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その12 春のおとうふ魔法

 辿り着いた塔は、どこからどう見ても、ただの崖だった。

 土肌がむき出しの崖。

 垂直にどこまでもズドーンと断崖絶壁だ。


「湖で釣る魔法と同じ感じの魔法の気配を、ぼわわわぁーんとは感じるんだよねぇ」

「やっぱり、釣りたいから湖なの?」

「そうだよ。湖なら、魔法の他に魚も釣れるし。一石二鳥ってヤツ」

「ああー。それ、大事ぃー! ふふふ。ここで釣りをして、鳥さんが釣れればいいのにねぇ。にゃんごろーの分も! 一石じゃなくてぇ、釣で二鳥!」

「それで、どうする? 見つかるまで、ぐるっと回ってみる? 君は、入り口の魔法に心当たりがあるんでしょ?」

「あるあるぅ! あるよーう!」


 予定調和のように、早速話は脱線しかけたが、魔法釣りのネコーは巧みにさばいて本筋に戻した。不思議ネコーの与太話に付き合うのも悪くはないが、今は塔の魔法の方が気になっているからだ。結果として、釣りで二鳥はスルーされたが、流されたネコーは流された自覚もないまま新しい流れにノリノリで乗って来た。


「にゃんごろー、この魔法、知ってるからねー! たぶんねぇ、青猫号の魔法の通路と同じ魔法だと思うんだー! 青猫号も古代魔法文明のお船だからね!」

「青猫号! 君は、青猫号のクルーなの? 卵の船に青猫の絵が描いてあったから、もしかしたらとは思ってたけど。本当に、そうだったの?」

「そうだよー! 魔獣退治もしてるけどー、にゃんごろーは不思議ハンターとして、古代魔法文明の遺書を探してるんだー!」

「なるほどねぇ」


 魔法釣りネコーは、遺書発言をサラッと聞き流し、もふっと腕を組んで「ううーん」と唸りながら古代の魔法に思いを馳せた。

 にゃんごろーが不思議ハンターとして所属している組織『青猫号』―は、魔獣退治と古代魔法文明の遺産の発掘・調査・保持などを請け負うギルドのような組織だ。拠点として使っているのは、組織の初期メンバーが見つけ出した古代魔法文明の遺産である太古の船だ。その名も青猫号。船の名前を、そのまま組織名にしたのだ。

 拠点の方の青猫号は、空飛ぶ魔法の船だった。発掘した当初は、動く拠点として自由自在に空を駆け巡っていたという。しかし、ある日、故障か燃料切れか、とある浜辺に不時着し、そのまま空を飛べなくなってしまった。そのため、以降は動かない拠点として使われることになったのだが、空は飛べずとも太古の魔法はまだ健在なのだろう。

 飛べない魔法の船なんて、本当に太古のニワトリみたいだな……なんて、しょうもない考えが思い浮かんで、魔法釣りネコーは「くふり」と笑った。青猫号の古代魔法にも興味がわいてきた。


「青猫号で釣りをしたら、どんな魔法が釣れるのかな?」

「うーん、そうだねぇ。お空の魔法かなぁ……?」

「ふうん?」

「今度、ご招待するねぇ!」

「ふふ。楽しみにしてるよ」


 にゃんごろーは、ドーンと胸を叩いてお気軽に安請け合いをした。魔法釣りネコーは、ゆるりと笑ってそれに応じる。

 にゃんごろーは、本気で招待するつもりだったが、果たされるのかどうか以前に、いつまで覚えていられるのかがまず怪しい約束であるという意味で、それは正しく安請け合いだったが、これでひとまず青猫号の話は終わった。

 遠くにある魔法よりも、今目の前にある魔法なのだ。

 にゃんごろーは、今度は「むふん」と胸を張り、先生気取りで偉そうに解説を始めた。


「あのね、決まったところに隠れてる入り口もあるんだけど、ネコーの魔法なら、遠くで隠れんぼしてる入り口を呼ぶことも出来るんだ!」

「へえー? そうなんだ? やって見せてー」

「むははははぁ! にゃんごろーに任せなさぁーぃ!」


 魔法釣りネコーにせがまれて、にゃんごろーは張り切った。

 サッと土壁に肉球を向けると、声高らかに呪文……らしきものを叫ぶ。


「おいでませぇー! ゴマドレ!」

「ゴマドレ? ゴマドレッシングってこと? うーん? 『開けゴマ』なら、聞いたことあるけど。元は、和国で流行ったナンチャッテ魔法の呪文だよね?」

「ゴマダレでもいい!」

「そこじゃなくて……。てゆーか、なんでもいいんだね」

「ゴマは、美味しいから! 白くても黒くても、ゴマは美味しい!」

「うん……そうだね……」


 ――――とかなんとかやっている間にも、壁には異変が起こっていた。

 ただの土くれが、ゆらっと揺らいでグランと歪んだと思ったら、白いカーテンが現れたのだ。カーテンレールはないけれど、シャッと真ん中から開くのだろうと魔法釣りネコーには分かった。


