唐突にB級サメ映画が始まりましたが華麗に生き残ってみせますわ!!
夏休み疲れを吹き飛ばせ!!
90分で味わえる最高の娯楽『サメ映画』のような作品を目指し励みました。
よろしくお願いします!!
「ヴァイオレット!! 出てこい!」
王子がその名を叫ぶと、人垣が割れて真っ赤なドレスを着た令嬢が現れる。
シャンデリアの光を受けてキラキラ……を通り越しギラギラと輝く金色の縦ロールヘアー。
形の良い卵型のフェイスラインに細めに整えた眉、高めの鼻と真っ赤な唇、そして金の睫毛に縁取られた菫色の瞳は刺すような視線を王子に向けていた。
──ヴァイオレット・レーヴァテイン嬢
由緒あるレーヴァテイン侯爵家の長女であり、浮気相手である男爵令嬢の腰を撫で回し鼻の下を伸ばす馬鹿王子の婚約者である。
しかしそんな身分も本日でお終いだろう。
(いよいよ婚約破棄かしらね)
婚約者の馬鹿王子が、巨乳の男爵令嬢にうつつを抜かしていたことは知っていた。
それとなく彼女を窘めたり、当人に忠言したり、取り巻きに余計な手出しをしないよう牽制したりしてみたが全ては徒労だった。
むしろ、それらの行為が『嫉妬に狂って王子の想い人を虐げた』……なんて捻じ曲げられてしまったのだから目も当てられない。
今や、ヴァイオレットは派手な見た目と相まって立派な悪役令嬢だ。
──そしてこれから始まるのは、婚約破棄という名の断罪。
どうせ王族の権力で、ヴァイオレットの罪を無いこと無いことでっち上げてくるに違いない。あげつらって公衆の面前で膝をつかせる『余興』である。
(あらあら、皆様興味津々ね。悪趣味なこと)
王子と婚約者の醜聞は、これを見守る貴族達からすれば恰好の土産話だろう。ヴァイオレットが菫色の視線を動かし、扇子の下で毛色の良い野次馬共を睨みつけていると──彼女の背中を、無遠慮に突く者がいた。
「ねぇお嬢様、本当にこのままでよろしいんですか?」
「……モリヤ」
肝いりの侍従、モリヤ。
象牙色の肌に黒く艶のある髪、そして糸目という地味な風貌の優男だ。片眼鏡はほんの少しの知的さと、何故か胡散臭さを醸し出している。
連れ歩くにしては地味すぎると言われることもあるが、気が利く良い侍従だ。それにこの国には珍しい目に優しい色合いが不思議と気に入っている。
「仕方がないわ。侯爵家とはいえ、王家の下に阿る貴族の一つ……お父様も日和見主義だし」
「うーん、ままなりませんね」
婚約破棄なんて瑕をつけられて、これから令嬢人生はどうなってしまうのか。
胸のうちに不安を抱きながらも、ヴァイオレットは毅然と前を見据える。
せめて最後まで誇り高く……プライドというより、もはや意地かもしれない。
「……ねぇ、お嬢様。どうしようもなくなったら俺と一緒に逃げ」
「しっ、お黙りモリヤ。もう大詰めよ」
王子の小鼻が膨らみ、空気をめいっぱい吸い込む。愛しの男爵令嬢をさらに強く抱き寄せると彼はついに口を開いた──その時。
(……? あれは、何?)
彼の足元の床が不自然にたわんだ、いや、波打った。
目の錯覚かと瞬きしたヴァイオレットは、次の瞬間信じられない光景を目にすることとなる。
「ヴァイオレット!! 貴様との婚約を破棄し、この──ッヴァあぁああぁ!???」
「えっ、ぁ、キャアァアァァアァアア!!!!!!!」
王子の口が無くなった。いや、頭が噛み千切られたのだ。
先程まで端正なだけの顔があった頭がなくなり、噴水のように真っ赤なものが噴出する。
「ひっ、え!? なに、なにがっ……ギャァァーーーーー!!」
王子に抱きついていた男爵令嬢が、何かに足首を掴まれ引きずられていく。そして、その先には、巨大な生物が禍々しい口を開け獲物を喰らわんとしていた!
そこに居たのは、見た事もない姿の怪物だった。
灰色に光る、何故かぬめりとした身体。重厚な体と三角の背びれ、尖った尾びれが力強く床を水のようにかき分ける。
何の感情も見えない無機質な黒い瞳に、返り血のついた鋭い牙──!
