魔王城再建 稲穂の旗と帰る場所の温度
かつて滅びたはずの魔王城が、静かに再建を始めていた。
幼い姿で復活した魔王ルルカは軍勢をまとめ直し、新たな旗を掲げる。
かつて廃墟と化していた魔王城は、
幹部と兵どもの手により再建の兆しを見せていた。
崩れ落ちた石壁は積み直され、
瘴気を帯びた黒石の塔が再び空へと伸びる。
その中央広場で、再建を祝う儀式が始まった。
幼女の姿のままのルルカは、
古びた王座に腰を下ろし、背筋を伸ばして兵の前に立つ。
「――今日、この日をもって、魔王軍は再び旗を掲げる。
わたしは幼き身となれど、魔王ルルカである!」
広場を埋める魔族たちが、轟く歓声を上げた。
黒布に新しい紋章が描かれている。
従来の魔王軍の血染めの紋章に、
ルルカが描き足した一本の稲穂
――旗が風に翻り、瘴気を払うように揺れる。
「――魔王軍の旗に、稲穂が描かれたんか?」
野島は吹き出しそうになった。
すぐに周囲の幹部の視線に刺される。
「貴様、勇者が! 何をほざく」
幹部のレズナーが槍を突き付け、野島の喉元に刃を寄せる。
「ここに居座れるだけでも奇跡と思え!」
他の幹部が続き、広場に殺気が渦巻く。
野島は肩をすくめて笑った。
味覚が無くなってから、どこか投げやりになっている。
「ええってええって。どないされても、
死んだらまた転生するだけやからな。
好きにしたらええんちゃう?」
――幹部たちの目が憤怒に燃える。
だが殺しても戻ってくるとなれば、逆に手出しができない。
野島の開き直りは、皮肉にも一種の盾になっていた。
ルルカは王座から立ち上がり、
野島の隣へ歩み寄る。涙の残る瞳で旗を掲げた。
「やめなさい。彼は……わたしの仲間」
「仲間、だと……?」幹部たちがざわめく。
ルルカは振り返り、黒布の旗を高く掲げる。
稲穂の紋章が風に翻る。
「この旗は、破壊のためでなく生きるために掲げる。
畑も村も、この世界も……守るために!」
その言葉に兵たちは息を呑み、
やがて大地を揺らすような鬨の声をあげた。
旗が空に舞い、瘴気を払う光のように輝く。
野島は針の筵の真ん中で、苦笑交じりに呟いた。
ほんま、どこ行っても居心地悪いのう。
「……せやけど、まあ。ルルカが本気やったら、しゃあないか」
――胸の奥で、畑の土の匂いが甦る。
◇ ◇
その頃、リディアは王都に戻り、父である国王に報告をしていた。
「魔王の魔核は村にあり、すでに新しい肉体を得ていました。
魔王軍の襲撃に合い、私は逃げ出せましたが、
その為に勇者レイジが囚われ、
魔王城に連れていかれてしまいました。申し訳ございません」
王はリディアを労った。
「聖女であるお前が無事でよかった」
――だが、その瞳には、娘の言葉に隠れた影を読み取る鋭さがあった。
そう、事実だけを見ればリディアの報告は間違っていない。
ただ、彼女の主観に塗り潰されているだけだ。
野島は自分で魔王に付いて行ったし、
魔王軍も村を襲ったりはしていない。
「レイジ様は必ず、このリディアが救い出して見せます!」
聖女は闘志を漲らせていた。
――胸の奥で、シシリスープの温かさが疼く。
政のためか、本気か……いずれにせよ、
王都の風は変わり始めていた。
焚き火の煙が、夜の風に静かに揺れていた。
再建途中の魔王城は、まだところどころ瓦礫に覆われている。
だがその中央に、小さな囲炉裏のような料理場ができていた。
ルルカが火加減を調整し、
よいしょと背伸びして鍋を覗いている。
「隔離してすまなかったの。
おぬしに本場のシシリスープを作ってやるぞ」
「……なあ、それ焦げとらん?」
野島が声をかけると、ルルカがびくっと肩を揺らす。
「こ、こげてない……はず。たぶん……」
「たぶん、の時はだいたい焦げとるんや」
そう言いながら、野島は隣にしゃがみこんだ。
手をそっと鍋に添え、火を少し弱める。
村で毎日やっていた動作だった。
ルルカは、じっとその横顔を見つめていた。
「……のじまは、また、どこか行ったりしないか」
その声は、泣き出しそうなくらい小さかった。
野島は返事をせず、木べらを動かす。
焦げの手前。
旨味が立ち上がり始める、あの一瞬の温度。
ふわりと、湯気が鼻をくすぐった。
――香りが、戻ってきた。
野島はゆっくりと息を吸い込む。
「ああ……これや」
王都では消えていた。
どれだけ良い素材でも、どれだけ上手く作られていても、
そこにはなかったもの。
野島が探していたのは、この温度だった。
ルルカが、おそるおそる聞いた。
「……おいしいか?」
野島は笑った。
今度は、ちゃんと胸の奥から。
「ルルカが作ったんなら、そらうまいに決まっとるやろ」
涙が、ルルカの目からつ、と零れた。
それは悲しみではなかった。
赦しに似た温度だった。
野島も涙を流した。
飯がうまい。味覚が戻ったんや。
夢中で口の中に流し込む。
野菜の半分こげたスープがバカ美味い。
――俺は、間違っていなかった。
胸の奥で再び瘴気が渦巻き始めた。
依然と違い、勇者の肉体に馴染んでいく不思議な感覚がした。
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