その16 春で夏をサンドしました♪
腹の音演奏会が最高潮に達した頃。
注文の品が出来上がった。
「へい、お待ちぃ! ご注文の冷やしたお麺だぜいっ!」
「うわはぁ――――! こ、これはぁ! ラーのおメーンの冷たいヤツゥ♪」
「おう! 蕎麦でも素麺でもうどんでもねーぜ! 今日は、ラーのおメーンの気分だったからよ!」
キジトラネコーは椅子に座ったまま、スムーズに配膳を行った。
魔法で皿を浮かせて配膳したのだ。
危なげない見事な魔法配膳だった。
ふよーり、コトリと到着した平皿を覗き込み、にゃんごろーは歓声を上げた。
黄色みが強くてツルシコしていそうな縮れ麺の上には、細長く切り揃えられた色とりどりの具材が美しくも楽し気に盛り付けられていた。
「具がいっぱぁーい♪ きれーい♪ キュウリだぁー♪ タマゴにチャーシューもいるぅーん♪ このピンク色のは…………のは……のは……え? ええ? トマト? トマトみたいだよ? え? ピンクのトマト?」
「おう! そいつは、春トマトってんだ。この島特有のトマトだぜぃ! 酸味よりも、甘みの方が強いトマトだな! さっぱりした甘さで食べやすいトマトなんだぜぃ!」
「へええええ! 春トマト! 初めて食べるぅ♪ たのしみぃん♪」
大好物のキュウリとトマトを見つけて、にゃんごろーは狂喜乱舞した。
しかも、トマトは初めて目にする……当然、食べるのも初めてなトマトだった。
ウキウキと心を浮き立たせながら、にゃんごろーはきちんと手を合わせ、ペコリともふ頭を下げる。
「それでは! いただきますーん♪」
挨拶をする時は厳かな顔つきをしていたが、顔を上げると同時に、ゆるゆるゆるんと笑み崩れた。顔の上で喜びの花を満開にしながら、にゃんごろーは箸立てから箸を二本取り出した。もちろん、魔法を使ってだ。
「あ、そういや、箸が使えるのか聞くのを忘れてたな。フォークも用意できるけど、どうするよ?」
「大丈夫でっす! 魔法を使ってもいいならぁ、問題なぁーし! 子ネコーの時に猛特訓したからね! にゃんごろー、お箸を使うの、上手なんだよー♪」
「へえ、そいつは大したもんだねぇ」
にゃんごろーが箸を取り出すのを見て、キジトラネコーは「そういや、忘れてた」と後ろ頭をもふもふと掻いた。
にゃんごろーは、笑顔で申し出をお断りすると、もふんと胸を張った。ネコーなのに、魔法を使ってとはいえ箸が使えるのは、にゃんごろーの自慢の一つなのだ。数多い自慢の内の一つであり、本当に感心してもらえる数少ない自慢の一つでもあった。はしたないからという理由で、にゃんごろーの方から率先して自慢をすることはしないが、相手側から触れられた場合はすかさず自慢をすることにしていた。
キジトラネコーは素直に感心してくれた。
しかし、残念ながらにゃんごろーはそれを聞き逃してしまった。
もふ頭の中は既に、何から食べようかなのおとうふ問題でいっぱいだったからだ。
にゃんごろーは右の肉球の手前で、ふよりと箸を待機させたまま、お皿の上をジジッと見つめる。
「うーみゅぅ。せっかく綺麗に盛り付けられているけど、こういうのは、おメーンの下に溜まっているタレと絡まるように、全部まぜまぜした方が美味しいんだよねぇ。目で美味しいものと、お口で美味しいものは、同じじゃ、にゃい! うみゅ! 盛り付けの美しさをしっかりと目に焼き付けたら……まぜまぜの儀ぃ♪ んー、でも、その前にぃ、春トマトはそのままで味わいたーい♪」
おとうふを語りながらも種類ごとに美しく盛り付けられた具材の彩を目に焼き付けたにゃんごろーは、皿の端につつましく横たわっている二切れの櫛切り春トマトの一つを、器用に箸で摘まみ上げた。自慢するだけあって、なかなかに洗練された箸さばきだ。遠目には、ネコーが箸を使っているように見えるが、実際には、もふ手は使われていない。それっぽく見せるために箸の近くに寄せているだけで、箸を動かしているのは魔法の力なのだ。
「へえ? 言うだけのことはあるねぇ。てっきり、箸を二本そろえてフォークみたいにぶっ刺すのかと思ったのに、ちゃんと箸で掴んでるよ。やるねぇ」
「あーむぅん。ん、んむっ。うん、うんうん。これが、春トマト。優しいピンクの見た目通りの優しいお味ぃん♪ これが、春の甘さ♪ 酸味は控えめで、えっと、あれ、それ、なんだっけ…………あ、しょだ! 清楚な甘さって感じぃん♪ 奥が、床!」
