研究室へ――たぶん罠じゃない
「どこに行くの?」
ミラは問いかけながら、彼のマフラーの折り目から顔を出した。今やそこは彼女の“助手席”だ。和紙テープでダッシュボードに丁寧に固定され、アドリアンの過剰なまでに何気ない所作のおかげで、妙に洗練されている。
「授業は終わった」
彼は前を見たまま言う。
「次は、君に何が起きているのかを確認する」
ミラは眉をひそめた。
「じゃあ、どうしてあなたの車なの?」
「研究室へ行く」
アドリアンの答えは簡潔で、揺るぎがない。
その瞬間、ミラの胃がきゅっと沈んだ。
路面の揺れのせいじゃない。
彼が選んだ言葉――研究室。その一語のせいだ。
「……キャンパスに、個人ラボがあるんじゃなかった?」
「安全じゃない」
車のサスペンションみたいに滑らかな声で、彼は言う。
「それに、高度な検査をするには遅すぎる」
心臓が、ひとつ跳ねた。
肋骨の奥で、小さな警鐘が鳴る。
「ま、待って……それって、私にテストするつもり?」
「他に方法があるか?」
ミラは言葉を失い、ホラー映画の主人公みたいに彼を見つめた。
次の瞬間、立ち上がろうとして――ちょうど車が緩やかなカーブに差しかかる。
バランスを失い、彼女はマフラーの折り目にころんと転がり落ちた。
仰向けのまま、びっくりしたパンくずみたいに。
喉が締めつけられる。ミラはごくりと唾を飲み込んだ。
「……まさか」
震える声で、ようやく言う。
「怪しいラボで、私に手術とかしないよね?」
アドリアンは、ゆっくりと息を吐いた。鋭く。
顎がわずかに強張り、抑制の痕が見える。
「ミラ」
彼は言う。
「俺の研究室は怪しくない。正式に登録されている。事業ライセンス、監査委員会の認証、デジタル管理もすべて適合している」
「話せないことはある」
淡々と続ける。
「だが、違法研究はしない」
――それ、まさに怪しい研究をしている人の台詞じゃない?
彼女は口には出さなかった。
代わりに、マフラーをきゅっと引き寄せ、フロントガラスを見つめる。
車はどこへ向かうのかも分からないまま速度を上げ、
どんな機械が待っているのかも分からない場所へと進んでいく。
どうか――
そこにメスだけはありませんように、と