「いらっしゃーあい♪ そして、お邪魔しまぁす♪」

「あ、行っちゃった。ふふ、自由だなあ……。えっと、それじゃ、ボクも。お邪魔しまーす」


 呼び寄せた入り口にご挨拶をすると、にゃんごろーは早速、カーテンをシャッと開けて、塔の中にお邪魔した。

 にゃんごろーのマイペースぶりは、マイペースが身上のネコーからしても自由奔放に感じられるようだ。魔法釣りネコーは素直な感想をポロンともらしてから、遅れてカーテンの向こうへもふ身をぬるんと滑り込ませた。


「どう? どう? どおーう? すごいでしょー! これが、コ・ダーイの魔法なのだぁー! にゃーはははぁー♪」

「うわー! これは、すごいねえ! 魔法が濃い! すごい、すごい!」


 塔の中では、先に侵入した不思議ネコーが浮かれ踊って、なぜか自分の手柄のように魔法自慢を始めたが、目にも耳にも入らなかった。

 内部で渦巻く濃厚で濃密な魔法の気配に圧倒された。

 無意識のうちに、感覚のすべてを魔法に集中させていた。

 ただただ、魔法を味わう。


「うぅーん。これは、釣りどころじゃないかもぉ。魔法に呑まれて溺れそう。ボクが釣るんじゃなくて、ボクが誰かに釣りあげてほしいかもぉー。ふ、ふふふ。ふふふふふ♪」


 魔法釣りネコーは、ピンクグレーのもふ毛を逆立て、もふもふ・はふぅんと身悶えた。

 魔法に酔っているのだ。

 猫にマタタビ、ネコーに魔法なのだ。

 思い思いに古代の魔法を堪能するふたり。そのまま、魔法に溺れて戻ってこられなくなるのでは……と心配になるありさまだったが、魔法生物の名は伊達ではなかった。

 ふたりは、やがて。

 陶酔がわずかに滲む「はふぅうう」と大きなため息とともに、正気を取り戻した。

 といっても、塔内部に満ちている魔法が消えたわけではない。

 魔法に醒めたわけでもない。

 ただ単に慣れたのだ。

 ふたりは改めて、キョロキョロと辺りを見回した。

 そこには、塔の中とは思えない景色が広がっていた。


 そこは、春の野原だった。


 正真正銘、お外の景色だ。

 野原の周りには、湖がある。

 湖の向こうには、桜色が煙って見えた。

 常春島の外島――――桜ドーナツだ。

 天井は、ほどほどに雲が浮かぶ青空。

 そして、野原の真ん中には、白い塔があった。

 塔は、青い空の天井を突き破って、天の彼方まで届いているように見えた。


「あれは、偽物の空なの? 魔法の映像を天井に映してるのかな?」

「そうだと思うよぉー♪ うぅーん。二重ドーナツの島の真ん中には、二重の塔があったとはぁ♪ これは、不思議♪ 不思議だねぇ♪」


 魔法に長けたネコーだけあって、ふたりはすぐにカラクリに気づいた。もっとも、にゃんごろーは青猫号で見知った魔法だったから、というのもある。

 それに、この優れた魔法映像技術は、卵の船にも使われているものだった。

 卵船は、内装のすべてをスクリーンに切り替えることが出来るのだが、そこに映し出される外の景色は、とても映像とは思えない本物感なのだ。

 すべてをスクリーンにして外の景色を映すと、卵じゃなくて、椅子に乗って空を飛んでいる感覚を味わえるのだ。

 にゃんごろーは過去に一度、椅子から身を乗り出し過ぎて転げ落ち、あわや空から落ちて天へ召されるかと肝をキンキンに冷やしたことがある。もちろん、見えていないだけで床はちゃんと存在しているため、プチ墜落をしただけで、怪我も特にしなかった。この失敗は、絵日記にも描き残しておらず、にゃんごろーの胸の中だけにそっとしまい込まれていた。

 ――――それはともかくとして、古代の塔にも、それと同じ魔法技術が使われているようだ。

 天井をスクリーンにしているとは思えない、それはもう見事な空っぷりだった。

 にゃんごろーは、見知った魔法よりも白い塔が気になるようで、ラッタラッタとスキップで近づいて行った。魔法釣りネコーは、その後をゆっくりと追いかけながら、上へ下へ、右へ左へと目線を彷徨わせる。そのおかげで、足元の不思議に気づいた。

