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その22 キノコのお帽子飛んできました。

 卵のお船がパカッと開いて。

 中からふたりのネコーが、もつれ合い、絡み合いながら。


 ぽてころにゃろん――――と転げ落ちて来た。


 飛び出そうとして、失敗したのだ。

 下敷きにされたタンポポがいくらか犠牲になったが、体が柔らかいネコーたちは無事だった。

 ふたりは、もつれ合ったまま、タンポポ野原を転がっていった。


「あー! にゃー! ちょっとーお! 離れてぇー!」

「にゃ、にゃうっ! き、君こそー!」


 ふたりは、「にゃごにゃご」叫びながら、手を振り回し、足を振り回した。

 尻尾もぶんぶん振り回っている。

 その内、わやくちゃに振り回していたもふ足で、お互いがお互いを蹴り飛ばし合い、ふたりは反対方向に転がっていった。

 もちろん、わざとではない。

 たまたま。偶然。同じタイミングで。

 とにかく離れようとやみくもに振り回していたもふ足が、ネコーキックになってしまったのだ。

 回転が止まると、ふたりは蹴ったことも蹴られたことすら忘れて、ガバアッともふ身を起こした。

 どちらのもふ顔も喜色満面、キラッキラに輝いている。


「はっわあ――――ん♪」

「うわはぁー!」


 歓声が重なりながら夜空へ響き渡る。

 言うまでもないと思うが、ふたりのネコーとは、にゃんごろーと魔法釣りネコーのことだ。

 ふたりは今、卵の船に乗って、タ・イーコの塔のてっぺんへ、にゃろんごろんと降り立ったところだった。

 時刻は深夜の真っただ中。

 本来ならば、とっくに「おやすみなさい」をしていてもいい時間だ。

 実際、ふたりもそうするつもりだった。

 春の焼き魚を食べてお腹がいっぱいになった後は、ネコー同士の会話を大いに楽しんだ。そうして、夜は更けていき、そろそろ寝ようかとどちらからともなく言いだしたときに、夜空に光が走ったのだ。

 何が起こったのかを察した二人は、それぞれの方向へ走り出した。

 にゃんごろーは卵の船へ、魔法釣りネコーは塔へ向かって、走り出した。

 にゃんごろーは空から、魔法釣りネコーは塔のエレベーターを使って、塔のてっぺんへ向かおうとしたのだ。

 おとうふ案件ではないからか、この時はにゃんごろーの方がちょっぴり冷静だった。卵へ急ぎつつも、魔法釣りネコーが塔へ向かおうとしていることにちゃんと気づいたにゃんごろーは、そのもふ背が森の奥へと消える前に、大声を張り上げた。


