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その8 屋台のラ・メーン

 星灯の下を、卵はふよふよと飛んでいく。

 青い猫が描かれた卵。

 不思議ハンターのネコーが操縦する空飛ぶ卵の船だ。


 ――――話は少し遡る。


 にゃんごろーがお呼ばれしたイチゴの宴は、日暮れ前には終了した。

 招いてくれたおばさま方と別れた後、にゃんごろーはお部屋へ戻り、イチゴ熱が熱い内にとスケッチブックを取り出した。

 お昼に食べたイチゴサンド。おやつに食べたイチゴタルト。仲良くなったおばさま方のこと。味のある絵の余白に、特徴的な字でおとうふ感想やおばさまたちとの会話について書き記していく。

 そうして、心行くまでお絵描きをして、ふと気づけば外はすっかり宵闇に包まれていた。

 窓の外へ、ひょいと顔を覗かせると、素晴らしい星空が見えた。

 星の光が、さざめくように囁きかけてくる。

 静かなる星の音楽祭が開催されているような、そんな素晴らしい夜だ。

 耳ではなく、心に響いてくる音色に、しばし聞き惚れる――――が。


 きゅるるるるうううううん…………♪


 にゃんごろーのお腹が、おとうふを訴え始めた。

 にゃんごろーは、そっと窓を閉めた。

 切ない音色は、お腹の救難信号だ。

 早急に手を打たねばならなかった。

 新たなる出会いを求めて、にゃんごろーは卵船に乗り込み、夜の町へと乗り出していった。

 町の灯は、まだ消えていない。

 すでに夕ごはんを食べ終えたお宅もあるだろう。しかし、お酒を嗜む人たちからしたら、まだまだこれから。そんな時間帯だ。


「うぅーん。港の方へ行ってみようか……。でも、湖の傍も捨てがたい。湖から生えてる、長いお鼻の話が聞けるかもしれないしねぇ」


 ふよ……と卵は、湖方面へと舵を切った。

 お鼻への好奇心が、ムクムクと湧き上がって来たのだ。

 不思議話を聞きながら湖で獲れたお魚の料理をいただくのも悪くない、と思い始めていた。

 食事が始まれば、目の前の料理とおとうふ語りに夢中になってしまい、人の話を聞きながらの食事なんて無理なのだが、本ネコーにその自覚はない。


「…………あ! 屋台だぁ! 行ってみよーっと♪」


 どこに卵を停めようかと湖沿いの道に沿って、ふよんふよんと飛んでいたら、少し先の湖畔に屋台が並んでいるのを発見した。

 せっかくの素敵な星空なのだし、お外でのごはんも悪くないと、卵は、ふよーんと屋台地帯を目指す。

 湖畔は、桜並木で囲まれていた。桜の外周に車が通れる広い道が通っている。屋台は桜並木の端、湖方面側に立ち並んでいた。いろいろな屋台があるようだ。

 にゃんごろーは、一番端っこの屋台がある、並木道の端っこ、一本の桜の木の下に卵を停めた。屋台が並んでいるのとは、逆側だ。客たちはみんな、桜よりも屋台に気を取られているし、卵船は小さいので、木の根元ならば通行の邪魔にはならないだろうと判断した。

 卵を降りると美味しい匂いが押し寄せてきて、ぐるおおおおおっと腹の虫が狂おしく鳴いた。

 どんな屋台があるのか、一通り見て回ってからどの屋台で食べるのか決めたかったが、お腹の方は、そんな余裕はなさそうだ。

 もう、一番端の店にしてしまおうか、ふらっと足を踏み出したところで、声をかけられた。


「おや? 昨夜の食いしん坊ネコーじゃないかい」

「ほええ……? あ! あなたは! みそ煮ぃ♪……のおばあさん!」

「誰が、みそ煮のババアじゃい。……ババアでいいよ、ババアで」


 声の主は、昨夜入った食事処で出会ったご婦人だった。

 島の何かの儀式に選ばれ、みそ煮として島人にふるまわれる運命の人……とにゃんごろーがひとりで勝手に勘違いした、あのご婦人……否、ババアである。

 昨日は、早い時間から大分お酒を召し上がっていたようだが、今夜はまだ、ほろ酔いのようだ。


「うーみゅぅ……。えっと、では、サバアで!」

「…………サ、サバア……。はぁ、まあ、いいよ。もう、それで……」


 本人からの許可があるとはいえ、ババア呼びは抵抗があるにゃんごろーが妥協案を告げると、ババア改めサバアは、みそで煮込まれたようなしょっぱい顔をした後、ため息とともに了承した。いろいろと諦めたようだ。