「キャァアァ!!!!」
「たすっ、たすけてくれ!」
「くそっ! 何だこの怪物は!? ッぐあぁああああ!!!!!!!!」
錯乱した人垣に押されよろめいたヴァイオレット。その体を支えたモリヤは、片眼鏡の奥にある糸目で素早く辺りを見回した。
王宮の衛兵達が果敢にも立ち向かう姿が見えるが……いとも簡単になぎ倒され、引き摺られ、次々に怪物の牙の餌食となっていく。そして、それより非力な貴族達は震え上がり、貴婦人の悲鳴はさらなる狂乱の呼び水となる。
優雅できらびやかなパーティ会場は、今や得体の知れぬ怪物の血塗られたバイキング会場へと変貌していた……!!
「お嬢様、失礼致します!」
「ゔぇっ!?」
一声かけて主君を抱えあげ、彼は並み居る貴族を躱し走り出す。そのままの勢い重厚な扉を蹴破り、凄まじい速さでその場を離れた。
視界の端で次々に餌食になっていく人々を振り返り、ヴァイオレットは混乱しながらも叫ぶ。
「戻りなさい! 誇り高きレーヴァテイン家の娘が、皆様を置いて逃げるわけにはいきませんわ!!」
「……なりませんお嬢様。丸腰であれに挑むなど死ににいくようなものです!!」
「アレを知っているのモリヤ!?」
「っ……アレは……あの、生き物はっ」
下唇を噛み、モリヤがぐっと眉間にシワを寄せた。
いつも飄々としている侍従の苦しげな表情に、ヴァイオレットの不安がどんどん膨らんでいく。
そしてついに──驚愕の真実が告げられた。
「『サメ』でございます!!!!!」
「なっ……なんですって!?」
いや本当に何だろうかその生き物は。
聞いたこともないその名前に目を白黒させながら、ヴァイオレットはモリヤに抱えられ逃走を続けたのだった。
◆◇◆
逃走すること数分。
休憩室に駆け込み、モリヤはヴァイオレットを放り投げる勢いでソファに座らせた。
そして扉に結界魔術を重ねがけし、その上にキャビネットやテーブルまで積み上げバリケードを作る。
……しかし、それだけ厳重に封じようと彼の地味めな顔からは不安と恐怖が消えることはない。その事が、さらにヴァイオレットの不安を煽る。
「そこまで封じても破られるの……!?」
「場合によっては、あるいは」
「そんな!?」
気軽な冗談であってほしい。
魔術と物理のバリケードも通じないかもしれないなど、一体どんな未知の生物なのか。
「モリヤ、答えなさい。──『サメ』とは、一体何物なの」
「……やはり、話さねばなりませんか」
モリヤの糸目がギュゥっと細められ、眉間に深い皺が刻まれた。その表情からは困惑、不安、恐怖、様々な負の感情が滲み出ている。
彼のあまりに切羽詰まった雰囲気に、ヴァイオレットも生唾を呑み込んだが……ここで引くわけにはいかない。
婚約破棄されたとはいえ、誇り高きレーヴァテイン家の娘。
ここで引くなど、彼女のプライドが許さない。
力強い菫色の瞳に見つめられ、忠実なる侍従は重々しく口を開いた。
「『サメ』は、とある分野において『最凶』を誇る怪物でごさいます」
──モリヤ曰く。
前世の彼は、異世界のチキュウという星で極平凡な会社員だったそうだ。
そんな彼がこよなく愛していたのは『映画』。演劇にさらなる映像効果なるものを加え、記録したもの。遠く離れていても、時が経とうとも、記録とそれを映す物さえあれば風化することなく寸分違わぬ劇を観ることが出来るらしい。
「俺は……その中でも『サメ映画』をこよなく愛していました」
「……ええと、あの怪物が好きだったということ?」
「いいえ、『サメ映画』好きです。細かな違いかもしれませんがそもそも『サメ映画』とはそれ単体がもはや映画ジャンルの立派な一角を担っており確かにサメは造形そのものや幅広い種類や生態があり大変興味深い生き物ではありますが俺としてはサメという素材よりもそれを監督や脚本演出により調理された『サメ映画』を愛していたわけで」
「分かった分かったわ続けなさい」
──『サメ映画』とは、文字通りサメが出演する映画ジャンル。
圧倒的脅威『サメ』に襲われる恐怖、それに挑む主人公達にフォーカスした闘争、その中で繰り広げられる人間模様の喜劇が合体した極上のエンターテイメント!
地上生物である人間が、海の中を自在に泳ぎわるサメとどのように戦うのか前世のモリヤは毎度手に汗を握って楽しんでいたのだ。
「……待って。海にいるはずのサメが何故パーティ会場に出没したのよ」
「そうです! それこそがサメ映画の真骨頂でございます!!」
「何故ちょっと嬉しそうなのお前!?」
展開が水中戦だけではマンネリになる。
そこで考え出されたのは、海以外でも戦えるサメだ。
ある時は、竜巻に巻き上げられ空から。
またある時は、砂漠の砂の中から。
そしてある時は、雪山の雪崩の中から。
さらには頭の数が増え、蛸と合体して触手を伸ばし、謎の呪術で霊体となり壁をすり抜け、ついには湯気立つ温泉すらも惨状に早変わり──!!
