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その6 イチゴのお宿でイチゴ祭り

 にゃんごろーは、イチゴを堪能していた。

 イチゴのお宿は、名の通りまさしくイチゴのお宿だった。

 イチゴが経営しているお宿という意味ではない。

 イチゴ大好き夫婦が経営しているお宿なのだ。

 宿泊二日目、にゃんごろーは島探索を後回しにして、イチゴのお宿のイチゴぶりを堪能しつくすことに決めた。


 宿での朝食を食べ終えると、にゃんごろーはまず、昨日入り損ねたお風呂へと向かうことにした。

 ネコーは魔法を使って身づくろいが出来るため、お風呂に入らなくても清潔さを保つことができるのだが、にゃんごろーはお風呂が大好きなのだ。けれど、昨夜は食材のご婦人(勘違いにはいまだ気づいていない)に出会ってしんみりしてしまい、うっかり入り損ねてしまったのだ。


 お宿の裏手にあった四角い建物がイチゴのお宿の大浴場だった。お宿とは通路で連結しており、外に出なくてもお風呂にはいれるようになっていた。ちなみに、大浴場の隣にある菜園に植わっているのは、もちろんすべてイチゴだ。

 大浴場には、宿の主たちのイチゴ愛が遺憾なく発揮されていた。外壁の全面にイチゴが描かれている。デフォルメされたイチゴではなく、摘み取る前の、葉と茎つきのリアル寄りイチゴだ。

 浴場の中は、一転してファンシーな空間だった。

 床は、ミルク多めのカフェオレ色のタイルで、ポン・ポン・ポポンと感覚を開けて、イチゴ柄のタイルが紛れ込んでいる。

 天井はスカッとするスカイブルー。

 壁はクリーム色で、サイズがバラバラのイチゴの飾りが、あちらこちらで踊っている。本物のイチゴサイズの飾りもあれば、大玉スイカサイズのイチゴもあった。夜になったら、壁から飛び出してダンスを始めそうなイチゴたちは、見ているだけで楽しくなってくる。その時は、ぜひご一緒したいものだ……とにゃんごろーは思った。

 浴槽の床にも、イチゴはいた。

 湯舟をかき混ぜるとお湯が揺れて、お湯底のイチゴも揺らいで見えた。それが楽しくて、うっかりのぼせそうになる。

 備え付けのシャンプーの類は、すべてイチゴの香りだった。わざとらしい香料の香りではなく、フレッシュなイチゴの香りだ。仄かに、微かに香るイチゴは、甘ったるすぎず、瑞々しくて爽やかだ。


「どうしよう~。にゃんごろー、イチゴになっちゃうかもぉ~。にゃふふふふぅ」


 もふ毛の上で、イチゴの香りのボディソープは盛大に泡立った。

 他に利用客がいないのをいいことに、にゃんごろーは童心に帰って泡々を楽しんだ。「ふー」と泡を吹き飛ばした後、魔法で踊らせて楽しんだり(湯舟の中には、いれないように細心の注意を払ってはいる)、壁のイチゴ飾りをデコレーションしてみたり(ちゃんとシャワーで洗い流した)、やりたい放題だ。

 散々遊び倒して、それでも、ちゃんとのぼせる前に浴場を出ると、魔法を使ってシュパッと一瞬でペショペショだったもふ毛を乾かす。ネコーには、タオルもドライヤーも必要ないのだ。

 ふわふわサッパリした後は、朝食を食べた本棟一階にある喫茶店に向かった。

 イチゴのお宿には、いわゆるお食事処というものがなく、代わりにイチゴ喫茶という名の喫茶店があるのだ。料理を担当しているのは女主人の方なのだが(昨日、にゃんごろーを勧誘した男主人の方は、イチゴの栽培を担当している)、料理よりもお菓子作りの方が得意だし、喫茶店の方がイチゴのお宿の雰囲気とコンセプトにあっているからと振り切ってみた……と主と女主は楽しそうな笑顔で語ってくれた。一応、軽食はメニューにあるが、メインは自家製のイチゴを使ったお菓子だ。

 軽食を頼んだ場合は、デザートに生のイチゴがついてくるそうだ。

 ちなみに、今朝のメニューはトーストにオムレツ、サラダにスープという可もなく不可もないものだったが、デザートのイチゴは絶品だった。昨夜、さくら屋で食べたイチゴよりも大振りで、甘さと酸味のバランスが絶妙だった。もう、こっちがメインでもよいくらいだった。今度、小ぶりのボウルいっぱいのイチゴとミルクのみの朝ごはんをお願いしてみようと、にゃんごろーは密かに決意していた。