「で、今来たところみたいだけど、どっかお目当ての店があるのかい?」

「いえ! 夕ごはんを食べるお店を探していたら、屋台が見えたからやって来ただけで、お目当てとはかは、特にないです! おすすめがあったら、教えてください!」

「ふーん? アタシャ、軽く一杯ひっかけた後で、ちょいと早いけど、今日は締めのラーメンでも食べちまおうかと思ってやって来たんだよ。アンタも来るかい?」

「はわ! お供します!」


 昨日が、サバアの最後の晩餐なのかと思ったが、どうやらそうではなく、みそ煮として振舞われる前に、巡礼として島での思い出のお料理を食べて回っている最中なのかもしれない……とさらに勘違いを発展させたにゃんごろーは、サバアの最後を彩る巡礼の誘いに応じることにした。これも何かの縁である。サバアがそれを望むのなら、出来る限り叶えてあげたいという優しさからだった。

 ネコーの勘違いが続行中どころか、さらなる発展を遂げたなんてことは露知らず、サバアは上機嫌で目当ての屋台へと案内する。


「ラーのメーン♪ ラ・メーン♪ ラーさんが考案した麵料理だからぁ、ラーの麺でぇ、ラ・メーン♪」

「ラ・メーンじゃなくて、ラーメンだっつの。それじゃ、ラさんの、メーンだろうがい」

「にゅふふふ♪」


 サバアも上機嫌だったが、にゃんごろーも浮かれていた。先を行くサバアの背中を追いかけながら、歌い踊る。巡礼に随行する厳かな気持ちは、おすすめだというラーメンへの期待に掻き消されている。サバアの上機嫌さに釣られた、というのもある。たとえ、それが最後であっても、当人であるサバアが上機嫌で巡礼に臨むのであれば、随行するにゃんごろーもそれに倣うべきだという考えなのだ。

 ネコーならではのサッパリすぎる割きりだった。


「てゆーか、初めて聞いたよ、そんな話。アンタが今考えた即興作り話かい?」

「んーにゃ。前に、どこかで聞いたことがあるんだー……です」

「ああ、無理にかしこまって話さなくていいよ。その方が、アタシも喋りやすいしね。で? どうなんだい?」

「分かったぁーん。サバアが、そう言うなら、そうするねー。でねぇ、ラ・メーンの話は、にゃんごろーが考えたんじゃないよー。どっかでぇー、聞いた! なんかねぇ、本当か嘘かは分かんないけど、そういう説もあるんだって!」

「ああ。どっちにしろ、根拠はないってことかい。ま、うまけりゃ、なんでもいいさね」

「それはっ、しょーう♪」


 早々に興味をなくしたサバアが身も蓋もなく話をバッサリ終わらせると、言い出しっぺのネコーは、声を弾ませてそれに賛同し、とびっきりのジャンプを決めた。


「さーて、ついたよ。ここは、メニューは、ラーメンだけなんだよ。大将、ラーメン二つ。あと、そこの木箱、借りるよ。ほら、アンタは、ここにのんな」

「はーい! ありがとーお!」


 屋台は、回転をよくするためか、立ち食い形式だった。背の小さいにゃんごろーのために、サバアは店主に空の木箱を借りて、踏み台を作ってくれた。空木箱は、もともと子連れ客用に用意されていたものだったので、店主は快く貸し出してくれた。

 ラーメンが出来上がるまでの時間で、屋台のことを教えてもらった。

 屋台は毎日設営されるわけじゃなく、月に二回、夕方から深夜までの間、湖畔を美味しく彩るのだそうだ。

 どうやら、にゃんごろーは運が良かったようだ。

 サバアとの再会と屋台との出会いに感謝を捧げていると、ついにラーメンがやって来た。

 歓声を上げて、目の前に置かれた、湯気の立つ丼を覗き込む。


 黄金色の澄んだスープだった。

 具はシンプルだ。

 プリプリしたほどほどに大振りの貝が五つ。白髪ねぎ。のりが二枚。それだけだ。

 麺は、ほどほどに縮れた中細麺だ。


 これは、期待が出来そうだった。

 にゃんごろーは、ゴクリと喉を鳴らし、ぽふんと肉球を合わせる。


「いただきみゃーあ!」

「アタシも、いただくとするかねぇ」


 まずは、スープをいただくことにした。

 魔法も使ってレンゲを器用に操り、キラキラと輝くスープを掬い上げる。

 ふーふーと何度か息を吹きかけてから、そっと口に含む。

 ゆっくりと味わいながら最初の一口を飲み干すと、ネコーは「はわぁ~」と至福の表情を浮かべる。黄金色のスープに負けないくらい、瞳はキラキラに輝いていた。


「貝が住んでいるぅ~。姿は見えないけれど、隠れていない貝が、スープの中に住んでいるぅ。隠れん坊が上手なのか、下手くそなのか……。それとも、これが新しくておとうふな隠れん坊にゃのか?」


 具にされた貝の姿は、プリンプリンに見えているけどねぇ……とサバアは思ったが、口には出さなかった。余計なことを言って、おとうふ語りの邪魔をするつもりはないのだ。なんといっても、それを楽しみに出会ったばかりのネコーを誘ったのだから。


