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その21 とあるネコーの隠し事

 春の焼き魚を食べ終え、すっかり満腹になったにゃんごろーは、満ち足りた気持ちで両手のもふ毛に染み込んだ常春柑橘の匂いをクンクンしながらくつろいでいた。

 魔法釣りネコーは、まだお食事の途中だった。

 静かに揺れる、魔法の炎。

 いい夜だな、と思いながら、にゃんごろーは「くふん」と鼻を鳴らした。

 ここに一杯のお茶があれば、本当に申し分ない。

 けれど、その不足もまた、野外の醍醐味だと思った。

 そうして、柑橘の残り香に「くふくふ」酔いしれている内に、魔法釣りネコーも食事を終えた。


「それにしても、突然だったね? てゆーか、まだお店が閉まっちゃう時間でもなかったよね? もしかして、人間のお店で何かしでかして、出禁になっちゃったわけじゃないよね?」

「ち、ちちちちちち、違ーうよーう!」


 魔法釣りネコーは、腹が満ち足りて落ち着きを取り戻したにゃんごろーに、改めて尋ねた。食事の間にフッと浮かんで来たとある推測もぶっ込みで尋ねてきた。

 にゃんごろーは、それを「ひどい濡れ衣だ」ともふ顔を激しく左右に振って否定した。

 そして、そのまま。わちゃもふと腕を振り回しながらの弁明タイムに突入する。腕だけでなく、尻尾もふよんふよんと振り回し、にゃんごろーは我が身の潔白を表明するため、ここに至るまでの過程を力説した。

 笑いながら話半分に聞いていた魔法釣りネコーだったが、春キノコ専門店が春キノコ料理を味わうためのお店ではなく、春魔法を体験するための店だったと分かったとたんにビカッ覚醒した。


「つ、つつつつ、つまり! 春キノコを食べることで、春の魔法を体に取り込んで、全身の内側から春の魔法を味わい尽くすってこと!?」

「わ!?……………………う、うううううん? そ、そそ、そう。そうだったの」

 

 魔法釣りネコーは興奮のあまり、もふもふズズイと魔法の炎の中に顔を突っ込んで、にゃんごろーに顔を近づけて来た。炎の中に顔を突っ込む勢い……ではなく、本当に突っ込んできたが、文字通り、ではなかった。

 炎がササッと左右に避けたからだ。

 にゃんごろーはいろんな意味でびっくりして仰け反ったが、すべては魔法が原因なのだと気づくと落ち着きを取り戻し、仰け反ったまま頷いた。

 魔法釣りネコーは、春の湖で春の魔法を釣り上げてそれを絵にすることを趣味……あるいは生業にしているネコーなのだ。食に対してはさして興味がないから、のほんと聞き流していたけれど、春キノコを食べることで春魔法を体感できると聞いては黙っていられなかったのだろう。それが故の興奮でグワッと乗り出したもふ身を炎がササッと避けてくれたのも、魔法が故だった。焚き火の炎は、そもそも魔法釣りネコーの魔法による炎なのだから、その炎は魔法の技で自在に操れるのだ。とはいえ、今のはおそらく無意識で魔法を使ったのだろう。

 しかし、そうと分かってみれば、なんとも残念なことをしたな、とにゃんごろーは自分の調査不足を改めて恨んだ。

 おとうふ的な観点からではない。


「失敗したなぁ。もっと、ちゃんと調べて、お料理じゃなくて魔法の専門店だって知ってれば、君のことを誘ったのになぁ」

「うん、そういうお店なら、ボクも大いに興味があるよ。今度行ってみる!」


 魔法釣りネコーは、にゃんごろーにピンクグレーのもふ顔をズズイと近づけたまま、鼻息を荒くした。もう少し離れてほしいと思いながらも、にゃんごろーは「そういうことじゃないんだよ」と首を横に振った。もふ顔ともふ顔がぶつからないように気を付けながら、軽く横に振った。

 興味を持ってもらえたことは嬉しいのだが、にゃんごろーとしては「行ってみる」と未来に想いを馳せるのではなく、その前にまず、後悔の理由を聞いてほしかったのだ。それに、未来の展望を語るにしても、そこは「ひとりで行ってみよう!」ではなく「一緒に行こう?」と誘ってほしかった。

