その23 太古の塔と春のキノコ
魔法釣りネコーの要望を受けて、魔法のエレベーターが案内してくれたのは、初めて訪れるエリアだった。
にゃんごろーは、魔法釣りネコーの背中に隠れるようにして、へどもどとエレベーターから降り立つ。
ヒタリ……と足の裏に感じるのは、冷たいガラスの感触だった。
フロアは明るかった。壁と天井が白い魔法の光を放っているのだ。眩しすぎない、ほど良い灯だった。
常時点灯しているのか、にゃんごろーたちの来訪を感知して自動点灯したのかは分からないが、今のにゃんごろーには至極どうでもいいことだった。
とにかく、明かりがあるという事実だけが、ただひたすらにありがたかった。
フロア全体が明るければ、暗がりから突然何かに襲われる心配はないからだ。
にゃんごろーは、魔法釣りネコーの背中に隠れながらも、素早く周囲の状況を確認する。魔法釣りネコーも、のんびりと首を巡らせていたが、こちらは安全確認のためではなく、単に物見遊山を楽しんでいるだけのようだ。
「何にもないトコだねぇ?」
「う、ううううう、うん。危険な魔獣は、いないみたいだね。よかった。本当によかった」
魔法釣りネコーの言う通り、本当に何もないフロアだった。壁と天井と床しかない。見える範囲には危険な魔獣……どころか、虫一匹見当たらない。
それでも、にゃんごろーは用心深くもふ耳をヒクつかせ、フロア内に生き物の気配がないかを探ってみる。幸いなことに、物音も、魔法的な気配も、特に感じられなかった。
今、このフロアには、にゃんごろーと魔法釣りネコーしかいないようだ。
にゃんごろーは、少しだけ緊張を解いた。
ちょっぴり大胆になって、魔法釣りネコーの背中から出て、隣に並び立つ。
ふたりは、並んで下を向いた。
足元は、大層カラフルなことになっていた。
「……こうゆう模様のガラスなのかと思ったけど、ガラスは透明なんだね。ここから、下のフロアの様子を見る…………そのための場所なのかな? 椅子くらいあってもよさそうだけど」
「キノコのお帽子が、ぶわあ!……するところを見るための場所なのかも。下に行ったら、お帽子をいっぱい被らないとかもだしねぇ。ここなら、お帽子まみれになる心配はいらないもんねぇ。うむうむ。また一つ、不思議を紐で結んでしまった」
「解くんじゃなくて、結んじゃうんだ……」
「一つ不思議を解いたら、一つ結ぶ。それが、プロの不思議ハンターのお仕事ぶりだから。照り焼きにしても、おいしい!」
「うーん。別に今は、何一つ紐解いてないけど、結んでもいないからねぇ。プラマイゼロで、結果的には一緒だね」
「うみゅ! さすが、にゃんごろー!」
段々、調子が戻ってきたようだ。
にゃんごろーは、もふんと胸を張って自画自賛した。
魔法釣りネコーの方は、にゃんごろーを放置して、下を覗き込みながらフロアを彷徨い出す。
「ううーん。綿帽子のネコー魔法で、いろんな色に光っているのかと思ったけど、お帽子自体にも、元々色がついてたみたいだね。さすが、春キノコ。カラフルぅ~♪ ふふ♪ 太古の魔法は、なかなかの芸術家みたいだね?」
「確かにぃ~♪ かに・かにぃ~♪ ガラスの床は、その時だけの、一瞬の芸術を映し出す、透明なお絵描き帳だったのだぁ♪ うーみゅ、素晴らしき、春の芸術祭りぃ♪ 思い切って、来てみてよかった♪ にゃんごろーのお絵描きも、捗っちゃうぅぅん♪」
「現金だなあ。あんなに、怯えて嫌がってたのに」
「みゃふふ♪」
調子を取り戻したとはいっても、魔法釣りネコーと離れるのは不安なようで、にゃんごろーはフラフラする魔法釣りネコーの後ろをぴったりと付いて回った。
一緒に居れば安心するのか、お口の方は、いつも通りだ。
ふたりは、より美しく面白い春芸術を求めて、タシタシと足音を響かせながらガラスの上を歩いた。
白光に照らされたカラフルな煙が描く芸術は、夜空に浮かんだ光のショーとはまた違った趣があった。
ピンク・白・水色・黄緑・黄色・オレンジ…………。
淡い色彩が、ガラスの下で踊っている。
塔の魔法か、それとも春キノコの魔法なのか、ごくまれに春キノコの柄のような模様が生まれることがあった。
格子柄やストライプが、ゆらりと生まれて、流れて消えて。
星やハート、月や花が、描きだれては滲んで消えた。
偶然ではないのだろう。
もしかしたら、にゃんごろーたちの前にここを訪れたネコーのイタズラなのかもしれなかった。
ただ、お帽子ならぬ胞子を振りまく春キノコたちの姿は、カラフルな煙に邪魔されて、ひとつも見えない。