 喫茶店のある本棟は、建物自体は屋根の色がイチゴカラーなくらいで、造りそのものはいたってシンプルだった。

 その代わり、クッションはイチゴの形で、カーテンもイチゴ柄、壁にはイチゴ絵画が飾られていた。

 喫茶に顔を出すと、にゃんごろーはイチゴミルクを注文した。

 自家製のフレッシュなイチゴミルクだ。

 朝食の時に、このあとお風呂を利用したいと申し出たら、風呂上がりに飲むイチゴ喫茶特性のフレッシュイチゴミルクは格別だから、部屋に戻る前に絶対に喫茶に寄ってね、と熱のこもったおススメをされていたのだ。

 お風呂で遊びに熱中しすぎてのぼせたりせずに済んだのは、その後に、おとうふなお楽しみが待っているからだった。

 おとうふは、何よりも優先されるのだ。

 明るい色調の木のテーブル。用意してもらった子供用の椅子によじ登って座り、すましたおとな顔で待っていると、ほどなくしてイチゴミルクが運ばれてきた。

 空き瓶みたいなデザインの透明なグラス。氷は少なめ。ストローは予め刺してある。

 つぶし切れていない果肉が扇情的だった。

 生のイチゴとミルクが混ざり合って生まれた自然で優しい色味。


「ごくり……。い、いただきましゅ」


 にゃんごろーは、肉球と肉球をポフリと合わせ、へこりと頭を下げた。気持ちが逸って、少々噛んでしまったが、気にせずに両手をグラスに添え、パクリとストローを咥える。

 魔法を使い、ゆっくりと吸い上げていく。

 もふ毛に包まれた顔が、「はにゃほにゃふにゃん」と緩んでいった。


「はっわ・わぁーん♪ すっばら・しぃん♪ にゃんごろー、子ネコーの時は、お風呂上がりに飲む紙パックのイチゴミルク、大好きだったんだけど、おとなになったら、お風呂上りに飲むのは普通のミルク派になっちゃったんだよねぇ」


 一気に半分ほど飲んだ後、咥えていたストローを離し、感極まって背中を丸めてもふ毛を震わせていたが、すぐにまたストローを口の中へ迎え入れ、今度はゆっくりと味わいながらイチゴミルクを楽しみグラスを空にしてから、満を持してのおとうふ語りタイムが始まった。

 朝のイチゴで音符付きおとうふ語り体験済みの女主人は、心得たように合いの手を入れてきた。

 男主人は小太りだったが、女主人は細身で背が高く颯爽としていた。


「あー。紙パックのイチゴミルクは、ちょっと甘すぎるもんねぇ」

「そうそう! そうにゃの! イチゴミルクは、今でも好きだけど、お風呂上りに飲むのは、なんか違う!…………ってなっちゃったんだよねぇ」

「んふふー。でも?」

「そう! でも! このイチゴミルクは、一味どころか、いっぱい味、違う! くどくない甘さで、酸味もほどよくあるから、サッパリと飲めて、むしろ! 普通の白いミルクよりも、お風呂上りに、いい! 合う! このイチゴは、お風呂のことを、よくわかっている! ミルクとも、お風呂とも、相性、ばっちりぃん♪」

「あっはははは! お風呂の傍で育ったイチゴだからかねぇ。ふっふふふ。ミルクとお風呂の両方を手玉に取るなんて、魔性のイチゴかもしれないねぇ」

「た、確かに! また、飲みたくなる、お味……。間違いない。これは、魔性のイチゴだ……!」

「あ、あはっ! あははははっ!」


 にゃんごろーの、本ネコーとしては真面目なつもりのおとうふ語りを、女主人は楽しんでくれているようだ。

 女主人の冗談を本気にとらえたにゃんごろーが恐れおののいた顔でもふ毛を震わせると、女主人は大爆笑した。

 幸いにも、にゃんごろーの他に利用客はいなかった。

 自分が笑わせているのだとは微塵も思っていないにゃんごろーは、よく分からないけれどお取込み中のようだ、と邪魔をしないようにお礼を述べて部屋に戻ることにした。

 部屋に戻ると、スケッチブックを取り出してお絵かきを始めた。

 朝ごはんのこと、イチゴ風呂のこと、イチゴミルクのことを軽やかなタッチで描いていく。

 見たとおりに描くだけでなく、空想の羽をパタパタと羽ばたかせたりもした。

 お風呂の壁に飾られていたイチゴたちが壁を抜け出してのダンスタイムを楽しんでいるところに子ネコーのにゃんごろーが飛び入り参加している絵が、それだった。

 そうこうしている内に、腹時計が「きゅるん」と鳴いた。

 そろそろ正午に差し掛かる頃合いだった。

 にゃんごろーは、イチゴ喫茶に向かった。


 昼時だからか、イチゴ喫茶にはチラホラ利用客が訪れていた。

 ほとんどが人間の女性だった。

 子供用の椅子は、テーブル席からカウンターに移されていた。

 なるほど、昼時は店が込み合うからカウンター席へ移ってほしいということなのだな、と察したにゃんごろーは、ほてほてとカウンターへ進み、おいしょおいしょと椅子に上り着席すると、キリリと顔を引き締めスマートに注文した。


