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その15 冷やしたお麵の気分です♪

「にゃん・にゃん・にゃがにゃが・にゃにゃん・にゃーん♪」


 ご機嫌なネコーが鼻歌を歌いながら弾む足取りで繁華街の通りを歩いていた。

 歩いているというか、もはや鼻歌スキップである。

 時は昼時……には若干早い。

 お店の営業時間の違いにより、営業中の札と準備中の札が交錯する魔の時間帯だ。

 しかし、ネコーは札の表記に惑わされることなく、迷いのないスキップ足取りでズンズンチャッチャッと進軍して行く。

 今日のお店は、もう決まっていた。

 目当てのお店の開店時間までは確認していなかったが、まだ営業を開始していないなら、開始するまで待てばいいだけのことだ。

 だから、お目当て以外のお店が営業を始めているかどうかは、今は関係ないのだ。そのはずだった。


 だがしかし。


 弾み歩くネコーは、前方にある店先の立て看板に目を止め、鼻歌スキップも止めた。

 立て看板の店までは、まだあと数歩あるが、大きく腕と足を振り出したポーズのままで立ち止まる。

 立て看板には、白紙が張り出されていた。

 ネコーの目は、その一文に釘付けになっている。

 そこには、こう書かれていた。


『冷やしたお麺の気分です』



*** *** ***



 不思議ハンターを名乗るにゃんごろーは、おとうふなネコーでもあった。

 おとうふとは、知的好奇心と探求心に溢れた食いしん坊のことだ。ただ食い意地が張っているだけの食いしん坊とは一線も二線も画する食いしん坊のことだ。


 そのにゃんごろーは今、とあるおとうふミッションに挑んでいる真っ最中だった。


 事の発端は、太古の塔のキノコであり、共に塔内を冒険した魔法釣りネコーからの耳より情報にあった。

 なんと、この島にはネコーによるネコーのためのネコーにしか食べることが出来ない特別な料理――――毒キノコ料理の専門店があるというのだ。続いて魔法釣りネコーは、「ドーナツ島では、あんまりキノコは見かけたことないから、きっと太古の塔のキノコを料理しているんじゃないかな?」とにゃんごろーの耳元で囁いた。


 その情報は、にゃんごろーのおとうふ心をワシっとガシッと鷲掴んだ。


 魔法生物であるネコーは、人間には食べられないような毒性の強いものも食べることが出来る。魔法で解毒することが出来るからだ。とはいえ、まったくリスクがないわけではない。解毒に失敗すれば、命を落とすことだってあり得る。

 であるのに、通な常連さん向けの隠しメニューではなく、専門店にしてしまうということは、それだけ美味しいキノコに違いない、とにゃんごろーは考えたのだ。

 もはや、それが塔産のキノコかどうかは問題ではなく、純粋に特別なキノコ料理への興味がむっくりむくむく湧き上がって来た。

 しかし、残念ながら魔法釣りネコーから得られた情報は、そこまでだった。そんな噂を聞いたことがあるというだけで、店の場所どころか店の名前すら知らないと言うのだ。

 けれど、にゃんごろーはそんなことではへこたれなかった。


 分からないのならば、探せばいいのだ。


 にゃんごろーは俄然張り切った。

 魔法釣りネコーと別れ、宿泊先であるイチゴのお宿に戻ると、さっそく主人と女主人に尋ねてみた。あいにくと二人とも本命のお店については噂すら聞いたことがないようだった。


「人間は食べられないみたいだし、ネコーの間でだけ伝わっている噂なのかもしれないね」

「そうね。あ、そうだ。飲食店を営んでいるネコーなら、詳しい情報を知っているんじゃない?」

 

