよう仕立てのいいスーツを着たって、お前の生業は誤魔化せないと。


 ラナは、夫の仕事を手伝っていても、どこも綻びず、どこにも乱れなく、どこにも非の打ち所がない。少なくともロレンスにはそう見えた。人の死体を持て遊ぶ死霊術師も、妻の前ではただの男だった。


「美しい……美しいよ、ラナンキュラス。足元の花を従える女王のようだ」


 花ではなく君が愛しいのだと伝えたくて、ロレンスは妻の瞳を見て語った。そうして瞬きも見逃さぬよう観察しているうちに、ふとその瞳の色がキラキラと、希少なレッドダイヤのように輝く。目じりに浮いた涙に、瞳がお色直しをしたのだとロレンスは思う。


「私を……私を美しいというの、ロレンス。肉屋の血の色から産まれたのだと囃されていた、私を?」

「ああ。僕の仕事は知っているだろう? 肉の糧から咲いた真っ赤な花嫁、僕のラナンキュラス。君は、僕に出会う為にやって来たんだ」


 庭園には謀ったように、夫婦の一組以外誰もいなかった。ラナと同じ一面の赤い花達だけが、雲ひとつない青空から陽射しを受け取って、二人の愛と風に揺れている。


「だったら……私を永遠に焼けつけて。いつか私がいなくなったとしても。貴方の巧みでな鮮やかな術で、醜い私を掘り起こさないで。一番の美しい盛りだけを覚えていて」

 

 彼女はいつでも愛おしく、老いたくらいで興味は尽きないように思った。けれどもきっと、自分の術でも。彼女の内面で風花のように舞い上がり散る、燃え盛る魂の花びらまでは再現出来まい。だから懐かしい光景の再現の中にいても、ロレンスは思い出の中の自分と一字一句変わらない言葉だけを口にした。


「約束するよ。君がいなくなっても、ラナンキュラスの一番美しい盛りを胸に生き続けると」


 ただ。願わくば、ラナンキュラスの赤髪が、雪割草の白にすべて変わる興味深い現象を見届けられるまでの時間、共に有りたかったと。叶わぬ想いを、秘めながら──。


 ○


「……匠! お師匠! 」


 肩を揺らされ、老人は目を覚ました。目の前には落ち窪んだ目の、陰気臭い男の顔がある。


「立ったまま寝るのはやめてくださいよ! 器用に死んでんのかと思いましたよ! ほら、ちゃんと注文通りにマンドラゴラ五十本抜いて来ましたから!」


 言って不肖の弟子は背後の猫車を指差す。マンドラゴラの手足が、死にかけの虫のようにうねうねしている。


「シャキッとしてくださいよ、まだまだ教わりたい事いっぱいあるんですから」


 ウネウネ野菜モドキを袋に移し替え、弟子は一足先に家に入って行った。老人はあくびを一つ。眠っていたのか。ぶかぶかローブの上にかかった首飾りがしゃらりと鳴る。ラナが見せてくれたのかもしれんな。納得したように、老人は恋人の頬や髪に触れる手つきで、宝石を撫でる。


 皺の増えた手の中の抱擁を受け、レッドダイヤは微笑むように煌めく。若かりし妻の真っ赤な美しさを、永遠に閉じ込めて。ラナンキュラスの花の女は、美しい姿のまま、死後も夫の傍に在りたかったのだろう。全く最初からそう言えばいいものを。旅行の時以外服装に頓着しないのを、死ぬ間際まで根に持たれていたようだ。


「──ラナ。またワシに、永久に輝く思い出を見せておくれ。ただし今度は、馬鹿弟子の心配しない場所でな」


 宝石が強く輝いたのは、春の日差しの加減か。さあ、どうしようかしらと笑ったのか。


 どちらにしろ、老人はまた思い出の夢を見る。


 ラナンキュラスは多年草。


 瑞々しく紅く愛しい記憶を、夫の心を土壌に咲かせ続ける。


 四季を問わず、歳月を知らず、土さえ眠りにつくその日まで。

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