翡翠色の蛾が道を示した夜
エイドリアンは研究室の扉を押し開け、外へと足を踏み出した。
すでに深夜を過ぎている。ヴァーミリオンの裏庭は、この時間になるとまるで別の世界のようだった。
満月の下に石畳が続き、その両側で高い木々が見張りのように立ち並んでいる。数日前より気温は急に下がり、十度もの差があった。まだ十月の半ば――この冷え込みには早すぎる。初雪の予報は出ていたが、今夜訪れるとは思っていなかった。
白い小さな粒が庭に舞い始めた。息のように軽く、月光を受けて緩やかな輪を描く。季節が歩調を整える前に落ちてきた、今年最初の雪だ。
エイドリアンはポケットに手を入れたまま立ち止まり、そっと空を仰いだ。
月光が天から流れ落ちてくる。
その細い光は彼の眼鏡をかすめ、瞳に触れ、思いがけない静けさをもたらした。
そのとき――ひらり、と影が揺れた。
ルナモスが視界を横切っていく。翅が月光を受けて淡い緑の線を描き、柔らかな雪の下を抜けるように飛んでいく。薄い雪片のあいだを縫うその軌跡は、まるで夜そのものが道を示しているかのようだった。
エイドリアンはその飛行を追い――そして、気づく。
森の入口に近い木立のあたり。遠く、影に半ば溶け込むように、ひとつの人影が立っていた。小柄で、動かない。誰なのか判別できない。
エイドリアンの視線が鋭くなる。
彼は重心を移し、自然とそちらへ歩き出した。落ち葉が足の下でかすかな音を立てる。ひとつ、またひとつ。
――こんな時間に、誰だ?
モスの軌跡を辿り、月を追い、開いていく影の道へと、彼は森へ歩みを進めた。