「塔まで走っていくよりも、卵に乗った方が、早くてっぺんまで行けるよ! 乗って!」

「……………………え!? でも、それ、ひとり乗りじゃないの?」


 ズザザーッと止まった魔法釣りネコーは、だからと言ってすぐに卵に方向転換したりはしなかった。

 当然の疑問を口にする。

 しかし、にゃんごろーは余裕の顔つきで答えた。


「大丈夫! ちょっと狭くなるけど、ネコーならふたりくらい、乗れる! ネコーは軽いからね! 重さ的には、大丈夫! もっと重いお土産を載せたこともあるからね!」

「わ、分かった! そういうことなら、お邪魔するよ」


 魔法釣りネコーは、おひとり様用の卵の中に遠慮なく突撃し、ふたりはもつれ絡み合う一つのもふもふした塊になった。

 にゃんごろーのおなら問題については、ふたりとも綺麗さっぱり忘れ去っていた。


 ――――とまあ、こんなわけで。


 ふたりはひとり乗りの座席で抱き合い絡まり合うようにして、塔の天辺までやってきたのだ。重さの問題もあるが、体の柔らかいネコーだからこその荒業だった。

 操縦は魔法なので、手足が使えなくても、何の問題もなかった。

 にゃんごろーは上昇と共に、殻を前面スクリーンに切り替えた。

 急いで天辺に向かうための卵船だったが、速度は心持ゆっくり目になった。


 だって、もったいない。

 こんなに綺麗なのに、バビュンと飛んで行ってしまうなんて、とてつもなくもったいない。


 本当は、天辺に向かって斜めに急上昇するつもりだったけれど、にゃんごろーは、塔から少し離れた湖側から、まずはそれなりの速度で上昇していくことにした。

 屋台のラーメン屋の誰かが言っていたように、長い長い煙突の天辺から色のついた光る煙が噴き出しているようにも見える。

 魔法の絵筆だとすると、随分と毛足の長い絵筆だ。夜空にいたずらをするつもりが、夜空キャンパスまで届かなくて、絵筆の先が彷徨っているようにも見えた。

 おそらく、風の影響を受けているのだろう。

 色のついた光は、すこおし揺らめきながら真っすぐに立ち昇ることもあれば、横に流れる時もあった。

 光の範囲は決まっていて、そういうところは、煙というよりも絵筆の先が動いているような感じだった。

 鮮やかな光もあれば、滲むようにぼんやりした光もあった。

 光の色は、きまぐれだった。

 煙に向けて、いろんな色のライトが気まぐれに散歩をしているようだ。

 色は時に重なり合い、様々な表情を見せてくれた。

 万華鏡のようにガラッと様相を変える時もあれば、ゆっくりとグラデーションを帯びていく時もあった。

 近づくにつれ、より複雑で曖昧な変化を感じ取れるようになった。

 ふたりのネコーは、卵の中で絡み合い抱き合いながら、夜空を彩る光のショーに酔いしれた。


 ――――そうして、着地と同時に絡まり合っていたことを忘れて飛び出そうとして失敗し、今に至るというわけなのだ。


 卵から転げ落ち、お互いから解き放たれて反対方向へ転がったネコーは、起き上がると同じ場所に向けてダッシュした。

 目指すは、塔の真ん中。

 魔法のエレベーターがある場所だ。

 天辺に到着した卵の船は、サイドからふよんと中央へ向けて横滑りするように飛んで行き、煙の発生場所にほど近いところで着陸した。だから、ネコーの短い脚でもさして苦労せず辿り着いた。

 エレベーターの姿はない。

 けれど、煙は間違いなくエレベーターがあった場所から噴き出ていた。

 時に勢いよく、時にほよほよと――――。

 ふたりは、煙が当たらない場所から、じっくりとその不思議を観察する。


「うーみゅぅ。色と光は、綿毛をフーした時の魔法みたいだねぇ。でも、煙は、塔の中のどこかから、魔法のエレベーターと……魔法の通路を通って、お外へお出かけしている……?」

「それっぽいねぇ。…………うっわあ。太古の煙突は、塔の魔法とネコーの魔法がいい感じに合わさって出来上がったのかぁ。うわぁー。うわぁー。塔の不思議を一つ、解明しちゃったね!」

「うみゅ! 不思議ハンターにゃんごろーにかかれば、これくらいは! お茶もお菓子もおかわり三杯!」

「はいはい、お茶の子さいさいだね」


 魔法釣りネコーは子ネコーのようにはしゃぎながらも、にゃんごろーのにゃんごろーをサラッと捌いた。

 ふたりは、頭を低くしながら、もうちょこっとだけ煙に近づいた。


「うーん? これは、煙? キノコを焼いている? 煙突……はっ! キノコがお風呂に入っている!?」

「ん……ふふっ、ふふふ。焼きキノコなのか、茹でキノコなのか。謎は深まるばかりだね? ふっ、ふふふふふ」

「うぅーん。スイ・ジョー・キィー♪…………では、なさそうだねぇ」

「水上キー……? あ、水蒸気か! ふっ、あはは! あはははは!」


 にゃんごろーが、もふもふ体をうねらせながら歌うように呪文らしき何かを唱えると、呪文の正体に気づいた魔法釣りネコーはお腹を抱えてしゃがみ込み、笑い出した。


「うーみゅーう…………はっ! 待てよ! にゃんごろー、閃いちゃった! タ・イーコの塔は春キノコの楽園! つまり、これは、キノコのお帽子なんじゃにゃーい!? にゃんごろー、大発見じゃにゃーい!?」

「キ、キノコのお帽子……? お帽子……………………あ! キノコの胞子か! うん、そうだね。じゃ、確かめに行ってみよう!」

「……………………え?」


 煙説も水蒸気説もしっくりこないとにゃんごろーは頭を捻った。そして、ついに閃きを得た。自らの発想に大興奮するにゃんごろーだったが、その説に賛同した魔法釣りネコーが現場検証を提案すると、顔を引きつらせて、三歩後ろに下がった。

 魔法釣りネコーは気にせず、煙の吹き出し口に向かって叫ぶ。


「エレベーター! 胞子の発生元へ連れてってー!」

「あ、え? ちょ、ま、待ってえ…………!」


 にゃんごろーは、情けない声で保留を呼びかけたが、エレベーターはすぐにやって来た。

 エレベーターがやって来ても、胞子(仮)は相変わらず噴き出している。エレベーターの中を突き抜けて空へ旅立っているのかと思ったが、ドアが開いてみれば、箱の中の空気はクリーンだった。