「奥ゆかしいって言いたいのか?」
キジトラネコーの誉め言葉は、トマトに夢中なおとうふネコーの耳をスルルンルンと通り過ぎて行った。
さっそく春トマトを味わい、おとうふに春トマトを語り出す。
キジトラネコーは褒め言葉スルーを気にすることなく、最後の不思議ワードを拾い上げて訂正ワードをぶつけてみたが、これもまたスルーされた。
「しゃて、しゃてぇ♪ しょれでは、いよいよ、お待ちかねのぉ、ま・ぜ・ま・ぜ・タァーイムゥ♪」
「んっふっふっふっふ。なるほど、いただきますの合図と共に誰も入り込めないおひとり様食いしん坊ワールドが展開されちまうんだな? なかなか面白いお客ネコーだねぇ」
にゃんごろーは、キジトラネコーの言葉には何一つ答えないまま、まぜまぜの儀式を始めた。両手をぐわーっと皿を包み込むように抱え込むように広げ丸めて、麺と具とタレと皿の脇に添えられていた辛子を混ぜ込んでいく。
箸は使わずに、魔法オンリーだった。
いや、その箸も魔法の力で動かしているので、箸が介入していたとしてもある意味魔法オンリーではあるのだが、この時、箸は上空でふよふよと待機をしている。
おとうふネコーの性格をなんとなーく掴んだキジトラネコーの方は、にゃんごろーの語りを楽しむことにしたようだ。
「子ネコーの頃はねぇ。まずは、具材そのものの味を確かめねばーって思って、具材を一つずつ食べて、それから、キュウリのゾーン、タマゴのゾーンって、麺とそれぞれの具材の味をまずは確かめて、それから最後に全部まぜりんこしてたんだよねぇ」
「まあ、そういう楽しみ方もありだあな」
「だけどねぇ。にゃんごろー、気づいちゃったんだよねぇ。全部まぜまぜしたのが、一番おいしいって。にゃんごろーも、おとなににゃっちゃったよねぇ。しみじみ・しじみぃ♪」
「……のおみそ汁ぅ♪」
「ねえー! しじみのおみそ汁、美味しいよねぇ」
「うおっ! びっくりしたな、おい」
「しゃて、よい感じにまざりんこぉー♪ しょれでは、いただいちゃおーっと♪」
「…………基準はよー分からんが、食いしん坊レーダーに引っかかったことにだけ反応するみてーだな」
反応が返ってこないのを承知で合いの手を入れていたら、「おみそ汁ぅ♪」のところで、グリンと顔を向けての肯定が返ってきて、キジトラネコーはうっかり椅子から転げ落ちそうになった。
しかし、にゃんごろーはキジトラネコーが「おいしょ」と座り直している内に、またおとうふな世界に入り込んでいた。
さっきのは、幻覚&幻聴だったのではと本気で心配になるほどのあっさりさっぱりした切り替えぶりだった。
まぜませを終えたにゃんごろーは、空中待機させていた箸を肉球の前に吸い寄せた。見る角度によっては、ネコーのもふ手に箸を装着しているように見えるが、実際にはそう見せかけているだけだ。この辺りの偽装も修行の賜物であった。
ちなみに、店主がネコーということもあって今回は気を抜いてネコー流のまぜまぜとなったが、人間のお店では、ちゃんと箸を使って混ぜているように見せかけることが可能だった。
ともあれ、まぜまぜは無事完了した。にゃんごろーは、箸を操り、最初の一口を摘まみ上げる。
おとうふ計算によって弾き出された、多すぎず少なすぎない、一口頬張るのにジャストな量だ。キュウリと錦糸卵とチャーシューが程よく絡まっている。
はむっ――――と一口を頬張り、啜り上げ……ているように見せかけた。ネコーの口ではうまく麺を啜れないので、魔法を使ってそう見せかけているのだ。なるべく、人間と同じように食べたいという、にゃんごろーのこだわりだった。
「はわぁ――――ん♪ お酢とお醬油と鶏ガラスープのタレぇーん♪ サッパリぃーん♪ この酸味がいいよねぇ♪ タレの甘さは、控えめで、だからこそ、細長タマゴの甘さが引き立つ。キュウリのサッパリシャクシャク。チャーシューのどっしり感。ラーのおメーンのツルツルシコシコ。おメーンがくにょくにょしているから、タレが絡まりやすく、具材を巻き込みやすい。つまり、美味しい♪ すっばらしぃーん♪」
緩んだ顔で一口を楽しみつくしたにゃんごろーは、飲み下すと同時に、踊るような感嘆のため息を洩らした。続けて、音符交じりのおとうふレポが始まる。途中、もふっと腕を組んでの本職食レポライターのような語りが混じったが、最後にはまた、音符が踊りまくった。
