“普通のジョギング”なんて無かった
ミラは軽く足を引きずりながら教室に入った。
足首には応急処置の包帯。
それでも姿勢だけは真っすぐ──痛みのちくりを無視するように、堂々と歩いた。
できれば誰にも気づかれず席に滑り込みたかった。
……けれど休み時間になると、案の定、仲間たちが机の周りへ集まってきた。
最初に気づいたのは、観察力の鋭いエララだった。
視線がすっとミラの足首へ落ちる。
「ミラ、その足……どうしたの?」
声には素直な心配と興味が混ざっている。
ミラは気まずそうに笑い、椅子に腰を下ろす。
「大したことじゃないよ。朝のジョギングで、ちょっとひねっただけ」
ルカがにやりと口角を上げる。
「ジョギングね? ……それ、本当にジョギング? また木に登ったとか、変なものに突っ込んだとかじゃなくて?」
眉をひょいと上げるその顔は、完全に “ミラはまた妙なことをした” を前提にしていた。
ミラは一秒だけ見つめ返したが──ため息。
彼は……まあ、正しい。
「うん……妙なものに突っ込んだ、って言えばそうなんだけど」
その場が一瞬、静まる。
全員、続きを待っている。
ミラは観念したように肩を落とす。
「……蜂の巣に、突っ込んだ」
教室に一拍の沈黙。
次の瞬間、机ごと笑いが弾けた。
ルカは爆笑しすぎて息が詰まる。
「ほら言った! ミラの“普通のジョグ”なんてあるわけないんだって! 蜂の巣!? 嘘だろ!?」
ミラも恥ずかしいけど、笑ってしまう。
「うん……朝の運動、ああいう方向は想定してなかった……」
一番落ち着いているエリアスまで、少しだけ口元を緩ませた。
「本当に気をつけろよ、ミラ。次はカフェじゃなくて病院で発見、ってことになってもおかしくない」
「はいはい……野生の冒険、控えめにするよう努力します」
ナオミは小さく鼻で笑い、肩をすくめた。
「せめて、もっと安全な趣味にしたら? 鳥の観察とか。編み物とか」
ミラはまだ頬を赤くしながら笑う。
恥ずかしいはずなのに──この空気に救われていた。
「……まあ、いい運動にはなったよね」
その言葉で再び、笑いが弾けた。




