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十秒の圧

短い休憩が終わり、次の授業「グローバル・テック倫理」が始まる前の、ほんの数分。

同専攻の学生が多いけれど、別分野からの履修者も混ざっている。

この科目は、全学必修だ。


ざわざわとした話し声が教室に漂う中、ミラは席に座り、

サーモスの蓋を閉め、ノートをめくりながら静かに時間を待っていた。


その静けさは、長く続かなかった。


「まだ“か弱いお花ちゃん”の演技、続けてるわけ?」

レイモンドが茶化す。

細身で、いつも少し乱れた黒い巻き毛。

目の奥に悪戯の光があるタイプだ。


彼はミラの机の脇をすっとすり抜け、

ノートをひったくると、ひょいっと指で回し、にやりと笑う。


「ほら、取りに来てみ?」


彼は後方へ駆けていく。

椅子の間を、ゲームみたいな身のこなしで滑り抜けながら。


教室の視線が一斉に向く。

半分は面白がって、半分は期待して。


だがミラは動かない。


サーモスの蓋を静かに閉じ、机に置き、

——言葉ひとつなく、ゆっくりと立ち上がった。


レイモンドの笑顔が、そこで僅かに歪む。


ミラは追いかけない。

走らない。

むしろ、ゆっくりと彼の机へ向かう。


教室中の視線が、すっと彼女に吸い寄せられる。


ミラは無言のまま、

彼のタブレット、くしゃっと潰れた海苔スナックの袋、

そしていつも自慢していた限定モデルのペンを拾い上げた。

それらを丁寧に積み重ね、背中を向けたまま整える。


そして振り返った。


「一から十まで数える。

 その間に私のノートが手元に戻らなかったら——あなたのそのスタイラス、飛ばしてみる。」


レイモンドが瞬きをする。


「ちょ、待って、それは——」


「一。」


教室からくすくす笑いが漏れる。


「二。」


「誰か録画して」


「三。」


レイモンドは窓のほうを見る。

「やめて、マジで、あのペンだけは——」


「四。」


「やれやれ!」 誰かが歓声を上げる。


その瞬間、ドアが開いた。


アドリアンが入ってくる。

教室を一瞥する——

レイモンドが若干青ざめ、

ミラが静かに彼の持ち物を抱えている。

教室中が、まるで生放送の観客みたいにざわついている。


「五。」

ミラは視線すら向けずに続けた。


アドリアンは片眉を上げ、席に向かう。


「わかった!わかった!降参!返す!返すから!

 だからそれだけは勘弁して!」


レイモンドは息を切らしながらノートを差し出す。


ミラは満足そうにノートを受け取ると、

レイモンドの持ち物を——一つずつ——丁寧に机へ戻す。


教室は拍手喝采。

まるでゲームショーの勝者みたいに盛り上がる。


席へ戻るミラに、誰かが小さく呟く。


「二度と彼女に喧嘩売らないでおこう……」


ミラはただ薄く笑い、

何事もなかったかのようにノートを開いた。


その横の席から、アドリアンはちらと視線を寄せる。

唇の端が、ほんのわずかに上がっていた。

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