おじさん、勇者としての初任務へ
魔王を討ったはずの勇者は、実は中身がおじさん。
肩車する幼女魔王と畑を耕しながら、
村での“第三の人生”を歩み始める。
翌日。
「勇者さまが魔王討ったのに畑仕事?」
村の青年コウは複雑な表情を見せた。
「せや、何もせず村に居候するつもりなない。手伝わせてくれ」
畑を耕していると、女魔王ルルカはさっそく畑に遊びにきた。
コウが追い払おうとするのを静止して、
野島は魔王を両手で抱え上げる。
「こらっ、さっそく約束を破りおってからに」
「だって…」
野島はそのままルルカを肩車する。
「ほら、畑や。見てみぃ?」
「……ばか、ばか者……」
幼女の頬が、ほんのり赤く染まった。
秋の陽射しが畑を照らしていた。
野島は肩の上の幼女魔王──ルルカを見上げ、
柔らかく笑った。
「ここは人と魔が一緒に耕した土や。
ゴブリンも村の若い衆も、みんなで作った畑やで」
ルルカはそっぽを向いたまま、
かすかに指先を震わせていた。
「くだらぬ……魔王たる我が耕すなど……」
「せやけど、うまいもん食えるで?」
その言葉に、幼女の腹が鳴る。
「……ゴブリンの飯は酸っぱかった」
二人のやり取りを見ていたコウが、鍬を担いで声をかけた。
「勇者さま、その子は?」
「えーっと、まあ……親戚の娘や」
「へえ、赤毛にマントの可愛い子だ。
何故だか、この娘には愛着が湧きます」
コウは笑って畑に戻る。
その日からルルカは、時に畝に座り込み、
時に苗を抜いて怒られながらも、畑に通うようになった。
村人たちは奇妙に思いつつも、
勇者の連れた子供として受け入れた。
夕暮れ、赤く染まる畑。
野島は鍬を置き、空を見上げた。
あの魔王も最初から冷酷非道だったわけでもない。
――最初は誰でも幼子や。
今のルルカを見ていればわかるわ。
……でも、村で暮らす以上“勇者”の顔を被らなあかん。
ただの農夫では許されん。
ルルカの小さな足が、野島の胸に軽く当たる。
土埃と汗の匂いが混じり、草の匂いが二人を包む。
「なぁ、ルルカ。やり直せるなら最初から農夫がよかったわ」
「ルルカ様と呼べ。それに、余は……農民にはなれん」
幼女は年齢に相応しくない皮肉な微笑を浮かべ
細い腕が野島の首にそっと絡まる。
風が吹き、遠くで鐘の音が響く。
***
次の日、野島は聖女リディアに腕を引かれ、
冒険者ギルドまで来ていた。
「レイジ様、この村に逗留するのであればギルドに登録せねばなりません。
そうでないと、せっかくレイジ様が退治した魔物が
他の冒険者から《横取り》と見られてしまいます」
「いや、この村の見回りだけで、ええーーいや、いいんじゃないか」
冒険者ギルドには村長が訪れていた。
今朝、ギルドに王国から討伐依頼が届いたのだ。
「勇者殿、北の街道沿いに盗賊団が出たようです。
人数も多く、お力をお借り出来ませんか?」
村長は断られるとは夢にも思っていない。
だが野島の顔は引きつる。
(盗賊討伐?
いやいや、いきなり人斬りミッションとか勘弁してぇな……)
かつての会社員魂がうずく。
相手の話も聞かずに殴り込むなど、営業的にあり得ない。
「とりあえず、話し合いの席は持てるんやろか」
「……は?」
村長が固まる。
「勇者様はお受けになると仰っています。
いらぬ心配は冒涜にあたりますよ」
リディアが後ろから割り込んでくる。
その視線は村長を射抜き、
俺には柔らかく――
聖女の仮面の下、貴族の棘がチラリと覗く。
「はっ、それはもちろん」
村長は平伏しかねない勢いでかしこまった。
***
「ふぅ」
村長と別れた後、尚も後ろを付いて来ようとする聖女を振り切って畑へ向かう。
野島は誰かに視られていないかきょろきょろした後、
そっと聖剣を握ってみた。
――手がピリピリした。
まるで静電気を浴び続けてるみたいだ。
ギルドの喧騒が遠くに響き、
野島の背筋に冷たい汗が伝う。
(……ヤバい、やっぱり俺、聖剣と相性悪いんちゃうか?)
でも、勇者が聖剣を持てへんなんて言ったら、
流石に怪しまれる。
野島は急いで農作業をしている青年を見つけ出す。
「なあ、コウ君。革手袋とか持ってないか?」
麦わら帽を片手に青年が首をかしげる。
「レイジさん、最初は手の皮が剥けるかも知れませんが、
だんだん硬くなってきますよ。農業はそういうもんです」
「いや、そうやない! 防具として使いたいんや!」
「ああ、そっちですか。なら――父の形見の防具一式、差し上げます」
「ホンマか!? 助かるわ!」
「ただし、一つだけ条件があります」
「ん?」
「僕にも、剣技を教えてください」
その目は真剣だった。
野島は少しだけ考えて――そして、にやりと笑う。
「よっしゃ。勇者の剣技、叩き込んだるわ」
そして、肩をすくめて一言。
「……知らんけど」
農村に、気の抜けた風が吹いた。
その背に、幼女魔王が不満げにしがみつく。
「勇者が盗賊退治など滑稽な、余なら一撃で片をつける」
「アカンアカン。そういう“片”の付け方したら、また畑荒れるやろ。
ルルカはお留守番やで」
「また甘いこと言って命を落とさぬようにな」
幼女魔王は背後で腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「俺も何度も死ぬのは勘弁だ。ルルカを悲しませたくない」
「なら、いざという時は武力。肝に銘じておくのじゃな」
ルルカは腹にパンチを打って来た。
結構痛かった。
――でも、その小さな拳の温もりが、野島の胸に残る。
「わかった、ルルカ。約束や。」
幼女魔王はふんと鼻を鳴らし、そっと背中に寄り添った。
気の抜けた風が農村を吹き抜ける中、
野島は遠くの街道を見つめた。
――話し合いが決裂したら?
聖剣が俺を拒むなら?
第三の人生の、最初の本当の“戦い”が、
静かに迫っていた。
勇者ボディでも、聖剣より鍬が似合うおっさん野島。
どこもかしこも綱渡り状態です。




