魔王城からの出陣
野島たちが「戦わずに生きたい」と願う一方、
王都側の思惑が暴走し、悲劇が始まります。
夜明け前の冷気が、魔王城の再建地を包んでいた。
稲穂の旗がかすかに揺れ、
まだ温かさの残る囲炉裏の灰が薄く光を帯びている。
野島——勇者レイジは、
腰の袋に干し野菜を詰め、鍋の残りを布で包んだ。
「戦場へ行くわけやない。
話し合いしに行くだけや。食いもんは大事やからな」
そう言うと、ルルカは不安げに眉を寄せた。
「のじま……ほんに行くのか。
王都は、魔族を滅ぼそうとしておるのじゃぞ」
「せやけど、このままやと、誰も得せん。
リディアは突っ走るところはあるが、真面目な子や。
向こうにも話が分かるやつはおる」
ルルカは小さな拳を胸の前でぎゅっと握りしめた。
「……わらわ、みんなで育てた畑を守りたいのじゃ。
お主も……守りたい」
野島はそっと彼女の頭に手を置く。
エギーユが眉をひそめるが、今日は何も言わなかった。
「大丈夫や。無抵抗の人間を殺すわけない。
…一応勇者やし」
親衛隊の数名とゴチ、チャック、コウが護衛としてつく。
王都との中立地帯へ向かう一行は、瘴気の森を越えていった。
◇ ◇ ◇
中立地帯の草原は、まだ静かだった。
遠くの丘には王都軍の旗が揺れ、
白銀の甲冑が朝陽を反射していた。
その中央に立つのは、聖女リディア。
透き通る金髪が風に踊っている。
聖女の後ろで弓兵が陣形を変え、慌ただしく動き回っている。
――これは、アカンか。
採用する気もない商品のプレゼンさせられた時と同じ空気や。
役員の時計を見る冷めた瞳。露骨な貧乏ゆすり。
野島は唇を噛んだ。
「レイジ様……!」
リディアの声ではっと我に戻る。
野島の姿を見ると、聖女は祈るように手を胸に当てていた。
「魔王に囚われていると……そう聞いて……わたくしは……」
「囚われてへん。好きでおるんや。
そっちは落ち着いて聞いてほしい」
リディアの表情が凍りつく。
だが野島は、一歩前へ踏み出した。
背は高くないが、足取りは迷いがない。
「リディア。俺らは戦う気なんてない。
畑耕して、なんとか生きとるだけや。
…せやから、話し合おう」
彼は包んできた布を開き、湯気の少し残る鍋の蓋を持ち上げた。
野菜と瘴気草の混じった、魔王城の日常の香りだ。
「これ、持ってきた。食えば話のひとつも柔うなる」
リディアは困惑しつつも手を伸ばしかけた
——その時。
「下がれ、聖女殿!」
王都軍の後列で怒号が上がった。
野島の気配を探り続けていた弓兵が、
緊張に耐えきれず弦を引き絞っていた。
指揮官が叫ぶ。
「勇者殿が操られている! 魔王軍の罠だ、撃てッ!!」
「待て! 撃つな!!」
リディアの悲鳴が重なる。
だが——
ビュッ。
最初の矢が空を裂き、野島の足元へ突き刺さった。
つづいて二の矢、三の矢。
怒涛の矢雨が、一行へ向かって解き放たれた。
「おいおいおい、話し合いちゃうんかい!!」
野島は盾のない身で駆け出し、
後ろの仲間たちをかばうように両腕を広げた。
ゴチが鍬で弾き、コウが鎌で払い、
チャックはナイフで矢をそらす。
エギーユの怒鳴り声が戦場に響いた。
「守れ! 魔王様を絶対に下げろ!!」
ルルカは瘴気をまとわせ、咄嗟に防壁を張る。
薄紫の霧が彼女の周囲に広がり、矢のいくつかが弾かれた。
「なぜ……! レイジ様は敵ではない!!」
リディアの叫びは、
兵の緊迫した戦意に飲まれ、虚しく掻き消える。
野島は歯を食いしばり、
前に倒れそうになる身体を支えながら叫んだ。
「やめろぉぉぉッ! 誰も戦いたないんや!!」
だが、矢は止まらなかった。
そして草原の向こうで、
王都軍の槍部隊が槍先を揃え、一斉に前へ踏み出した。
……対話は、完全に崩れ去った。
ルルカが悲鳴に近い声で叫ぶ。
「話し合いは無理じゃ!! 身を隠さねば!」
だが野島は振り返らず、リディアを真っ直ぐに見据えた。
「リディア……頼む。これ以上、誰も死なんように——」
彼の言葉は、再び降る矢に遮られた。
草原に、新たな戦の幕が切って落とされた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
今回の章では、勇者レイジと聖女リディアのすれ違い、
そして「戦う理由なんて本当はどこにもないのに」という
切なさを描きました。




