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その9 不思議情報募集中♪

 麺と具を丼からお腹へ完全移住させ、スープの引っ越しが半分ほど済んだところで、にゃんごろーは名残惜しそうに箸を置いて、肉球を合わせた。


「はっふぅーん。ごちしょーしゃまでしちゃあん。美味しかったぁ……。ホントは、スープも全部ゴックンしたいけど、お腹が、パンパンパーン。これ以上は、溢れちゃうぅ……。じゃんねん」

「ネコーさんは、お腹が小さいからねぇ。まあ、気に入ってもらえたようで何よりだよ」

「はい! しゃいっこーおに美味しかったです! かつて大地で黄金色の大海原だった小麦が麺となってぇ、貝のお出汁の黄金色の熱々海スープに浸かってゆったり温泉気分になっているところをズルズルズルンといただくお口の幸せぇ♪ そして、海の宝物、貝♪ プリッとしてるのをプチュンと噛み切れば、中からはぁ、黄金スープの美味しさの元なのにぃ、黄金スープよりもぉ、もっと原始的な生きる美味しさが飛び出してくるぅ♪ 素晴らしくおとうふな一品でしたぁーん♪ 素敵なおとうふ時間を、ありがとうございました!」

「お、おとうふ……?」


 にゃんごろーが、もふ毛をもふもふと震わせながらおとうふな感動を伝えると、店主は「はて?」と首を傾げた。

 にゃんごろーは、目をキランと光らせ、おとうふについての解説を始め、おとうふ布教に努めた。

 サバアは、いつの間にか麦酒を注文しており、半分ほど残った伸びたラーメンをつまみにじっくりと楽しんでいる最中だった。

 サバアが飲んでいる間に、解説は終了した。


「なるほど。つまりは、食いしん坊ってことだな?」

「違います! 単なる食いしん坊とは、一緒にしないでください! おとうふは、美味しさへの知的好奇心に満ちた、高尚な食いしん坊なのです!」

「あー……、はいはい」


 店主がざっくりとまとめると、ネコーはすかさず反論した。ラーメンを食していた時のホワンと笑み崩れていた顔をキリッと引き締め、ただの食いしん坊とは格が違う……と主張したが、食いしん坊であること自体は否定しなかった。本当は否定したいのだが、食いしん坊だと思われていた方が、美味しいものを分けてもらえたり、美味しいもの情報を教えてもらえると学習したからだ。

 店主は、「結局、食いしん坊なのでは?」と思いはしたが、余計なことは言わずに苦笑いと共に頷くにとどめた。

 ここで、ブヨンとしてきた麺をつまみながら、サバアが話に入って来た。


「ふうん? つまり、アンタは、美味しいものを探して旅をして回る美味しいものハンターネコーってわけかい?」

「んーにゃ! それは、違う! にゃんごろーは、おとうふなネコーで、不思議ハンターなの! お抹茶ミルクが合いそうな桜ドーナツの島へは、不思議を探しにやって来たんだー!」

「不思議……」

「ハンター……」

「そう! ふしーぎハーンタァー♪ にゃーんごろーお♪」


 店主には畏まった口調で話していたにゃんごろーだったが、サバアからはお許しが出ていたため砕けた口調と弾む音階で身分(?)と目的を伝えた。

 店主の呟きをサバアが引き継ぎ、二人は顔を見合わせた後、台の上でくねくねもふもふと身を躍らせるネコーを見つめる。

 不思議なものを発見した時の目であった。

 不思議ハンターとは何ぞやと不思議に思っているのかもしれないし、おまえが一番不思議だよと思っているのかもしれないし、その両方かもしれなかった。

 いずれにせよ、ネコーは注目を浴びていることには気づかずに、踊りながら節つきで話をつづけた。


「もとぉーむぅ♪ ふしーぎじょーうほーう♪」


 足場の台の上で、くにょくにょと腰を振るもふもふは、遊んでいるようにしか見えないが、本ネコーは真面目にお仕事をしているつもりだった。

 屋台には、にゃんごろーたちの他にも二人ほど客がいたが、どちらもネコーが嫌いではないようで、二人とも麺を啜る手を止めて口元をにやけさせながら踊るネコー鑑賞を楽しんでいた。

 連れのサバアも、まだ麺と酒を嗜んでいる最中であるし、他の客もネコーの存在を喜んでいるようなので、店主は踊るネコーの相手をしてやることにした。


「そうさなぁ。まあ、島一番の不思議なことって言ったら、湖の真ん中から生えている太古の塔かねぇ」

「なるほど! 太鼓を叩いている内に楽しくなって、ずももももーん!…………とお空まで伸びてしまったということか! これは、確かに不思議だ! ドンドンドン! ドコドコドドン!」


