ルナモス — 月明かりの蛾
真昼の光が温室いっぱいに満ちていた。
希少種のために最適化されたハイテクガラスを通り抜けた黄金色の光が、葉の上に柔らかく降りそそぐ。
自動灌水システムが静かに稼働し、種ごとに量を調整した細かなミストを放つ。
湿った土と緑の匂いが、空気の中にふんわりと漂っていた。
ミラはそこにいた。
繊細なランのコレクションの前で膝をつき、カメラを構えている。
写真を撮るのは単なる趣味ではない。
彼女は“それ”が大好きだ。
そして今、クラブの広報とカタログ担当を任されたことで、胸の奥は前より少し高ぶっている。
丈夫な三脚を立て、レンズの角度を微調整し、
——すでに完全に集中の中にいた。
マクロ撮影には静止と、精度と、時間が必要だ。
わずかに前へ寄り、指先に力を入れ、息を整える。
ほんの小さなブレでさえ、画が台無しになる。
だから彼女は——像のように——止まる。
完璧な一瞬を待つために。
アドリアンが温室に入ってきた。
タイルの上の足音は、ほとんど無音だった。
彼は、敏感な種の栄養バランスを確認しに来たのだ。
——が、足を踏み入れた瞬間、彼女を見つける。
ミラは気づいていない。
彼女の世界は、ファインダーの中の小さな花びらだけに狭まっていた。
表情は静かで、集中は揺るがない。
指がほんのわずか動き、レンズを微調整する。
深度と解像を、わずかに、わずかに——追い込むために。
そのとき、ひらり、と何かが舞い込んだ。
淡い翡翠色の翅が光を散らし、小さな妖精の粉のようにきらめく。
ルナ・モス——薄緑の蛾が、ミラの髪の一房にそっととまる。
アドリアンは思わず視線を止めた。
——アクティアス・ルナ?
この季節に?
アドリアンはしばらく立ち止まり、ただ見ていた。
換気システムの低い音と、自動灌水のリズムだけが空間を支配する。
ミラとアドリアンは、それぞれ別の作業をしているのに、奇妙なほど呼吸が合っているように感じられた。
ミラは撮影計画を細かく立てていた。
どの区画をどの順番で撮るか——灌水のタイミングと照らし合わせ、
水滴が画に干渉しない瞬間を選ぶ。
彼女は三脚を調整し、角度を変え、屈みこみ、
時には息を止めてカメラを安定させる。
撮った画面をときどきチェックして、
葉脈の細部、芽の柔らかな産毛、花弁の質感——
その“細さ”がきちんと写っているか、丁寧に確認する。
やがて、ルナ・モスはふわりと離れていった。
そのタイミングで、ミラは顔を上げる。
そして、ようやく彼に気づいた。
「あっ、こんにちは」
軽く微笑みながら声をかける。
アドリアンは、ほんのわずかに頷き、作業に戻った。
希少株の栄養レベルを確認し、タブレットに数値を記録する。
——一時間ほどが過ぎた。
そして突如、静寂が破られる。
「授業、五分後に始まる。行かないのか」
ミラの意識が一瞬停止する。
その声。
思わず振り返ると、アドリアンが出口近くに立っていた。
まっすぐこちらを見て。
え?
——まさか彼に時間を指摘されるなんて。
「えっ、授業! あっ、教えてくれてありがとう!」
ミラは慌ててカメラと三脚をまとめ、
急いでバックパックに詰め込む。
「急がないと間に合わないよね!」
そう言いながら風のように駆け抜ける。
アドリアンはすぐには動かなかった。
ただ、彼女の背中を目で追っていた。
そして一拍遅れて——気づく。
唇の端が、ほんの少しだけ上がっていたことに。