 魔法釣りネコーは「あれ?」と立ち止まり、その場にしゃがみ込んだ。


「あ、やっぱり。草むらにピンクがチラチラしてるから花かと思ったけど。これ、キノコだ」

「ほえ? キノコ?」


 スキップを刻んでいたネコーが躍動的な着地ポーズを決めた後、ぐにょんと体を捻って振り向いた。しゃがみ込んでいる魔法釣りネコーを見て、自分も足元を見下ろし、そして発見した。


「ほ、ほんとだぁー! キノコがあるぅー! 白い水玉模様の水色キノコー♪ あ、ピンクもあるね! ほ? あっちにはタンポポみたいな黄色のキノコもある! ほっほーう♪ ほほっほーう♪」

「あ、ホントだ。春の花っぽい色のキノコが、あっちこっちに散らばってるね。ふふ、花の代わりなのかな? 柄がないのと、柄があるのと、色の取り合わせもいろいろで、カラフルだねぇ。うーん、チェックに、ストライプに…………あ、小花柄キノコもある」

「星柄もあるぅ♪ かわいいぃー♪ お味の方は、どうなのかなぁ? 気になるぅ♪」

「うーん? 食用じゃなくて、インテリア用じゃない? 可愛いけど、美味しそうには見えないよ?」


 ふたりは草むらに潜むキノコ探しに夢中になった。

 腰をかがめて歩き回り、新しい柄を発見するたびに報告しあう。

 魔法釣りネコーは純粋にキノコの色や柄を楽しんでいたが、にゃんごろーはおとうふに気を逸らしていった。魔法釣りネコーの冷静なる指摘をスルッと聞き流し、代わりに「はっ!」と何かを閃いたようだ。


「にゃ、にゃんごろー、分かってしまった! 春っぽいキノコがいっぱいの春の草原! つまり、この塔は、春のキノコを育てるための魔法の栽培施設! 春の島に、新しい春の食材を生み出すための研究所!」

「春っぽい色と柄のキノコを生み出すためなのか。それとも、秋じゃなくて、春に育つキノコを研究するためなのか」

「んー、両方! 春の見た目! 春の味! 春に収穫! 全部!」

「キノコのための春の魔法……」

「ううん! 違う! キノコのためでもある、春の魔法!」

「あー。本当は春の食材じゃないものを、春っぽい見た目と味で春に採れる様に改良するための春魔法ってこと?」

「そう! そうにぃー、違いない!」

「なるほどー。ここは、キノコのエリアで、塔の中には他にもいろんな食材を育てているエリアがあるってことだね?」

「そう! なんと素晴らしい春のおとうふ魔法! これは、ものすごい大発見だ! 応用すれば、春も夏も秋も冬も! いつでも食べ放題!」

「それは、壮大な魔法だねぇ」


 一応、会話は嚙み合っているが、本気で珍説を信じているのはにゃんごろーだけで、魔法釣りネコーは面白がっているだけだった。

 にゃんごろーの楽しみ方に気づいてしまったのだ。


「他にも、春の食材が隠れているかもしれない。はっ! まさか、あの白い塔は、貯蔵庫!? こ、これはぜひとも行ってみねばぁー!」

「ふっ、ふふっ。貯蔵庫って……。く、食いしん坊だなぁ」

「ね! 太古の塔を作った生き物は、ドンドコお腹の太鼓が鳴って、胃酸がドバドバのとんでもない食いしん坊だったに違いなーい!」

「ん、いや、そうじゃ、なくてっ……。ふ、ふふ、ふふふ……。き、君……君の……ふふふふふ…………」

「うんー? 黄身? 卵のお話? 黄身美味しいよねぇ! でも、にゃんごろーは、白身も大好き! にゃんごろーは、おとうふなネコーとして、黄身も白身も、卵の全部を愛してるぅー!」


 さらっと華麗に食いしん坊を太古の生物に擦り付けたおとうふネコーは、軽い足取りで白い塔へと向かって行く。

 魔法釣りネコーは、弾みながら進んでいくネコーのもふもふした背中に「そうじゃなくて、君のことだよ」と言ってやりたかったが、笑いに邪魔されて、最後まで言い切ることが出来なかった。“君”と“黄身”を勘違いしたおとうふネコーが卵への愛を叫ぶと、本格的に笑いが止まらなくなって酸欠で倒れそうだった。


 ――――卵を割ったら、黄身と白身が出てくるけれど、卵のお船をパカンと割ったら、|中からおとうふなネコー《君》が飛び出してくるんだね?


 笑い酸欠のせいで声には出せなかったけれど、魔法釣りネコーは心の声で、先を行くにゃんごろーの背中に語り掛ける。


 ――――今度、絵に描いてみようかな?


 魔法釣りネコーは、止まらない笑いに翻弄されながら、そんなことを考えた。


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