 ネコーは台の上で、腰を振りながら太鼓を叩く仕草をした。尻尾がゆらゆらと大きく揺れる。

 店主は苦笑いになり、客二人は噴き出した。ラーメンは一時停止中だったため、大惨事にはいたらなかった。しかし、サバアは再び、鼻から伸びた麺を噴き出した。


「いや、太鼓じゃなくて、太古…………あー、すっごい昔からある塔ってことだよ」

「ドン・ドドン!」


 店主は、苦笑いつつも訂正を入れてくれたが、ネコーは聞いちゃいなかった。

 すっかり楽しくなってしまっているようだ。

 その代わり……というわけでもないのだろうが、客の一人……小太りの男性が店主に話しかけた。


「塔っていうか、すっごい長細い島が湖の真ん中から生えているようにも見えるよな。てゆーかよ、ありゃあ、なんで塔って呼ばれてんだ?」

「ああ。島の外の、魔法の偉い先生だかが、古代魔法なんちゃらの塔かもしれないって言ってたった話だぜ?」

「へええ! あの土くれの中に塔が入ってるってことですか? 塔の周りを、土で塗り固めたってことですか? んー? でも、何のため? これは、確かに不思議な匂いがプンプンですね!」


 すると、もう一人の客……若い女性客の方も話に入って来た。店主は、笑ってそれに答える。


「あはは! お姉さんは、観光客かい?」

「はい! 島名物のイチゴと桜花見目当てでやって来ました!」

「そうかい。ま、楽しんでってくんな」

「…………そういやよ、子供の頃は、塔じゃなくて、太古の煙突って呼んでたよな」

「ほ、ほほほほほう!? ドンドコしている内に楽しくなって、お空にお絵描きを!?」


 男性の方は、地元客のようだ。店主と女性客の話が弾んでいる間、ズバズバと麺を啜っていたが、その話が一段落したところで、思い出したように呟いた。そのあとスープを啜ろうとしたのだが、ここで踊っていたネコーが乱入してきた。

 男性客は「ぐふっ」と笑いをこらえながら、レンゲを丼に戻した。口に含んでいたら、噴き出しているところだった。

 店主は苦笑い、女性客は完全に笑っていた。サバアは、鼻からラーメンの衝撃から立ち直っておらず、まだ悶絶している。サバアには、新しい水と手拭きが差し出されていたが、二度目ということもあり、生ぬるく放置されていた。


「いや、鉛筆じゃなくて、煙突な……」

「はっ!? もしや、それは、色鉛筆では!?」


 店主は律義に訂正を入れたが、ネコーはやっぱり聞いていなかった。聞いていないどころか、塔のてっぺんでの体験を思い出し、「これが正解でしょう!」とばかりに店主の顔を見つめる。

 今度は、訂正が入らなかった。

 店主は、「ほ?」という顔をした後、「お?」という顔をしている地元客と顔を見合わせる。「ほ?」と「お?」のご対面だ。

 観光客はというと、そんな二人の反応に「ん?」と首を捻り、サバアは…………。もう少し、そっとしておいてあげた方が良いようだ。


「色鉛筆か……、いや、色鉛筆っていうよりは、魔法の絵筆って感じだよな?」

「いや、太古の色煙突でいいんじゃないか? 色付いてるし光ってるけど、あれは、煙だろ?」

「いやいや、雲に魔法の絵筆で光る絵具を塗っているってのも、悪くない。こっちの方が、ロマンチックだ」

「え? え? え? つまり、どういうこと? 店主さんが、意外とロマンチック好きってことしか、分かんなかったんですけど?」


 楽しそうに盛り上がる地元民二人に、置いてけぼりにされた観光客が「待った」をかけた。

 ネコーはと言えば、話を理解しているのかいないのか、ロマンチックに反応して、店主に向かってコクコクと頷いている。ネコーもロマンチック路線推奨派のようだ。


「ああ、ごめん、ごめん。島のもんなら、みんな知ってる話だからなぁ、つい……」

「あの煙突な、夜だけなんだけどよ。たまーに、てっぺんから光る煙みたいなのが出てくるんだよ」

「ああ! それで! なるほど! それは確かに太古の煙突! 色煙突!」

「そうそう! そうだよな!」

「まあ、見た感じは、煙っぽいけどさ。話としては、魔法の絵筆の方が面白くないか?」

「うーん。そうだねぇ。てっぺんで見たときは、絵筆の魔法っぽかったよー?」


 店主が頭を掻きながら観光客に謝ると地元客が塔の不思議について教えてくれた。ようやく謎が解けて、観光客の顔がパッと輝く。それならば確かに太古の煙突だと地元客と観光客の垣根を越えて煙突同盟を組んだ。一人残された店主は、魔法の絵筆説が捨てきれないようだ。真実よりも話が面白くなる方が大事だろうとばかりに反論を述べると、ここでネコーが店主に加勢した。

