世界を押し流した勇者と、崩れ落ちた幼女魔王
ついに王都軍と魔王軍の全面衝突が避けられなくなります。
野島の中に眠っていた力。
それが、悲しみによってどう動くか。
森に潜んでいた魔王軍の陣から、
エギーユの絶叫が響き渡った。
「全軍、出撃!!
敵は弓兵が多い! 歩兵は少ない!
隊列を作るな、散開して戦場を駆け抜けろ!」
高く掲げられた稲穂の旗が、風に震えた。
「国王の首を討ち取った者には親衛隊への昇格、
魔王城での居住を約束する!!」
「おおおおおおっ!!」
獣の咆哮とともに魔物が解き放たれ、瘴気を震わせる。
エギーユは腹心ケリィに声をかけた。
「我らは魔王様を救出するぞ!」
その頃、王都軍は丘一帯に広く展開していた。
兵数は二千五百。
対して魔王軍は八百弱。
ほぼ賢者の読みどおりの兵力差だ。
ただし王都軍の布陣は奇妙だった。
弓兵二千を丘の左右に。
近衛三百が王を囲み、歩兵は左右に百ずつ。
綺麗すぎる、偏りすぎた陣形。
王はつまらなそうに戦場を眺めた。
「兵の損失は最小にせよ。魔王軍は殲滅しろ。
……勇者については、保険のため生かしておけ」
賢者クライは微笑を浮かべる。
「では計算どおりに。弓兵偏重で民衆への“体裁”も保てます。
最小の血で最大の成果を」
そして――
丘の上から戦の声が空を裂いた。
一斉射。
黒い影の雨が魔王軍に降り注ぐ。
バシュッ、バシュッ。
まだ距離はあったが、不意を突かれた魔獣が倒れ、
瘴気を撒き散らす。
「人間共め、汚い真似を!!
魔王様を守れぇーー!!」
森からエギーユが軍勢を率いて飛び出した。
「上手くおびき出せましたな」
賢者が満足げに呟き、王は目を細める。
「あれでも聖女だ。娘には当てるなよ」
王軍と魔王軍の先鋒がぶつかる。
鉄と瘴気が混じり、大地ごと震えた。
悲鳴。
割れる盾。
誰かの息が潰れる音。
「魔王軍、左右に分散!」
斥候の声に、クライは冷たく返す。
「こちらも六百と千八百に再編。
常に三倍の優勢を崩すな。
敵が迫ったら左右から挟撃する」
王の“清い戦”は、無慈悲な虐殺でしかなかった。
戦場は赤と黒が混ざる泥色へ変わる。
その中心で――
野島とルルカは立ち尽くしていた。
「……皆が死んでいく」
震える声でルルカが呟いた。
野島は答えず、目の前で崩れていく命をただ見ていた。
「右に二百を特攻だ!
本命の六百で左を突く!」
エギーユが声を枯らしながらルルカの元へと向かう。
ひとつ、またひとつ。
形あるものが土へ沈み、形のないものが空へ昇っていく。
その瞬間――
野島の胸に、焼けつくような痛みが走った。
(……また、失うんか)
喉の奥から、悲鳴に似た衝動がせり上がる。
近くの若い兵が斜めに倒れた。
胸を貫かれた矢。
土の色になる顔。
血が一滴、地面に落ちる。
野島は無意識に、ほんの一歩だけ前に出た。
――たった、それだけ。
世界が止まった。
風が途切れ、音が消える。
草葉のざわめきさえ静まった。
落ちた血だけが、やけに大きく“ぽたり”と響く。
倒れた兵の周囲の土がひび割れ、小さな黒い輪が広がる。
触れた草が枯れ、革紐が千切れると、水筒が転がった。
野島の足元から、黒と白の光が噴き上がる。
魔王の瘴気。
勇者の祝福。
本来相容れぬ二つが、野島という器の中で悲鳴のように暴れた。
(なんや……これ……)
戦場の空気が固まる。
誰も息を飲むことすら忘れた。
次の瞬間――
轟音とともに、大地そのものが
“押し流された”。
王軍も魔王軍も。
盾も刃も叫びも。
すべてが野島を中心に、一定の距離で吹き飛ぶ。
ゴリゴリゴリゴリッ!!
円形に、きれいに。
まるで大地ごと削り取るように。
兵士たちは理解する猶予さえなかった。
ただ、抗えず、舞い上がり、転がり、倒れた。
「……の、じま……?」
ルルカの声が震える。
野島は見ていなかった。
敵も味方も。
戦いも理由も。
ただ――
失われていく命だけを、見ていた。
その瞳は、もう誰の視線も映してはいなかった。
今回はずっと伏線だった
「勇者と魔王、両方の力が同時に宿った存在」
としての野島がついに表に出ました。