「イチゴサンドとカフェオレをお願いします」


 今日は、とことんイチゴを堪能するつもりなのだ。お風呂の後のイチゴミルクを待っている間にメニューの方は確認済みで、何を頼むかも決定済みだった。飲み物は紅茶と迷ったけれど、お風呂の床の色に合わせてカフェオレを選んだ。

 午前中は女主人だけだったが、昼時は男主人も喫茶を手伝っているようだ。注文の品を届けてくれたのは、男主人だった。女主人は、調理に専念しているのだろう。

 淵に緑の蔓が描かれた白いお皿の上に、小ぶりの三角が四つ並んでいた。尖った部分が上を向いている。断面が美しく、見ているだけで心が躍った。

 にゃんごろーは「はわん」ともふ顔をほころばせ、手を合わせた。


「それではぁん、いただきみゃす」


 もふもふペコリと頭を下げると、「にゃふっ」と相好を崩し、さっそく手前の一切れに手を伸ばす。といっても、手で掴むわけではない。翳すだけだ。

 ふよん――――と一切れが浮き上がった。

 ネコーの魔法が発動したのだ。

 ネコーは手先よりも魔法が器用な生き物なのだ。

 この美しいおとうふ芸術を崩すことなく、中のクリームを溢れさせることなく口に運ぶためには、魔法を使うべきだというおとうふ判断だった。

 背後から目撃した利用客たちから「あらぁ?」という声が上がったけれど、その声は、おとうふに集中しているにゃんごろーの耳を素通りしていった。

 イチゴサンドは、パカンと待機中のネコーの口の中へ静々と招かれていく。三角が程よく侵入してきたところで、にゃんごろーはハクンと口を閉じた。口の外に残ったサンドのお尻からクリームやイチゴが「もにょん」と顔を覗かせることはなかった。卒なく魔法で対策済みだからだ。おそらく、かつてどこかで失敗体験済みなのだろう。にゃんごろーは、失敗を失敗のままにせず、次に生かせるネコーなのだ。


「はうぅうううん…………」


 最初の一口をお口いっぱいに味わい、腹に収めたにゃんごろーは陶酔のもふ顔を天井に向け甘く震える吐息を漏らした。もふ毛の先もふるふるしている。


「パンがしっとりふわふわで仄かに甘い……。その代わり、生クリームはサッパリとした甘さでくどくない。それどころか、フレッシュなミントの爽快感を感じる。そして、主役の……魔性のイチゴ姫。うぅん、うっとりぃ♪ さすが、ひ・め♪ 瑞々しい甘酸っぱさが、サッパリでほどよくクールな生クリーム王子と手を取り合い、お口の中でワルツを踊るぅ♪ そして、ふたりを包み込み、保護者のように見守っているパンの優しさ。はぅ~、なんて素敵なイチゴ舞踏会♪ 何度でも、お呼ばれされたい。お口の中にご招待したのは、にゃんごろーのはずだったのに、にゃんごろーの方が、素敵でイチゴ色なおとうふ舞踏会にお呼ばれされていたのか……」


 うっとりしながらひとしきりおとうふを語ると、にゃんごろーは再びイチゴサンドをお招きし、イチゴ舞踏会へと招かれていった。心はもはや、共にワルツを踊っている。

 他にも利用客がいることに遠慮しているのか、心持ち音符少なめのおとうふ語りだった。

 けれど、その声は、店内にいる全員とはいかないが、近くの席にいたご婦人客の耳にはバッチリ届いていた。

 ゴクリ――――と生唾を飲み込んだご婦人客は、四人グループだった。四人は顔を見合わせ頷き合うと、イチゴサンドを一皿、追加で注文した。

 四人で一切れずつ分けうつもりなのだろう。

 注文を受けた男店主は、にゃんごろーを呼び込んだ自分を褒めたたえ、そして――――。


 今日の賄は、何が何でもイチゴサンドにしてもらおう――――と心に誓った。


 おとうふネコーのおとうふ語りは、空腹とは別方向で最高の調味料…………でもあるが、というよりも。


 ワタシモソレタベタイッ!…………を呼び覚まし火をつける最強にして最恐の食欲覚ましベルになるようだ。


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