そのせいで、魔法釣りネコーが、またとんでもない提案をしてきた。
「ねえ! 下のフロアに、キノコの帽子をかぶりに行こうよ!」
「…………へ? え!? ええ!? な、なんでぇ!?」
にゃんごろー的には、青天の霹靂過ぎる大事案だった。
ぎょぎょぎょっと目をむいて、提案と共ににゃんごろーを振り返った魔法釣りネコーを見つめ返す。魔法釣りネコーの目は、キラキラキランに輝いていた。
その目は、にゃんごろーを見つめ返しているけれど、にゃんごろーを見てはいなかった。
魔法釣りネコーは、なかなかに強引なネコーだと、にゃんごろーは今さらのように思った。
とてつもなく賛同できかねる提案だが、なんとなくこれから先の未来を予測して、もうすでに半分くらい諦めてもいた。
「春キノコから、お帽子が飛んで行くところを見てみたい! 春魔法芸術家として、見逃せない!」
「う。それは、ちょっと見てみたくは、あることもあるけれど、なくてもいいというかぁー……」
「何言ってるの! 君だって、お絵かきネコーで、そしてプロの不思議ハンターなんでしょ? 次のお帽子乱舞は、いつになるか分からないんだよ? 今! 今、行かなきゃ! そして、不思議を解いて、新しく結んで、それで、一緒にお絵描きをしようよ! ね? ここで行かないなら、ボクは君のこと、プロの不思議ハンターとしては認められないな!」
「む、むぎゅ! むぎゅむぎゅむぎゅぅ~ん……。う、うう。わ、分かった」
「やった! よし、行こう!」
「うみゅぅーん…………」
にゃんごろーは、項垂れながらも不承不承頷くという器用なことをした。
正直、プロの不思議ハンターとしての矜持は、どうでもよかった。魔獣キノコに食べられてしまうかもしれないという目の前(?)の脅威に比べたら、瑣事に過ぎなかった。
それでも頷いたのは、ひとりぼっちになることが怖かったからだ。
にゃんごろーが同行をお断りしたら、魔法釣りネコーはにゃんごろーを置き去りにしてひとりで現場に向かうだろう。そうしたら、にゃんごろーは目に見える脅威は今のところないとはいえ、危険……かもしれない真夜中の塔の中でひとりぼっちになってしまう。
にゃんごろーは、塔内部でひとりぼっちになる恐怖と、相方がいるとはいえ魔獣かもしれない巨大キノコ生物がいるフロアに足を踏み入れる恐怖を天秤にかけ、後者を選んだのだ。
にゃんごろーは、いざとなったら魔法釣りネコーをおとりにして逃げよう……と心ひそかに決意を固め、大人しく魔法釣りネコーに連行され、エレベーターに乗り込んだ。
一つ下に降りるだけなので、エレベーターはあっという間に到着した。
ドアが開くなり、魔法釣りネコーはお帽子まみれになるのも構わず駆け出していく。
「わぁ! すごーい、すごーい!」
「ああ~! ま、待ってぇ~!」
「…………にゃっ!」
「ひとりにしにゃいでぇ~~」
「わ、分かった! 分かったから! 尻尾を掴まないでよ!」
にゃんごろーは、慌てて追いすがり、半泣きになりながらピンクグレーの尻尾を両手で掴む……というよりぎゅぎゅっと抱きしめた。もう離さないと言わんばかりだ。
魔法釣りネコーは尻尾を離すよう要求したが、にゃんごろーは手を緩めなかった。それどころか、抱えた尻尾をグイグイと引っ張った。
「キノコは、どこにでも生えてるんだからぁ、何かあってもすぐ逃げられるように、エレベーターの近くにいようよう!」
「え、ええー…………?」
子ネコーのような怖がりっぷりに、魔法釣りネコーは困惑の声を上げる。
こんなことなら置いてくればよかったなぁ、と連れてきたことを後悔しだしていた。
とはいえ、このままでは埒が明かないので、諸々諦めた。半ばにゃんごろーに引きずられるようにしてエレベーター方面へと戻っていく。
それでも、諦めたとはいえ、やっぱり愚痴は零れてしまう。
「もーう……。巨大キノコに監視されてるとかなら、怖がるのも分かるけど。全然、相手にされてないじゃない。たぶん、ボクたちがいることに気づいてすらいないよ」
「だって、だけど! いるんだもん!」
「こっちからなんかしなければ、向こうも何もしてこないよ」
「しょ、しょんにゃの、分かんないでしょ! 何がスイッチィー♪……ににゃるか、分かんないみょん!」
にゃんごろーは、ぎゅぎゅっと細長いピンクグレーを抱きしめたまま、魔法釣りネコーが零す愚痴にもふもふと反論した。もふもふと首を左右に振りながら、声を潜めつつ語気を強めるという器用な技を披露した。
実際、魔法釣りネコーの言う通り、巨大キノコたちは深夜の来訪者のことなど気にも留めていなかった。ゆっくりとフロア内を歩き回りながら、お帽子を飛ばしている。