 しかも、店主がおざなりにした真実の方を補強する形で。

 ネコーは、もふりと腕を組み、自らの体験を語り出した。


「にゃんごろー、卵のお船で、あのながーいお鼻のてっぺんに行ってみたんだよねぇ。そしたら、タンポポの野原だったの! 綿帽子もあったから、ふーってしたら、綿毛がねぇ、絵筆で、いろんな光る絵の具をサラサラシャーってしたみたいで、えっと、あれ! そう!  マンゲイキョーオみたいで、すごくきれいだったんだよ」

「魔法の光る絵筆による綿帽子の万華鏡ライトショーってことですか? いいなぁ。私も見てみたーい」

「ネコーさんは、卵船乗りなのか。あれ、いいよなぁ」

「へええー。あんな高いところにタンポポ野原があるのかぁ。それも、魔法が関係しているのかねぇ?」


 人間たちは、三者三様に思いを馳せた。

 もはや、ラーメンのことは完全に忘れている。

 しかし、丼の中の忘れられた麺は、それを嘆く素振りもなく、黄金色海水浴を優雅に楽しみ、着々とその身をふやかしていた。

 人間たちは、「それで、それで?」と続きをねだる。

 続きを請われたネコーは、上機嫌でタンポポの塔に対するネコー的見解を語った。


「最初はねー。お空に恋をしたタンポポが、もっとお空に近づきたーい!…………ってなって、地面もそれに協力して、みんなでお空へ、にょいーん・ずももももーん!…………って伸びていったのかと思ったの」

「それは、表現の仕方によっては、ものすごくロマンチックだね」

「にょいーん……」

「ずももももーん…………」


 ロマンチック推奨派の店主は、ネコーの表現力には物申したいようだが、話そのものは気に入ったらしく、嬉しそうに「うんうん」と頷いている。

 客人二人は、ロマンチックとは程遠いお子様的擬音を呟きにのせた後、「むふぐふ」と笑い出した。

 ネコーの方は、もっふりと腕を組んで、カチコチと左右に揺れ出した。ネコー型メトロノームの完成である。


「あの長いお鼻は、ふるーい魔法が、まだお仕事をしているみたいだった……。なんか、すっごい魔法。それで、絵筆の魔法はねぇ、ネコーの魔法だと思うんだよねぇ」

「えー? すごーい! 古い時代から続いている煙突魔法とネコーの魔法が時空を超えたコラボをして、レインボーライトショーが開催されてるってこと!?」

「そういうことになる、のか? あー、しかし。ありゃ、ネコーのいたずらかぁ……。ネコーいるところに不思議ありだなぁ」

「ああー……ロマン溢れる話なのに、言い方ひとつで、ただの観光協会の謳い文句に…………」

「そーいや、あの古代魔法文明の遺産とか言う煙突みたいな塔、入り口はどこにも見当たらないのに、ネコーは中に入れるってーか、入ったことがあるとかいうネコーがいるらしいんだよね」

「にょ…………!? サバア! しょれ、ほんと!?」

「さあね? ただの噂だよ」


 麺を忘れし者たちと店主が三者三様の感想を述べながら、それぞれに感極まったり嘆いたりしていると、いつの間にか「鼻からラーメン」の衝撃から立ち直ったサバアが、耳より情報を携えてシレッと話に交じって来た。

 それを聞いたネコーは色めき立ったが、サバアはそれをサラッと躱した。しかし、ネコーはめげたりせず、さらに燃え上がった。


「こ、ここ、これは、確かめてみねばぁー! よおーし、明日はぁ、お鼻の下の方をぐるっと回ってみよーっと! にゃふふー! 美味しいもので幸せになるだけじゃなくって、新しい不思議情報まで手に入れちゃうとはぁー! さすが、にゃんごろー! 一流の不思議ハンタァー!」

「随分とお手軽な一流だねぇ……」


 にゃんごろーが微妙な仕事ぶりを自画自賛すると、サバアがぼそっと呟いて、残りの面々が笑い出す。

 人間の若者が、怪しげな職業(?)の微妙な仕事ぶりで自画自賛を始めたら眉を顰めるところだが、これがネコーだと不思議と気にならないのだ。もっともな指摘すら、むしろ笑いを呼んでしまう。嘲笑ではなく、気持ちのいい笑いだ。

 どちらにせよ、明日の予定が決まってホクホクのにゃんごろーは、笑われていることにすら気づいていなかった。

 前祝いだとばかりに、ネコーはまだ片付けられていなかった丼から、すっかり冷めたスープを掬って一口飲んだ。


「はふぅ。冷めても、おいしぃ~ん♪ にゃんごろー、黄金の海で暮らす、もふもふの貝になっちゃう~♪」


 もふもふクネクネ踊りながら歌うネコーは、屋台にさらなる笑いを呼んだ。

 


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