幼女魔王と畑の瘴気 ― それでも守りたい、土のぬくもり
幼女魔王ルルカが、野島のいない村で“選んだもの”は何だったのか。
畑を守るための決断と、その代償。
その朝、空は鉛のように曇っていた。
土を耕す手の先、黒い影が動く――魔獣の群れだ。
ルルカは野島が姿を見せなくなってからも、
ゴブリン達に混じって畑を耕し続けていた。
「おいおい、よりによって俺達の畑狙いかい!
こら勘弁してくれ!」
元盗賊団のチャックが渋面を作る。
幼女魔王は、目を細めて低く唸った。
「……人間の畑……わらわが育てた芽……守る」
魔獣が畑に踏み込もうとした瞬間、
彼女の小さな体からぱちぱちと空気が焦げる音がした。
ルルカの足元から黒い根のような瘴気が伸び、
草木が瞬く間に灰色へと変わっていく。
空気が一変する。
木々は枯れ、地面がひび割れ、
空気が焦げ臭く淀み、土のひびから黒い霧が立ち上る。
獣たちは狂ったように悲鳴を上げて倒れていった。
「う、うわぁぁぁっ! 俺達の畑が! 魔王の瘴気で!」
盗賊たちが恐怖に叫び声を上げて後ずさる。
「ニンゲン落ち着ケ!」
ゴチが必死にルルカの前に立ち、瘴気を抑えようと腕を広げる。
しかし瘴気は止まらない。小さな体が震え、
ルルカの目には涙がにじんでいた。
「童のせい……でも、まもらなきゃ……」
魔獣はことごとく倒れ、畑は守られた。
だが代償は大きい。作物は一部が黒ずみ、
盗賊たちは震えながら距離を取っていた。
「勇者様に知らせに行け!」
夕暮れの陽が畑を赤く染め、
瘴気の余韻が土に染みつく中、チャックが叫ぶ。
「俺達はここで殺されるんだ!」
「俺達を守った? いや違う! 瘴気で全部壊される!」
元々が粗野で盗賊団に身を落とす男達だ。
恐怖と混乱の声が飛び交い、チャックですら疑いの目を向けていた。
ゴチは幼女魔王を守ろうと前面に立った。
「俺の畑、マダ無事。お前達にヤル」
――だがその声は届かない。
幼女魔王は涙を流し、俯き、小さな声で囁いた。
「……魔王は、やっぱり、きらわれる……」
「ルルカ様、マスターの元へイク…」
ゴチは盗賊団を睨みながら、必死に笑みを作った。
「ええか。お前は畑の魔王様や。
俺と一緒に、ここ守るんや。それで十分やろ」野島の言葉が甦る。
だが、野島はいない。盗賊の信頼も崩れかけ、
夕暮れの畑に吹く風は瘴気にまみれていた。
そこに、魔王軍幹部たちの殺気が、畑を覆った。
「魔王が軍隊を呼び寄せたぞ! 殺される前ににげろっ」
盗賊たちは塵尻になって逃げていく。
親衛隊筆頭のエギーユが良く通る声で叫ぶ。
「魔王様が我々を置いて逃げたと申す者がいます!」
ルルカが魔王軍に躍り出て両手を広げた。
「わらわは勇者にこのような姿にされたのじゃ」
(……この姿、みんなを守るためには
……そう、言わねばならぬ)
「この畑はお前たちにも踏み入ることは許さんぞ」
「おお、やはり、逃げたという噂はでまかせか!」
幹部たちは歓喜の声を上げる。
「魔王城を再び築きましょう!」
しかし、その宣言にゴチは渋い顔をした。
助けを求めるように周囲を見回す。
風が止み、焦げた土が沈黙した。
次の瞬間、遠くから土煙――野島だった。
畑の煙を見て、血相を変えた野島が駆け込んでくる。
ようやく村に戻り、畑に大事なものを探しに行くと
決意を固めたその日だった。
逃げ出してきたチャックに胸倉を掴まれる。
「よくも嵌めやがって! 畑は魔王軍と瘴気でぐちゃぐちゃだ!!」
頭を乱暴に揺さぶられ、はっとルルカの顔を思い出す。
「なんやて!」
新レシピに喜び、リディアの告白で心が浮き立ち、
ルルカはゴブリン達と上手くやっていると都合よく考えていた。
――リディア。すまん、俺はここで皆を見捨てることは出来ん。
ーー野島は勇者であることを忘れ、考えなしに飛び出していた。
「貴様っ、単独で出て来るとは舐められたものだな!」
野島はあっという間に魔王軍に囲まれてしまったが、
視線はルルカに釘付けだ。
「大事な時に留守にしてすまん……畑を守ったんやな」
「うん。まもりたかった」
その一言で、焦げた畑の匂いがやさしく変わった。
「なぁ、ルルカ……ほんまに戻るんか? 畑はどうすんねん」
ルルカも真っ直ぐに彼を見上げる。
「畑も村も、わたしにとって宝物。
だから、ゴブリンたちに任せる。
彼らは……村人に受け入れられるはず」
その言葉にゴブリンたちは顔を見合わせた。
「俺たちが……畑を守ル?」
「村人ニ……認められる?」
一緒に走って来て木陰に隠れていたコウがおずおずと前に出た。
「……あんたら、もう森に隠れる必要はない。
みんなとっくに許している」
その一言に、ゴブリンたちの目が潤んだ。
「お、おう! なら俺たち、畑の番すっぞ!」
コウとゴブリンがぎこちなくも握手を交わす。
その光景に、野島は場違いな笑みを浮かべた。
「なんや、ほんまに馴染んどるやないか」
しかし現実は甘くない。幹部のエギーユが
野島を槍で牽制しながら魔王を促す。
「主よ、ここは危険です。魔王城へ!」
野島は大きく息を吐いた。
「しゃあないな……俺も一緒に行くわ。
お前をまた冷酷な魔王にするわけにいかんからな」
――険悪な空気の中にも、どこか照れ隠しの響きがあった。
ルルカの「居場所」と野島の「責任」。
二人は村を守る為、村を離れる決断をします。
応援よろしくお願いします。