 そう言って二人は、ネコーが経営している料理屋をいくつか教えてくれた。

 にゃんごろーは、目を輝かせた。

 本命情報は手に入らなかったが、手がかりを一つずつ集めて本命に近づいて行くというのも宝探しゲームのようで面白そうだと思ったのだ。

 もちろん、ネコーのお店への純粋な好奇心からでもある。同じネコーとして、応援したいなという気持ちもあった。


 とまあ、そんなわけで。

 おとうふネコーによるおとうふミッションがスタートしたのだ。

 昨夜も早速、教わったお店がある繁華街へと繰り出していった。

 そして…………早々に失敗した。

 とはいえ、それは――――。

 一軒目は外れだった(店主のネコーは何も知らなかった)、という意味ではない。

 うっかり間違って人間のお店に入ってしまった、というわけでもない。

 目当てのお店がお休みだった、ということでもなかった。


 焼き鳥の匂いに誘われてしまったのだ。


 おとうふ的に大当たりのお店ではあった。大変に満足のいくお味だった。

 しかし、ミッションは大失敗だった。


 にゃんごろーは、少しだけ反省した。


 そして、今日こそは!――――と勇んで、昨夜と同じ繁華街へと繰り出してきたのだが。

 ――――――――だが。

 本日は本日で、今度は張り紙トラップにハマりかけていた。

 張り紙とは、アレである。


『冷やしたお麺の気分です』


 という、たぶん本日のおすすめメニューなのであろう一文が書かれたアレである。

 にゃんごろーは食い入るように張り紙を見つめた後、吸い寄せられるようにフラフラと立て看板に近づいて行き、その真正面に立った。

 にゃんごろーのもふ身が興奮に震え、唸り声が放たれる。


「ほわほわほわほわおぉぉぉぉお……」


 にゃんごろーは立札の真ん前で、両手をうねらせながら何度も上げ下げした。

 唸り声も続行中なため、まるで怪しい儀式をしているようだった。

 たまたま後ろを歩いていた人が「何事か!?」と身を竦ませ、視線を巡らせる。しかし、ネコーの仕業と分かると、唇の端をうねらせ笑いを堪えながら通り過ぎて行った。

 きっと、この辺りではネコーの奇行を目撃するのは日常茶飯事なのであろう。

 不審ネコーとして通報されなくて何よりである。

 やがて、にゃんごろーは唸り声を止め、もふりと腕を組んだ。


「冷やしたお麺とは、和国で夏に好まれる冷たい麺料理――――つまり、夏のお料理!」


 そして、何やら語り出す。


「ドーナツの島は、春のお料理や食材が好きな人たちが集まって出来た島のはず。それなのに、そういう気分になったからと、夏のお料理を提供するとは…………」


ドーナツの形をした常春島は、その名の通り一年中春の島ではあるが、別に春料理愛好家が集まって出来た島なわけではないのだが、にゃんごろーのもふ頭の中では、それこそがたった一つの真実になっていた。

 通りすがりの島民がいたら、偏向解釈いちゃもんかとハラハラしたかもしれない……が。


「素晴らしい! 実に素晴らしい!」


 ここで、大絶賛が始まった。

 ネコーは店先でもふもふと熱く語り続ける。

 通りに人がいないわけではないが、ネコーの声が届く範囲に歩行者はいなかった。


「春のお料理への愛を貫きドカーンする! それは、素晴らしいおとうふ! でも! 今日は夏のお料理の気分だからと、自分のおとうふ欲望のままにドパーンする! それもまた、一つのおとうふ! 他の春のお料理好きに遠慮することなく、自分の心に浮かんだおとうふを優先する! 潔い!」


 にゃんごろーは「にゃおう!」と吠えた。

 さすがに、店の中の店員にも聞こえていそうなのだが、店側からは何も反応がなかった。歩行者たちは吠え声に気づいたが、ネコーの仕業と分かるとすぐに警戒心を解いた。

 ここは、ネコーに優しい町のようだ。

 にゃんごろーは騒がしくしている自覚はないまま、「うんうん」と頷きだした。


「今日は、そんなに暑くないけどーん、にゃんごろーもぉ、冷やしたお麺の気分になってきちゃったーん♪」


 にゃんごろーは両手を顔に当て、もふもふと腰を振り出した。尻尾もゆらにょろと揺れている。

 それはいいが、この分だと本日のお昼もミッション失敗というか、ミッション実行にこぎつけなさそうだった。


「ようし! 今日のお昼は、ここで食べよーう! 大けってぇーい! にゃっふっふぅーん♪」


 案の定。

 にゃんごろーは、ミッションよりもお腹の気分を優先させた。というよりも、ミッションのことはすっかり忘れてしまっているのかもしれない。

 宿に戻ってから「ああー!? また、やっちゃったぁーん!」と悲鳴を上げる姿が目に浮かぶようだが、今は意気揚々と店の引き戸をガラリン!――――と開ける。


「たーのもーう! お外の張り紙を見て、にゃんごろーも冷やしたお麺の気分になりましたぁー! ネコーがひとりだけど、大丈夫ですかぁー!? 現金でお支払いできまあす!」


 威勢はいいが、腰は低めだった。

 お腹はすっかり冷やしたお麺の気分だったが、ネコーはお断りだと言われたら、そのまま素直にお暇するつもりだった。お腹の気分も大事だが、だからといってお店の方針に逆らうつもりはないのだ。