そう、サメ映画におけるサメは水中だけに留まらない。
地球宇宙次元その他万物を呑み込み、どんな場所からでも我々を狙う『無敵の怪物』へと変化して行ったのである!!!!
「だから何故そうなったの!? 制作者の脳みそはどうなっているの!?」
「ええ! 全くもって仰る通りです!!」
「だから何故お前はちょっと嬉しそうなの!?」
モリヤの糸目が珍しく開き、小さな黒い瞳がキラキラとかつてないほど輝く。こんな時に過去最高の輝きを見せないでほしい。
──しかしともあれ、このよくわからない状況にほんの少しだけ光明が差し込んできた。
「……なるほど。そのような出鱈目な生き物ならば、床を泳ぐこともあり得るお話かもしれないわね……」
「ええ、ええ! その通りでございます!!」
「……お前、サメと私どちらの味方なの?」
ヴァイオレットがじとっと見つめていると、モリヤはようやっとクールダウンしたのか真顔になった。
糸目も閉じられ一安心である。
「ごほんっ……ともかく、怪物は最強の敵といえるでしょう。それが何故、この世界に現れたのか」
「困ったわ……あのような怪物をどうやって倒せば」
「そこはご安心下さい。このモリヤ、前世の知識を駆使し必ずやお嬢様を命に替えても──っと。いけない!」
侍従が慌てて口を噤んだ。
折角珍しく格好良いことを言いそうだったのに勿体無い。
「お嬢様。こういう『俺が君を護る』的発言は『死亡フラグ』となりますので、お気を付け下さいませ」
「死亡……なに?」
「この世界で言うところの『使えば死ぬ魔術』のようなものです」
「禁術じゃないの!! お前の前世恐ろしすぎるわ!!」
何という危険な魔術だ。モリヤの前世は魔法のない世界だったというが、そんな禁術レベルの脅威がゴロゴロする世界とか嫌すぎる。
ヴァイオレットが内心震え上がっていると、モリヤは片眼鏡の位置を直し──何かに気付いてハッと顔を上げた。
「……っ、!! いけませんお嬢様、このままでは新たな被害者が出てしまうやも!」
「何ですって!? これ以上!?」
婚約破棄などという馬鹿なことを仕出かしたとはいえ、一国の王子とその恋人、それから恐らく貴族が数人は犠牲になっているだろう。
国の中枢を担う者がいなくなればなるほど国が危うい!
「心当たりがあるのなら教えなさい、モリヤ!」
「はい、お嬢様!!」
ヴァイオレットは忠実なる下僕を従え、休憩室から颯爽と駆け出した。
◆◇◆
──所変わって、ヴァイオレット達が駆け込んだ二つ隣の休憩室にて。
服を脱ぎ生まれたままの姿になった男女が、何やらむふふなことを始めようとしていた。
「ぐふ、ぐふふふ……良いではないか、良いではないか」
「んふ、こんなこと奥様に知られたら大変ですわよ?」
「なぁに、バレなければ良いのだ。ぐふふっ」
女好きと評判の伯爵とその愛人の秘密の逢瀬。大多数の貴族は馬鹿王子主催のパーティで今頃踊っている。友人達には「俺達と一緒に話していた」と証言も頼んでおいたので伯爵のアリバイは完璧だ。
──いざ年齢制限付の月闇世界線へ……!
二人が旅立とうとした、その時。
「えっ……あれ、何……?」
愛人の視界の端っこに、奇妙なものが現れた。
重厚な絨毯の上に立つ、平たい三角形。それがまるで水面を泳ぐようにスイスイと寝台へ近づいてきて、そして──!
ザッパァアァアァアン!!!!!!!!