 にゃんごろーは、もうちょっと離れての意と諸々のもふ身勝手な憤慨を込めて、テシタシとピンクグレーのもふ顔を肉球で叩きながら、お気持ちを表明した。


「そうじゃなくってぇ。そういうお店だって、知ってるから、こその! ふたりで一緒にお店に行きたかったの! 先にごはんを食べてから、魔法を心行くまで味わって、それから人里離れた湖のほとりでお茶をしながら、それぞれの感想を語り合ったり! それか! 軽く小腹を満たしてから、魔法を堪能して、その後に人里離れた湖のほとりで春の魚を味わいながら、お互いの魔法体験を語り合ったり! きっと! その方が! 楽しかった!」

「ああ、なるほど。出来れば、初めてはひとりでじっくり余韻に浸りたい気もするけれど、でも、それぞれの体験を語り合えるなら、誰かと一緒というのも悪くないね。みんな同じような春を体験するのか、それともネコーによってそれぞれなのか。キノコの柄によって違うのかとかも、試してみたい。うわー。通いたいかも、その店。店主のネコーとも、春の魔法について、語り合ってみたい」

「うんうん、そうでしょー? 君になら、喜んでもらえると思ったんだー。さすが、にゃんごろー。いい情報をお届けしちゃったー♪」

「元は、ボクが君に教えた情報だけどね?」

「にゃふっ♪ そうだった♪ でも、それを春魔法情報に変身させたのは、にゃんごろーお♪ にゃんごろーの、お・て・が・らぁん♪」


 テシタシの甲斐あって、ピンクグレーのもふ顔は割れた炎の向こう側へ戻っていき、割れていた炎も元通りになった。

 にゃんごろーは言いたいことを「にゃおう!」と言い切り、それだけで満足したようだ。魔法釣りネコーの返答は、にゃんごろーの言い分をざっくりと受け入れつつも、にゃんごろーオンリーにフィーチャーしたものではなかったが、にゃんごろーはその辺りはまるっと聞き流し、なぜか図々しくも自画自賛を始めた。

 魔法釣りネコーは、それを聞き流さず冷静に事実を言葉にして差し込んだが、にゃんごろーは「にゃふっ」と笑って座ったままもふもふと踊り出し、自らの手柄を弾む歌声にのせて主張した。

 魔法釣りネコーは「やれやれ」と笑いながら首を振り、それから、ふと首を捻る。


「あ、ねぇ?」

「んにょ?」

「そういえばさ? なんかやたらと、人里離れた湖のほとりにこだわってたみたいだったけど、なんかあるの? もしかして、今回の突撃訪問にも、関係してる?」

「ドキッ……!」


 鋭い指摘に、にゃんごろーは踊りを止め、両手で胸を押さえた。

 魔法釣りネコーのジト目が、目を泳がせているにゃんごろーを貫く。

 いや、大事な話ではあるので、ちゃんと最後まで話すつもりではあったのだが、話す前に相手から指摘されると狼狽えてしまうのだ。それに、空腹のあまりとはいえ、いつお尻から出るともしれない『毒のぶー』のことを黙ったまま夕ごはんのご相伴にあずかってしまったことへの後ろめたさもあって、にゃんごろーは、へどもどした。


「あ、やっぱり。どういうことなのかな? 説明してもらえる?」

「う、しょの。あのね?」

「うん。何かな?」


 俯いてもじもじと上目遣いになるにゃんごろーを、魔法釣りネコーは笑顔で追い詰める。

 にゃんごろーは、右へ左へと視線を揺らし、最後に揺れる炎に視線を定めて白状した。


「あのね、春キノコは、毒キノコだったの」

「うん?…………あー、ネコー専門の店ってことは、人間には食べられないけれど、ネコーなら魔法で毒を分解できるってこと?」

「そう」

「んん? それ、そんなに隠すこと? それに、そこまで人間を避ける必要、ある? あ、興味を持たれると面倒だから、人間のいるところでは、お店の話をしないでってお店のネコーに言われたの?」

「う、ううん。そういうことは、言われてにゃい。それに、お店は、ふりかけの魔法で、森の中で隠れん坊してるから、ネコーでも、魔法があんまりなネコーだと、辿り着けないようになってた。最初から、ふるいで、ふるふるふるぅー♪……だった」

