農業も勇者討伐も無理ですけど、ゴブリンがいます
勇者に敗れ逃亡したおじさん魔王。
新天地で再起なるか。
野島は絶句した。
「な、なんでや!? ちゃんと水もやったのに!」
そして、手に残る泥を見たとき、気づいた。
そこから淡い紫色の瘴気が滲み出している。
「……これ、俺の体から出とるんか」
魔王の肉体に宿る瘴気が、
触れた植物を腐らせていたのだ。
「くそっ、俺がやることなすこと裏目に出るやんけ……」
膝をつき、頭を抱える。
サラリーマン時代もそうだった。努力はした。
だが評価は得られず、最後は過労で倒れ、
気づけば異世界。
今もまた、望んだものが手に入らない。
畑作りは無惨に失敗し、途方に暮れる。
空腹と絶望に沈んでいたある日、
森の影から粗末な槍を持つ小鬼
――ゴブリンが姿を現した。
獰猛な目つきで野島を狙い、
数匹が一斉に飛びかかる。
「ちょ、ま、待て! 俺ほんま戦う気あらへん!」
思わず逃げようとしたが、身体が勝手に反応する。
魔王の力が暴走し、瘴気が黒炎となって弾け、
ゴブリンたちを薙ぎ倒した。
焦げた臭いと悲鳴。
残った数匹は恐怖に震え、
やがて武器を投げ捨てて跪いた。
「……あれ? 降参か?」
ゴブリンたちは怯えながらも、
野島の前に武器を差し出し、頭を下げた。
どうやら魔王の威圧を本能で感じ取り、
服従を選んだらしい。
こうして野島は、奇妙な配下を得た。
農業もできない魔王が、
なぜかゴブリンを率いることになったのである。
「畑は枯れるし、勇者には追われるし
……けど、お前らなら俺を助けてくれるんか?」
問いかけにゴブリンは「ギギ……」と頷いた。
言葉は通じぬが意思は伝わる。
頼りない小鬼たちだが、
野島にとっては心細さを埋める大きな存在だった。
「よっしゃ、こいつらに畑仕事を教えれば
何とか食っていけるかもしれん。
おじさん魔王とゴブリン農場――始めるしかないな」
瘴気で枯れた畑を前に、
新たな挑戦を決意する魔王野島だった。
ゴブリンたちは森の巣穴から根菜を持ち寄り、
狩りを手伝い、少しずつ野島の生活を助け始めた。
言葉は通じないが、
ジェスチャーでどうにか意思疎通ができた。
「ほう、お前ら芋みたいなん掘ってきたんか!
やるやん!」
最初はおっかなびっくりだった野島だが、
少しずつ彼らに頼るようになっていった。
だが、ある夜。焚き火の明かりに照らされながら、
ひとりのゴブリンが野島をじっと見つめていた。
他の連中より背が高く、槍を器用に扱う個体だ。
彼は粗末な言葉で問いかけた。
「……マオウ……ナゼ、ツチ、ホル?」
その問いに、野島は笑ってしまった。
「そら食うためやろ。俺は勇者に勝てへん。
せやからせめて自分で飯作って
生き延びようとしとるだけや」
だが、ゴブリンにとって魔王は恐怖と破壊の象徴だ。
なぜそんな存在が畑を耕すのか、
本能的に理解できなかったのだろう。
野島は焚き火を見つめ、ぼそりと呟いた。
「幻滅するかもしれんけど、
俺は……ただの人間やったんや。
今も中身は変わってへん。
せやけど、もう引き返せんのやろな」
その夜、野島は考えた。
「名前を付けてみたらどうやろ。
昔ゲームでそんなのあったやん」
翌朝、例のゴブリンを呼び寄せ、野島は宣言した。
「お前、今日から“ゴチ”や。
ゴブリンに食わせてもろうとるし、
強そうな響きやろ?」
名を与えられた瞬間、ゴブリンの体が淡く光を帯びた。
骨格が伸び、筋肉が盛り上がり、
瞳に知性の輝きが宿る。
「……マスター……」
まだ、ぎこちなさは残っているが、
佇まいも変わり、彼の前で膝を折った。
野島は目を剥いた。
「マジか!? 名前つけたら進化すんの!?
ポケ◯ンかい!」
こうして“ゴチ”はゴブリンリーダーから
“ホブゴブリン”へと進化した。
彼は仲間をまとめ、
野島に代わって指示を伝える役割を担う。
「マスター、畑……瘴気ナクス、工夫シッテル。
ゴブリン、手伝ウ」
「おお、頼もしいやんけ!」
野島は少しずつ希望を見出した。
瘴気に枯れる畑も、
ゴブリンの知恵を借りて何とかできるかもしれない。
逃亡魔王と、ゴブリンたちの共同生活が
始まる。
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次回10/10更新です。
おじさん魔王の成長をお楽しみに!