女魔王、裸にマントで村を徘徊する
隠蔽マントで村へ初潜入
味噌汁の味にむせび泣く女魔王
森の暮らしにも慣れ始めたある日、
野島は決意した。
「……やっぱり自分の足で手に入れなあかん。
盗み苗じゃなく、ちゃんとした種や道具を」
勇者に追われる身だ。
村に姿を晒すのは危険極まりない。
だが、魔王のマントには一つの秘められた力があった。
【隠蔽】
――着用者の存在感を薄れさせ、気配を散らす。
「これで……人混みに紛れたら、なんとかなるやろ」
野島は恐る恐るマントを羽織った。
鏡代わりの水面を覗くと、
装備品だけ妙に浮き上がって見える。
魔王の装備は魔法防御が高すぎーってことか
仕方なく、装備品を外してマントだけを装着する。
今度は良かった。
完全に消えるわけではないが、
注意を引かない程度には隠せるらしい。
森の端に待たせたゴチに釘を刺す。
「お前らは絶対に村に近づくなよ?
畑を見ると、すぐ襲う癖あるからな」
「……マスター、気ヲツケテ」
ゴチの真剣な眼差しを受け、
野島は村への道を歩き出した。
やがて林を抜けると、
石垣に囲まれた小さな人間の集落が見えた。
煙突から白い煙が立ち昇り、
畑には村人たちが働いている。
「うわぁ……めっちゃ普通の田舎やな。
こういう景色、日本の田舎と変わらへんわ」
胸が締め付けられる。
懐かしさと恐怖が入り混じる感覚。
門番に見咎められることもなく、野島は村へ入った。
マントの効果で視線が素通りしていく。
誰も怪しむ様子はない。
――だが、心臓はバクバクだった。
「アカン……ちょっとしたスパイ映画みたいやん」
裸にマントって…一歩間違えれば公開処刑や
風がマントめくり、慌てて裾を抑える。
「ひゃっ、露出注意!
このボディ、守備範囲広すぎやろ…」
パンの香ばしい熱気が頰を撫で、
果実の甘酸っぱい汁が滴るのを横目に、燻製肉の煙が鼻をくすぐる。
野島の腹がぐぅと鳴った。
コンビニ弁当と味噌汁で満足やったのに、
今じゃそれすら贅沢か…オヤジの末路やな。
「やば……めっちゃ腹減ってきた」
けれど、ここで問題に直面する。金がないのだ。
魔王城から逃げ出すとき、
財布どころか荷物ひとつ持ってこなかった。
「……さて、どうするかな。物々交換しかあらへんよな」
腰に提げていた小袋を開くと、
黒い宝石のような魔王の魔石が数個入っていた。
戦闘の際に生じた副産物らしい。
「これ……売れるんやろか?」
野島はマントから顔だけだすという
何とも怪しい恰好で屋台の一つに近づいた。
そこには壮年の商人が、道具や種子を並べている。
「すんまへん、この石……買い取ってもらえますか?」
思わず素の関西弁が出てしまった。
商人は怪訝そうに目を細めた。
「なんだ、その石……」
商人は手に取ると目を丸くした。
「これは魔核だな
魔物の心臓部に宿る結晶だ ただ、こんな純度は珍しい。
……どこで拾ったんだ?
それとも、その可愛いお顔で稼いだんか?」
生まれて初めて可愛いと言われ、顔が紅潮してくるが、
周りのささやきが耳に入ってくる。
「魔核はまずいぞ。近くに大型の魔物がいるのかも知れない。
冒険者ギルドに報告すべきだ」
冒険者らしき男が近づき、野島のマント裾を掴みかける。
(アカン、捕まる!)
野島は冷や汗をかいた。
(や、やばい……目立ちすぎた!)
心臓の動機がとまらぬ中、慌てて笑顔を作る。
「ええと、そう、拾いもんですわ。
たまたま森で見つけただけで」
商人は怪しみつつも、懐から銀貨を取り出した。
「本物だったら宝石と変わらないが、
……村の財布じゃこれが限界だ。銀貨十枚ほどだが?」
野島は即座に頷いた。
「十分ですわ! ありがとうございます!」
何とか誤魔化し、銀貨受け取りダッシュで立ち去る。
こうして手に入れた銀貨を握りしめ、野島は市場を巡った。
種子の袋、小麦粉、塩、干し肉、そして
――ひときわ目を引いたのが味噌の樽だった。
「おお……味噌や! 味噌汁作れるんちゃうか!」
心が跳ねた。日本人として、
いやおじさんとして、これ以上の贅沢はない。
味噌と乾燥海藻を手に入れ、
野島はほくほく顔で村を後にした。
森へ戻る道すがら、
マントの力が少しずつ薄れていくのを感じた。
「危な……長時間は無理なんやな。使いすぎ注意や」
拠点に着くと、ゴチとゴブリンたちが心配そうに待っていた。
「マスター、無事カ?」
「おう! 見ろやこれ!」
野島は味噌の樽を掲げた。
ゴブリンたちはきょとんとしたが、
野島にとっては涙が出るほど嬉しい戦利品だった。
「今日は味噌汁や! 畑も家も村づくりも大事やけど
……飯がうまなきゃ人生やない!」
その夜、森の小屋には香ばしい味噌の匂いが漂った。
ゴブリンたちは不思議そうに啜り、
野島は湯気の向こうでむせ返る泣き笑い。
「……はぁ……やっぱり日本の味は最高やな」