「ふみゅ。でも、これは、少し体がアッチッチィーな方が、美味しく食べられるね。ちょっと、暑くしてみるか」
「あ。そういや、言い忘れてたな。人間相手の時は、温度を上げるか聞いてみるんだけどよ。ネコーだから、自分で何とかするだろうと思ってよ。暑くした方が美味いぜって伝えるの、忘れてたわ。すまん……って、聞いてないな。まあ、いいか。ちゃんと自分で気づいたんだし、ネコーだから自分で何とか出来るんだし、結果オーライってヤツだな」
ネコーは魔法の力で体温を調整できる……というか、何なら自分の周囲の気温にも魔法で干渉できる冷暖房いらずのとてもズルい……うらやましい生き物なのだ。
おそらく、ネコー店主は客の注文内容や様子に合わせて、その客の周囲の温度を調整しているのだろう。暑がりさんにも寒がりさんにも個別対応が可能な素晴らしいサービスである。
「うん・うん・うん――――♪ ちょっと汗ばむくらいの方が、より美味しく食べられるぅーん♪ この冷たさもまた、ご・ち・そ・おーん♪ ひんやり・サッパリ・ずるるるるぅん♪ はーるのお島で、夏きっぶんー♪ それもまた、いいスパイスゥで、アクセントォーン♪」
火照るもふ身を(まあ、自分で火照らせたのだが)冷たい麺が滑り落ちていく心地よさに浸り、無言ずるるんを満喫していたネコーは、半分ほど食べ終えたところで、もう一度おとうふを語り出した。
口の周りをペロリと一舐めし、幸せそうに眼を細めると、再び無言ずるるんに没頭する。
最後の一口は、大事にとっておいた春トマトの一切れだ。
二切れあった春トマトの櫛切りの残りの一切れだ。
トマトで始めた一皿を、トマトで締めくくるのだ。
麺と具とタレをまぜまぜした時も、春トマトだけは、皿の淵にのせて独立を守り抜いた。
そのトマトを皿に残ったタレの中に水没させる。
最初の一口は、素材そのものの味を楽しんだ。
最後の一口は、タレを絡めて味わうつもりだった。
「あーむっ。んっ、んぅー? んー…………ん!」
にゃんごろーは、おとうふな期待を込めて、タレで着飾った春トマトを頬張った。
期待通りの味ではなかったのか、にゃんごろーは微妙な顔で首を横に傾げた。しかし、咀嚼をしている内に、曇り空になりかけていたもふ顔がパ・パ・パ・パ・パァーッと晴れていく。
「うぅ――――ん♪ 最初は、タレの味しかしなくて、失敗しちゃったかもーって思ったけど! でも! もぐもぐしてたら、タレの向こうから、春トマトがお顔を覗かせてきて、強すぎかと思ったタレの酸っぱいお味がちょうどいい感じにお腹に流れたおかげで、春トマトの爽やかで奥が床な甘さとちょうどいい感じになった! サッパリなタレだからこそ、お似合いな仲良しになった!」
「そうそう、そうなんだよ。春トマトには、ゴマダレよりもサッパリ系の醤油タレが合うんだよなぁー」
「確かにぃー! その通りぃーん♪ にゃふふ♪ 夏の冷たいおメーン料理を春のトマトでサンドイッチ♪ とっても素敵な一皿でしたぁん♪」
「…………お、おう。食べ終わっちまったら、すぐに普通な会話が出来るようになるんだな。ま、まあ、喜んでもらえたなら、何よりだぜ!」
「はい! 大変満足しました! ごちそうさまでした! お腹、パン・パン・パーン♪」
にゃんごろーの「パン・パン・パーン♪」に合わせて、二人組の客がやって来た。
小さなお店なのだから、食べ終わったものがいつまでも居座るのはよくないと、にゃんごろーは椅子を降りた。
二人客はテーブル席に座り、メニューを眺め出した。
今のうちに会計を済ませて退散しようとにゃんごろーはネコー店主に声をかける。
ミッションのことは、忘れたままだった。
もふ頭の中は、冷やしたお麺の余韻でいっぱいなのだ。
会計を済ませお礼の言葉を述べて店を出ようとするにゃんごろーの背中に、ネコー店主が思い出したように声をかけた。
「あ、そうだ! 食いしん坊で魔法の腕もいいアンタにおすすめの店があるんだよ!」
キジトラネコーからの耳より情報に、にゃんごろーは顔を輝かせた。
おとうふでお腹も頭もいっぱいで、にゃんごろーは失念していたが、それはにゃんごろーが探していた情報だった。
それは正しく、にゃんごろーが探していたお店の情報だった。
しかし、それはにゃんごろーが求めていたお店の情報ではなかった。