背の高いカサの下から、カラフルを振りまいている。
粒子の細かさは、小さいキノコも大きいキノコも一緒のようだ。ただ、量が違う。天井にして床なガラスを彩っていたのは、ほとんどが巨大キノコのお帽子だったようだ。
巨大キノコは、小さなネコーたちよりもずっとずっと背が高いため、にゃんごろーたちは覚悟していたほどお帽子まみれにはならなかった。
視界も割合に良好だ。
今のところ、危険な兆候は、とある不思議ハンターネコーの脳内以外には見当たらない。
魔法釣りネコーはため息をついて、もう一つ愚痴を零した。
それが、転機になった。
「てゆーかさぁ。別に、エレベーターの近くに居なくても、もし何かあったら、魔法の通路を開いてそこから逃げればいいんじゃない? 塔内なら、どこにだって呼べるんだからさ。エレベーターのドアが閉まるよりも、魔法の通路を自分で閉める方が早いと思うけど……」
「……………………はっ! しょれは、たしかにぃ!」
にゃんごろーの両腕の中から、ピンクグレーがスルンと抜け落ちた。魔法釣りネコーは、その期を逃さず、すかさず尻尾を自分の体に巻き付ける。
にゃんごろーは、カカッと両目を見開きながら、もふ頭の中を高速回転させた。
そして、一つの最適もふ解を導き出した。
「分かった! それなら、ここからは、自由行動にしよう! 魔法の通路は、それぞれで作って、自分で閉める方が、早くて安全だしね!」
「ん? うん? いいけど、突然どうしたの? どういう風の吹き回し?」
「だって、ほら! 一緒に居たら、先に現れた方の魔法通路に一緒に飛び込もうとしてごっつんして大惨事ぃー!……とかになりそうじゃない?」
「あー、なるほど? まあ、別にいいよ。ボクとしては、願ったり叶ったりだしね」
「じゃー、けってーい!」
にゃんごろーは、そそくさと魔法釣りネコーから距離をとった。
そして、早速足元に魔法の通路を呼び出した。
これで、何があっても大丈夫。
何か起こったら、あらかじめ用意しておいた通路にすぐさま飛び込んで入り口を閉じればいいのだ。
魔法釣りネコーの気が済むまで、にゃんごろーは即席避難通路の傍で待機する予定だった。
魔法釣りネコーはそれを見て「そういうことか」と苦笑いを浮かべたが、特に何も言わず、にゃんごろーのことはすっぱり忘れて、お帽子をまき散らしながらゆったり歩いている巨大キノコの元へ向かった。
にゃんごろーはそれを見て、「やっぱり。これこそが正解だった」ともふ胸を撫でおろしつつ竦み上がる。
「うーん。太古の煙突の煙の正体は、煙突の中で暮らしている巨大キノコのお帽子だったとはねぇ。ふふ。カサの下から煙が出てくるタイプのキノコ型煙突みたいでもあるよね! 太古の煙突は、キノコ煙突の工場だったってことかな?」
「うん、そうだね……」
不思議ハンターの仕事を放棄したにゃんごろーに変わって、魔法釣りネコーが楽しそうに自説を披露したが、にゃんごろーはソワソワ・ビクビク、話半分だ。
魔法釣りネコーは気のない反応をスルーして、今度は足元のベビー春キノコたちに注目した。
「あ! 巨大キノコは背が高すぎてカサの模様が見えなかったから気づかなかったけど、これ! これ! カサの色と、同じ色のお帽子をまき散らしてるんだ! へえ! へええ!」
「…………ほ、ほう? しょーなんだ?」
にゃんごろーは、今度は興味を示した。
巨大キノコたちの動向に注意をしつつも、チラリと足元に目を落とす。
にゃんごろーのもふ足の先に、ピンクと水色のマーブルキノコがあった。そのカサの下から、ピンクと水色のお帽子が、しゅわん・しゅわわん……と帯を描くように旅立って行く。
少し離れた場所のオレンジと黄緑の格子柄キノコからは、オレンジと黄緑のお帽子が飛び立ち、空中で時折、カサと同じ格子柄を描いた。
「ほ、ほんとだぁ…………」
なんとも心躍る光景だった。
にゃんごろーは、しばし巨大キノコへの警戒を忘れ、とはいえ臨時避難経路から離れることはせず、視線だけを彷徨わせて、春キノコとお帽子のショーを楽しむ。
そして、ふと――――魔が差した。
(お帽子を飛ばしている最中のキノコを齧ったら、どんな魔法が見えるんだろう……?)
思い立ったにゃんごろーは、後先考えずに、即座に実行した。
ひょっとその場にしゃがみ込み、摘み取ることはせず、足元のマーブルキノコをサッと魔法で炙り、カサの端っこを齧…………ろうとしたその時。
けたたましいアラームが、フロア中に鳴り響いた。




