天上花
アドリアンは森の奥へと歩を進めた。
さっきまで見えていた人影は、木々の隙間へとさらに退き、闇に溶けるように姿を消していく。
頭上の月光は枝葉に遮られ、銀色の刃みたいな光はどんどん薄れていった。
空気もひやりと冷えた。
アドリアンはそこで足を止める。
前方に、かすかな青い光が瞬いた。
消えては、またふっと灯る。
目の錯覚ではない——心臓が一拍打つ間だけ、確かにそこにあった。
彼はわずかに首を傾けた。
その光は空からではない。
地面からだ。
屈み込み、落ち葉をそっとかき分ける。
——小さな青い光の菌糸。
森の闇の中で、それはまるで落ちてきた星の欠片みたいに青く光っていた。
アドリアンは、まるで何度もやってきた手順をなぞるように、腰のポーチに指を伸ばす。
小さなガラス瓶を取り出し、ごくわずかに保存用の薬液を垂らす。
手袋越しの指先で光る菌糸をそっとすくい上げ、瓶の中へ――カチリ、とやわらかな音。
──これだ。
天上花。
伝説でも、論文の片隅に落とされた未確定の噂でもない。
今ここで呼吸して、規則をもって芽吹いて、
彼の前に現れている “現実”。
誰にも開示しなかった法則を、
ようやく彼だけに見せている
アドリアンは静かに息を吐いた。
何年も動かなかった心の奥で、微かな震えが走る。
貴重な何かが目を覚ましたような、電流にも似た感覚だった。
ずっと追い続けてきた“謎”は、もう闇の向こうにはいない。
思いがけず開花し、まるで手のひらに落ちてきた花弁のように、彼の元へ現れたのだ。