 胞子(仮)は、エレベーターを介さず、魔法の通路を直接伝って、エレベータの天辺から夜空へと旅立っているのだ。

 何とも不思議だが、これも塔の魔法なのだろう。

 にゃんごろーは、その不思議を検証することを放棄し、へっぴり腰でエレベーターへの乗箱を辞退しようとした。


「あ、ちょ……あの、その、にゃ、にゃんごろーは……お留守番してるから……」

「何言ってるのー! 君は、不思議ハンターなんでしょ? 一緒に不思議を確かめに行こうよ!」


 しかし、魔法釣りネコーは、にゃんごろーの撤退を許してくれなかった。にゃんごろーの腰へ手を回し、逃げないようにがっしりと拘束する。


「あのでっかいキノコを怖がってるの? 大丈夫だよ! 僕は、あの後もひとりで探検してみたけれど、ベビーキノコたちの世話をしているだけで、無害だったよ?」

「で、でも。お帽子ぶわわーの時だけ、凶暴になったりとか、するかもじゃない?」

「もー! なんでそんなにビクビクしてるの? 大丈夫だよ! その時は、僕が炎の魔法で炙り焼きにしてあげるから。そしたら、明日の朝ごはんが一品増えるかもよ?」

「う、それは、頼もしいけど、魔獣を倒したこと、あるの? 本当に、炙りキノコに出来るの?」

「大丈夫だって! 春の魚だって美味しい焼き魚にしてあげたでしょ? 春キノコだって、いけるって! ね?」

「ううー……。でも、春キノコは、美味しくないし…………」


 すっかりテンションが上がりきった魔法釣りネコーは、にゃんごろーがごねても許さなかった。グイグイと同行を迫ってくる。

 にゃんごろーがいた方が、面白い珍説解説を楽しめると思ったからだ。

 それに、これまでに何度か一人で探検に来てみたが、巨大キノコに危険を感じたことは一度もなかった。巨大キノコはいつだって、ベビーたちの世話を焼いているだけで、魔法釣りネコーがしゃべりかけたり触ったりしても、何の反応も返さなかった。こちらから危害を加えようとさえしなければ、キノコもまた無害なのだと考えていた。

 だから、大丈夫なはずなのに、いつまでもごね続けるにゃんごろーに、魔法釣りネコーは切れた。

 そして、対にゃんごろー向け伝家の宝刀を放った。


「お留守番を選ぶなら、君にはもう、魚を焼いてあげないよ?」

「……………………え!?」


 魔法釣りネコーは、じたばた暴れていたにゃんごろーから手を離した。これでもダメなら諦めようと思っていた。

 しかし、解放されたにゃんごろーは、逃げ出したりはしなかった。

 衝撃を受けて、その場でワナワナと震えている。

 ふたりは、無言で見つめ合った。

 魔法釣りネコーは、これはいけそうだなと思った。けれど、その気持ちを押し隠し、「二言はない」とばかりの厳しい顔つきでにゃんごろーを睨むように見つめ返す。


 にゃんごろーは、葛藤していた。


 にゃんごろーは、両手をもふっと上げ、しばらくしてからもふっと下げた。

 にゃんごろーは、右を向いて止まり、左を向いて止まり、また正面に戻って魔法釣りネコーと見つめ合う。


 にゃんごろーは葛藤していた。


 何でもない時なら、「別にいいもーん!」と捨て台詞を残して走り去り、飛び去るところだった。

 春の焼き魚は惜しいけれど、魚に釣られたせいで、にゃんごろーが魔獣キノコに食べられてしまっては元も子もない。それに、魔法釣りネコーに頼らなくても、探せば湖の魚料理を出すお店だって見つけられるだろう。自分で捕まえて宿に持ち帰って料理をしてもらうという手もある。

 それだって、いいのだ。

 本当は、そうしたかった。

 でも、今は無理なのだ。

 それはできない相談だった。

 大事なことを思い出してしまったからだ。


 にゃんごろーはまだ、毒のぶーが出ていないのだ。


 出そうな気配もない。

 となれば、人里に戻ることは出来ない。

 魔法釣りネコーと別れたら、ひとりで夜を過ごさなければならない。卵船に閉じこもれるなら魔獣や獣に教われる心配もないし、ひとりで野宿も怖くないが、今はそれも出来ない。

 だって、寝ている間にすごく臭いぶーが出るかもしれないのだ。

 密室ですごく臭いぶーは、地獄だ。


 それに何より、朝までにぶーが出なければ、朝ごはんがものすごく寂しいことになってしまう。


 キノコ魔獣に食べられては元も子もないと言っておきながら大いに矛盾しているのだが、にゃんごろー的には全く矛盾していない。

 だって、春魚は、別の人やネコーに料理してもらうことも出来るのだ。プロの料理人に料理してもらえば、もっと違う味わいも体験できるだろう。

 けれど、明日の朝ごはんは、今よりちょっとだけ先にある、切実な問題なのだ。そして、それに関しては、今のにゃんごろーが頼れる相手は魔法釣りネコーしかいないのだ。

 結局、にゃんごろーは目先のおとうふに負けた。

 大敗北した。


「分かった。一緒に行く。でも、もしもの時は、絶対に守ってね?」

「やった! うん、任せて! その時は、君に春の炙りキノコをご馳走するよ!」

「だから、美味しくないんだってば……」


 にゃんごろーは了承の意を伝えながらも、情けない交換条件を出してきた。魔法釣りネコーは、笑顔で安請け合いをしてくれた。

 こうして、ふたりはようやく。

 待ちくたびれていたエレベーターへともふ足を運ぶ。

 

 ひとりは意気揚々と。

 ひとりは、項垂れながら――――。


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