「ああ。お店に辿り着けるのは、毒を解除できるだけの魔法を使えるものだけってことか。ちゃんとふるいにかける仕掛けが施してあるんだね」

「うん。ふるふるぅ♪……してあった」

「うーん? じゃあ、なんで? 他に何を隠してるの?」


 魔法釣りネコーは、興味がある分野には随分と察しが良かった。にゃんごろーが説明する前に、どんどん先回りされていく。怪しいにゃんごろー語も、あっさり解読していた。

 にゃんごろーは、観念した。

 いや、別に最初から隠すつもりはなかったのだが。ドキッとさせられなくても、全部話すつもりではあったのだ。けれど、詰問されると、観念して白状するみたいな気分になってしまうのだ。

 茶番を始めたくなってしまうのだ。

 罪ネコー気分を味わい、そして、それをちょっぴり楽しみながら、にゃんごろーは重々しく口を開いた。


「春キノコは、魔法のキノコ。その魔法が強すぎて、食べると毒になっちゃうこともあるんだって」

「ああ。魔法に中てられちゃうってこと?」

「そう。人間が食べると、死んじゃうこともあるんだって」

「なるほど。それは、ふりかけ隠れん坊魔法をしっかりかけとかないとだね」

「そうなんだよ。でも、ネコーなら、魔法で魔法を『えいやー!』できるんだ」

「うんうん。なるほど」

「だけど、『えいやー!』した時の…………福笑いがあるんだ」

「…………んっふ。なるほど、副作用が」


 にゃんごろーの口調は重々しいが、重々しい雰囲気にはならなかった。

 魔法釣りネコーは「急にどうしたんだ?」という顔をしただけで、茶番には乗ってこなかったし、口調だけ重々しくても内容というか言葉遣いににゃんごろー味が混じると、おかしみの方が湧いてきてしまうからだ。

 にゃんごろーは、魔法釣りネコーのノリの悪さを残念に思いつつも茶番を続行し、少しためた後、ヒタリと目を光らながら言った。


「春キノコを食べると、毒のぶーが出ちゃうんだ」

「毒のぶー?……………………あ、毒のおならってこと? え? ちょっと、いつ? いつ出るの? てゆーか、なんで、ここに来たの!? ボクを巻き込まないでよ!」

「まー、ままま、待って! 待って! 待って! ネコーは大丈夫! ネコーは大丈夫なの! 人間には毒だけど、ネコーは大丈夫なの!」

「…………………………………………あー。なるほどね? それで、人里離れることに固執してたんだ。まだ人間のお店がやってる時間なのに、食いしん坊なネコーが空腹抱えてこんなところに来るなんて、何事かと思ったら、そういうことなんだ」

「う。はい。そう。先に言わなくて、ごめんなさい。ここに来たら、お魚、分けてもらえるかと思って…………」

「ん……んん…………もう、仕方ないなぁ」


 茶番は茶番なだけに茶番で終わった。

 重みを帯びた、まぬけさを纏う一言は、本気で重く受け止めたネコーによって、わちゃわちゃにされ、最後はにゃんごろーの炎を挟んだ見事な平身低頭土下座で手打ちとなったのだ。

 にゃんごろーが、土下座のまま「ひとりじゃ怖いし寂しいから、今夜は一緒に野宿をしてほしい」と頼むと、魔法釣りネコーは「ネコーにとっては、ただのおならなら、まあいいか」と少し距離をとることを条件に許してくれた。

 にゃんごろーは「ははー! ありがたき幸せぇー!」とひれ伏しにひれ伏しまくった。


 たった一つだけ、内緒にしたことがあったからだ。


 春キノコ屋の店主は「毒のおならは、ネコーには無害だけど、すごく臭い」みたいなことを言っていた。にゃんごろーは、それを覚えていた。けれど、それは言わなかった。内緒にした。

 だって、せっかく見つけた野宿の相手なのだ。

 真実を知った魔法釣りネコーに「そんなに臭いおならなら、一緒にいるのは嫌だ」と断られてしまったら元も子もない。

 わざわざ言わなくても、おならは元々臭いものだから……と自分に言い訳をしながら、にゃんごろーはたった一つの隠し事の気まずさを誤魔化すように、ひれ伏しまくった。

 魔法釣りネコーは、にゃんごろーの隠し事に気づくことなく、笑い転げていた。


 こうして、ふたりの野宿が決定したのだが、結局、ふたりで一緒に野宿の会は、就寝の直前でお開きになった。

 臭いぶーが出てしまい、怒った魔法釣りネコーに追い出されてしまったからではない。


 タ・イーコの塔が、夜空に魔法を描き出したからだ。


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