おっさん魔王、家が欲しい!
雨風をしのげる「家」が欲しい――。
そう呟いたおじさん魔王・野島は、
ゴブリンたちとともに小屋づくりを始める。
焚き火の明かりの中で、野島はぼそりと呟いた。
「……やっぱり、家が欲しいわ」
勇者に追われ、森をさまよい、洞穴や木陰で眠る日々。
魔王の身体は頑丈でも、心はサラリーマンのままだ。
「屋根があって布団敷けるだけで、もう天国やん」
その独り言に、ゴチが首をかしげた。
「マスター、イエ? 住処ノコトカ?」
「せや。雨風しのげる住むとこや。
お前らも洞穴じゃ窮屈やろ?」
ゴブリンたちは互いに顔を見合わせ、やがて頷いた。
「四角に木組んで、屋根に葉っぱ重ねて
……まぁバラックやな」
ゴブリンたちはざわざわと話し合い、やがて頷いた。
野島は木の枝を拾い、
地面に簡単な設計図を描き始めた。
「俺大工ちゃうのになんでこんなこと……」
だが不思議と、サラリーマン時代の記憶が役立った。
プレゼン用の図面、会議で作った資料、
現場監督のように進行を管理するスキル。
「ほら、ここ運んで! そこ押さえといて!」
気づけば背中の翼をバサリと広げ、
ゴブリンたちを仕切り、
親方のように指示を飛ばしていた。
家づくりに夢中になる赤毛の女魔王。
ゴブリンたちは尊いものを見るように慕い始めた。
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考えなしに材木に触れると、瘴気がじわりとにじむ。
だが、一旦深呼吸し、意識を集中させた。
「……抑えろ、抑えろ……」
感情を整えれば、漏れ出す瘴気をある程度制御できる。
「なんや、できるやん俺!」
調子に乗った瞬間、木材が少し黒ずみ、
慌てて手を引っ込める。
「……やっぱりあかん、細かい作業は任せた!」
結局、大工仕事の大半はゴブリン任せになった。
やるせなさに項垂れる野島だったが、
ゴブリンたちは予想以上に働き者だった。
木を切り倒し、縄で縛り、泥をこねて壁に塗る。
彼らの巣穴生活で培った技術が、
見事に役立っていたのだ。
数日後、森の一角に粗末ながらも小屋が建った。
壁は歪み、屋根はところどころ穴が空いている。
だが雨風を凌げ、横になれる空間がある。
それは、野島にとってかけがえのない「家」だった。
夜、小屋の中で布団代わりの藁に横たわりながら、
野島は目頭を熱くした。
「……屋根の下で寝られるって、
こんな幸せなことやったんか」
女魔王の姿で涙を流すその光景は、
ゴブリン達から見ても、人間臭かった。
サラリーマン時代、
徹夜で机に突っ伏して寝た夜を思い出し、
鼻をすする。思いの外、大きな音が出た。
だが、焚き火を囲むゴブリンたちは、
その様子に満足げに頷き合う。
野島は小屋の梁を見上げ、決意を新たにする。
「ここからや。
やっとスタートラインに立った気分やで」
おじさん魔王とゴブリンたちの奇妙な共同生活
が軌道に乗り始めた。
完成した小屋に腰を下ろし、野島は深く息をついた。
「……人間らしい寝床できた」
しかし、腹が鳴る。
森の根菜や干し肉をつまんではきたが、
この世界に来てから、まともな食事をした覚えがない。
「何か……俺の好きなもん、食べたいなぁ……」
ふと脳裏に浮かんだのは、実家の味だった。
帰省したとき、母がよく作ってくれた――肉じゃが。
甘辛い醤油の香り、ほろほろのじゃがいも。
「やばっ、肉じゃが食いたい……」
つぶやいたところで材料がない。
ため息をついたとき、ゴチが首をかしげて聞いた。
「マスター、肉……ホシイカ?」
「え、わかるんか! そうや、肉や!」
ゴチは仲間に指示を飛ばす。
数匹のゴブリンが粗末な槍を手に森へ散っていった。
「おお、狩りか! 頼もしいなぁ……」
野島も不安ながら同行する。
木々の間を進むと、
草むらから猪のような魔獣が飛び出した。
ゴブリンたちは悲鳴を上げながらも
果敢に飛びかかり、槍を突き立てる。
野島はとっさに両手を突き出した。
「や、やめんかコラァ!」
瘴気が黒炎となり、魔獣を威嚇する。
驚いた獣は後退し、
ゴブリンたちの一撃で仕留められた。
「……やった、肉ゲットや!」
野島は涙ぐみながら笑った。
今回で「家」という拠点ができ、
野島たちの生活が大きく前進しました。
次回10/12更新ぜひお楽しみに!