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追われる女魔王は39歳おっさん! 関西弁で村と共存すんねん   作者: ふりっぷ
第三章 魔王城編

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外伝:ルルカが見届けた、その後の百年

百年という時間は、人にとっては歴史だが、

 魔王にとっては――季節の延長にすぎない。


 ルルカは丘の上に立っていた。

 かつて三人で並んだ場所。

 今は、一本の古木と、小さな墓標が並んでいる。


 名前は刻まれていない。

 必要がなかったからだ。


 春。

 野島は腰を押さえながら畑に立ち、

 夏。

 皆で泥に塗れて雑草を抜き、

 秋。

 リディアは白髪を結い、子供たちに文字を教えていた。

 冬。

 二人は、同じ火を見て、同じ時間に眠るようになった。


 それだけのことだ。

 新たな戦記も、冒険譚も語る必要がない。


 村は増えた。

 畑は広がり、盗賊団だった者たちは、

 いつの間にか「顔役」と呼ばれる老人になった。


 チャックは最後まで口が悪かった。


「おい、

 俺が死んでも、ちゃんと畑守れよ」


「……立場が逆だと思うがな」


「ふんっ。あの時の貸しを返して貰うだけさ」


 そう言って、笑って死んだ。


 野島は、死ねなかった。


 だが、老いた。

 それは奇妙な光景だった。


 力は衰えない。

 だが、心だけが、ちゃんと人間の速度で摩耗していく。


 夜、火のそばで、彼はよく言った。


「なぁルルカ。

 俺、ちゃんと生きれとるかな」


ルルカはこの100年で美しく成長した。

老いた野島の背を追い越し、


身体を溢れんばかりの若さと瘴気が包み、

全盛期の威厳を完全に取り戻してる。


このナイフで野島を刺してしまえば、

因果の力が働いて

再び私は野島の中で生きることが出来る。


「どうした?」

奥から野島の声が聞こえる。


「ううん、瘴気でリンゴを腐らせちゃった」


「相変わらず、瘴気の扱いが下手やなぁ」

野島の笑い声が聞こえると、呼吸が苦しくなる。




 リディアは、静かに先にいった。

 

 「あなたを楽にしてあげる」


 聖女は野島の手を握り、青の宝玉を使った。

 野島の体から瘴気が吸い取られる。


 その日、村は泣いた。

 世界が終わる時よりも、ずっと静かに。


 野島は泣かなかった。

 泣いたら、何かが壊れる気がした。


 ただ、彼女の手を握り続けた。


「……先にいくなや」


 それが、最後のわがままだった。



  瘴気が無くなった野島は急速に年老いた。


 まるで、肉体が精神に追いつこうとするように。


 野島が動けなくなったのは、それから七年後。



ルルカは動けない野島と一緒にいることが増えた。


「のぅ、野島、そろそろ……せんのか?」


 転生の言葉が宙に浮く。


眠る時間が増えた野島は、ルルカが来た時にしか話さない。

「墓参りか、もう体もよう動かん、明日でええやろ」


「…そうだな、もう彼女は逃げはしない」


縁側に、午後の光が差していた。


木の床は少し冷たく、

庭では風に揺れた草が、かすかな音を立てている。


ルルカは黙って、リンゴを剝いていた。


包丁が皮を裂く音だけが、

時間を刻むように続いている。


目も見えなくなった野島は、その音を聞きながら、

何も言わずに座っていた。


呼吸は浅く、

それでもまだ、ここにいる。


(私が好きだったあなたは、

今も一緒なのかな)


リンゴの皮が、長く、途切れずに垂れていく。


(少し違う気もするし、

昔の思い出をなぞっているだけかも)


風が庭を抜け、

稲穂の影が縁側を横切った。


(でも、きっとあなたに想いは伝わっている。


ーー伝わっているのに、

 一緒にはいけんのか)


刃先が、ほんのわずか震える。


「音を立ててリンゴを剝いているのは、

輪生(としお)に最後の想いを伝えるため。」


皮が、床に落ちる。


ルルカは、顔を上げない。


「もう一度、生き直せる。

 体も、時間も、全部――」


 言葉が、崩れた。


「……私と同じ側に来なくていい。

 でも、今のまま終わらせなくても……」


一拍。

風が止む。


野島は、しばらく空を見ていた。


それから、

とても小さく、

それでも確かに彼女に向けて、声を出した。


「今が一番ええんや」


――その言葉は、

誰にも伝わらなくていい。


この世界に、

もう残らなくていい。


「馬鹿もの…」


泣かなかった。

約束だから。


 野島は、ようやく振り返る。


「最後に、俺も忘れてた名を呼んでくれたな」


 皺だらけの顔。

 それでも、目だけは昔のままだ。


「おおきに…」


 眠るように、畑の土の上で。

 最後まで、守る場所を離れなかった。


 村は彼を葬った。

 英雄としてではない。

 「一緒に生きた人」として。


 それからも、世界は続いた。


 魔王と勇者がいなくなっても戦争は起き、

 勇者という言葉は、物語の中に戻った。


 丘の上で、ルルカはそれを全部見ていた。


 魔王である彼女は、

 忘れられた存在として

 ただ、記憶を抱えて生きる。


 ――それが罰だと、ずっと思っていた。


 だが、百年経って、分かった。


 これは罰ではない。


 選んだのだ。

 三人で生きた時間を、

 世界が忘れても、

 自分だけは忘れないと。


 風が吹く。

 稲穂が揺れる。


 あの日と同じ風だ。


「……今年も、稲穂が実った」


 誰に向けた言葉でもない。


 黄金色に広がった大地が、

 まだ、ここにあるから。


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