 しかし、心配は無用だった。


「おう、らっしゃーい! うちはネコーも大歓迎だぜーい!」

「にょ!? にょおおおおおおおお! ネ、ネコーだあ!」

「おう! ネコーだぜい!」


 店主か店員かは不明だが、出迎えてくれたのもネコーだったからだ。

 紺色のエプロンを身に着けたキジトラネコーだった。

 他に客はいないからか、キジトラネコーはカウンターの一席に座ってくつろいでいた。 

 にゃんごろーはパアッと笑顔でスキップ入店し、一番右端に座っているキジトラネコーの隣へ座ることにした。

 背もたれ付きの丸椅子に近づくと、キジトラネコーが声をかけて来た。


「あ、そいつ。魔法で高さを調整できるぜい? 手本が必要かい?」

「ほうほう、なるほどん。でも、大丈夫! ていっ!」


 にゃんごろーが丸椅子の足をポンと叩くと、丸椅子はシュルシュルと降りて来て、ちょうどいい高さでストップした。にゃんごろーは丸椅子を回転させ、横からもふりと腰を下ろすと、もう一度魔法を発動させた。

 にゃんごろーを乗せた丸椅子は、シュルシュルシュンと伸びていき、お食事をするのにちょうどいい高さで止まった。


「お? 一度でいい感じに出来るとは、なかなかやるねぇ」

「にゃふふー」


 キジトラネコーに魔法の腕を褒められて、にゃんごろーは嬉しそうに笑った。

 魔法を褒められるのは嬉しいものだ。


「それで、注文は冷やしたお麺でいいのかい?」

「はい! それでお願いします!」

「あいよー! 冷やしたお麺、一丁!」

「はーい! 冷やしたお麺一丁!」


 キジトラネコーは、改めて注文を確認すると、カウンターの向こうへと声を張り上げた。すると、奥から女性の声が聞こえて来る。

 どうやら、カウンターテーブルの向こう側が厨房のようだ。しかし、テーブルの奥には衝立があり、厨房の様子を窺うことは出来なかった。代わりに衝立にはメニューが張り出してあった。

 他のメニューも気になるが、今は冷やしたお麺の気持ちを大事にしたかったので、メニューを見るのは食べ終わってからにしようと決め、にゃんごろーは隣のキジトラネコーの方へ顔を向けた。

 厨房の向こうにいるのがネコーなのか人間なのかも気になっていたので尋ねてみようとしたのだが、にゃんごろーが口を開く前に、キジトラネコーは説明を始めた。

 きっと、初めての客からよく聞かれるのだろう。


「うちはよう、ネコーと人間の共同経営ってヤツなんだよ。オレが接客で、相方が料理を作ってんだ」

「ほ、ほうほうほう! つまり、どっちかが店主で、どっちかが店員なんじゃなくて、どっちも店主ってことだね?」

「そうそう! 接客担当の店主と料理担当の店主ってわけよ!」

「ほえー! それは、素晴らしい!」

「だろー? ネコーだけの店とか、ネコーが雇われてる店はあるけどよ。ネコーと人間が一緒に店主をしてる店は、この島じゃうちだけなはずだぜい!」

「へーえ! 確かに、珍しいかもー。なんか、いいねぇ。そういうの」


 キジトラネコーが自慢そうに胸を張ると、にゃんごろーはポムポムと肉球を叩き称賛した。旅ネコーとして各地を巡るにゃんごろーだが、これまでの旅路でネコーと人間が共同で経営しているお店に行き当たったことはなかった。

 こういうお店が、もっと増えるといいな、と思いながら、にゃんごろーは改めて店内を見回してみる。

 四人掛けのテーブル席が二つに、カウンター席が4席。

 こじんまりしたお店だ。

 装飾も取り立てて目を引くところがなく、素朴な雰囲気だ。

 装飾がシンプルなのは、料理に自信があることの現われのようで好感が持てた。

 おとうふネコーであるにゃんごろーにとって、それが一番大事なところだからだ。

 衝立の向こう側から物音が聞こえてくる。

 にゃんごろーのためのお料理を作っている音だ。


 きゅるーん。


 催促するようにお腹が鳴き声を上げた。

 お料理が出来上がるまで、まだ時間はかかりそうだ。

 そして、にゃんごろーの他に客はおらず、ネコーの店主とふたりきり。

 ミッションを達成するなら、まさに今が好機のはずだった。

 目当ての店ではないが、目当ての条件は満たしているのだ。


 けれど。


 にゃんごろーは耳を澄まし、調理音とお腹の音の即席合奏を楽しんでいた。

 ミッションのことは、すっかり忘れているようだ。


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