「海のお潮の香りもするねぇ? この貝は、湖で採れた貝じゃない? それとも、甘―いドーナツの真ん中の湖は、しょっぱい湖だった?」

「ああ、この貝は、湖じゃなくて、ドーナツの外周の浜の方で採れた貝なんだよ」

「ほ、ほほう?」


 にゃんごろーが「ふうむ?」と丼を見下ろすと、店主が答えを教えてくれた。角刈りの店主は、ニコニコと楽しそうに笑っている。

 基本、おとうふ語り中は、他のことは耳に入らないにゃんごろーなのだが、もたらされた情報がおとうふに関することの場合は例外なのだ。

 にゃんごろーは、改めてスープを味わってみた。

 あっさりなのに、存在感が強い貝の旨味と潮の香りが口いっぱいに広がる。はっきりと姿を現さないのに、「ここにいるよ」と存在を教えて喉の奥へと消えていく海の貝。「一体、どこにいるんだい?」と問いかけるために、またもう一口、もう一口、と求めてしまう。


「やっぱり、隠れん坊がお上手ぅ♪ いるのが分かるのに見つけられなくて、見つけようとして、もう一口が止まらない~♪ 気が付いたら、お腹の中にタプタプの海が出来ちゃいそ~う♪」


 丼の中の海が、にゃんごろーのお腹の中へのお引越しを完了する前に、にゃんごろーは麺を味わってみることにした。

 お箸を魔法で巧みに操り、ふーふーをしてからズルズルズルンと啜り上げる。


「はふ、はふぅん……。うぅ~ん♪ 美味しいぃん♪ かつて、風に吹かれて小麦畑の海になっていた小麦たちが、お粉になって、こねこねされて、麺になった。ほど良い硬さに茹で上げられた麺は、今! 貝が住んでいるぅ、新たなる黄金の海へとお引越しをした。これは、まさしく黄金郷! 潮の香をまとった透明な貝のヴェールに包まれて、小麦は、お口の中に美味しいをお届けする、大地の海と貝の海の使者となった。そのおとうふ、にゃんごろーが最後まで、受け止めるぅん♪」


 感極まって何やら奇妙で微妙な宣言をすると、ネコーはズルズルはふはふと麺を啜り、スープを啜った。時折紛れ込む白髪ねぎの辛みが、いいアクセントとなって、手も口も魔法も止まらない。

 半分ほど麺を食べ進めたところで、にゃんごろーは箸と魔法を止めた。水を一口含み、口中と心をクールダウンさせてから、次なる獲物に狙いを定め、ニンマリと笑う。

 ほんのりと野生を帯びた瞳が、麺の上でプリっと身を晒している貝を捉えていた。

 これまで箸をつけなかったのは、忘れていたわけでも、苦手だからでもない。

 警戒していたのだ。

 何をといえば、もちろん、アチチの罠である。

 猫舌克服の特訓をしたとはいえ、熱々の貝は油断できない強敵だ。

 加熱した貝は、お腹の健康のためには安全だけれど、お口の安全から言うと、とても危険な食材だ。その身は、旨味を秘めた熱々の水分で満ちている。うかつに口中へ迎え入れては、熱々が口中に溢れて大やけどをしてしまう可能性があるのだ。口と舌にやけどをしたら、せっかくの料理の味が分からなくなってしまう。

 おとうふネコーとして、そんな愚行を犯すわけにはいかなかった。

 だから、気を窺っていたのである。

 熱々の美味しさを失わず、かつアチチの罠が発動しないギリギリのタイミングを。

 それが、今!――――なのだ!


「あーむっ」


 にゃんごろーは、慎重な箸魔法さばきで貝をプルンと摘まみ上げ、大胆に口中へ迎え入れた。

 歯を立てると、プチュンとした歯ごたえと共に美味しさが口いっぱいに広がる。

 美味しい。けれど、まだ熱かった。しかし、耐えられないほどではない。

 ネコーは美味しさと熱さに震えながら、貝の旨味を噛みしめ、旨味の洪水を舌と喉で受け止め、腹の中の海へと送り出す。

 スープに溶け込んだ「ここにいるよ」と誘いかけながら喉の奥へ逃げていった時とは違う、「オレはここだ!」と力強く主張する旨味がそこにはあった。

  口に含むだけで広がっていく旨味に浸るのも素晴らしいが、噛みしめるごとにあふれだす躍動感あふれる旨味もまた素晴らしい。

 海の幸が幸すぎて、幸せだった。

 幸せすぎて、言葉にならない。

 それでも、ネコーは、おとうふゆえにおとうふを語った。


「貝よ……。生まれてきてくれて、ありがとうぅ。お口が海で、幸せでしゅ。まさしく、海の幸…………ふみゅぅ……」


 短いが、感謝の気持ちがこもりにこもったおとうふ感想だった。

 ネコーは、震えながら感涙の涙にむせぶ。

 あまりの感動ぶりに、店主は苦笑いを浮かべ、サバアはうっかり麺を鼻から吹き出した。


 今夜もおとうふのネコーのおとうふは、止まらないようだ。


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