「うわっ……ぎゃあぁああぁあ!!!!????」
伯爵の丸出しになったお尻に、鋭い牙が突き立つ。痛みに喚く彼をガブガブと呑み込んだ怪物は、その黒々とした目を青ざめた顔をした愛人へとキロリ、向けた。
「ひぃ、キャアァアァァアァアア!!!!」
あまりの恐怖に錯乱した彼女は、寝台から飛び出し扉へと走り出した。しかし、無慈悲なる脅威から逃れることは出来ない。
寝台が破壊される轟音、あるはずのない水しぶきの音と絹を裂くような悲鳴が、休憩室といわず廊下にまで響き渡る。
「ああっ! 遅かったか!」
悲鳴を聞きつけ、ヴァイオレット達が現場に駆けつけた時には惨状が出来上がっていた。
王宮の豪奢な休憩室は無残にも荒れ果て、並の令嬢ならば卒倒するような有様だ。
「ナオンス伯爵!! イジーナ子爵夫人!! なんてことっ……」
「……仕方がありません。サメ映画において、裸で睦み合う男女というものは真っ先に餌になってしまうのです」
「そんな」
「因みに次点としましては、浜辺で馬鹿騒ぎする若人達でございます」
「……サメ映画とやら、捻くれすぎではなくて……?」
不貞で不道徳な関係とはいえ、無残な最期は憐れがすぎる。ヴァイオレットが痛む胸を抑え、静かに黙祷している隣でモリヤは周囲を見回す。
今のところ、サメの気配は感じられない。
新たな餌を探し、床下に潜っていったのだろう。
「……こんな怪物を野放しにしていては、国が滅んでしまうわ」
今は王宮内での騒動で収まっている……いやそれはそれで大問題だが、とにかく元凶はこの王宮の中を泳ぎまわっているように見える。
しかし、これが城下町へ出たら?
森を抜け、辺境へ向かったら?
国境を超えて隣国へ飛び込んだら?
被害は拡大し、下手すれば国際問題。
何よりも、多くの民が犠牲になってしまう……!
「誇り高きレーヴァテイン家の娘として、そんなこと許せるわけがありませんわ! 何とか、何とかしてあの怪物を倒さなくては」
胸元でぐっと拳を握りこんだ主君を一瞬眩しそうに見つめた後、モリヤはゆっくりと口を開いた。
「──お嬢様、策ならばございます」
モリヤの糸目がさらに細くなり、片眼鏡が理知的に光る。
「このような場合、サメを造った、あるいは異世界から召喚した黒幕がいるのですよ」
◆◇◆
──またまた所変わって、ここは王宮にある魔術師塔。
苔むした石壁で形造られたこの塔は、王宮付の魔術師達が日々お国のために新たな魔術の開発や研鑽を行っている。
その塔の地下、年月を経て忘れ去られたただ広い実験場。
失敗作の魔導具や魔術スクロールなどを積み上げたガラクタの山を背にして、事件の黒幕は引き攣ったような笑い声を上げていた。
「ヒヒッ……いひひひ、ひゃーーーーっははははは!!!!!!」
彼が覗き込んでいる水晶玉には、異世界から喚び出した破壊と混乱の怪物『サメ』が猛威を振るう様子がリアルタイムで映し出されている。
「いぃい気味だ! この僕を無価値と蔑んだ糞王子! 女を引っ掛けるしか能のない伯爵!! 逃げ惑うしかできない無能な貴族共!!!!」
平民出身の魔術師である彼は、身分にそぐわぬ有能さが仇となり魔術師塔内外で不遇な扱いを受けていた。塔の中でも最下層の忘れ去られた実験場に押し込められ、来る日も来る日も意味のない研究をさせられる日々。
愚かな貴族共に、何とかして自分の有能さを分からせてやりたい。
そんな鬱屈した想いが募り募って──ついに結実したのが、彼が召喚に成功した『異世界の概念』である怪物だったのだ!
(召喚したサメは操縦不能だったが……結界オーライだ! 問題は無い!)
いや問題大ありである。
操縦不能なのだから、この黒幕魔術師もサメに喰われる危険に晒されているのだ。しかしそこには気付きもしない。
「ククク、奴が邪魔者を喰い尽くした後で、この僕がどうにかすれば──きっと英雄になれる!」
いやそんな訳がない。
召喚術を持ち合わせ、地下には潤沢なサメ映画研究資料もあり、そして都合よく対抗手段なんか持ってきたら自作自演を真っ先に疑われて然るべきだろう。
そんなことに気付きもせず、高笑いを続けるも束の間。
「そこまでよ、魔術師パトリック!!」
彼の暢気な展望を打ち砕く正義の鉄槌。
菫色の閃光が扉を蹴破り飛び込んできたのだ!!
因みに蹴破ったのはモリヤであり、ヴァイオレットは相変わらず彼に抱えられていたがそこはご愛嬌というものである。
「ひぃえ!? ゔぁ、ヴァイオレット・レーヴァテイン!? 何で!? 喰われたんじゃ……っ」
水晶玉では王子が喰われ早々に姿を消していたので、てっきりサメの餌になっていたと思っていた。
しかし、糸目の男を従えてズンズンと歩いてくる彼女には傷一つない。
「お生憎様。この通りピンピンしていてよ」
予想外の事態に混乱しへたり込んだ黒幕魔術師を、ヴァイオレットは高貴なる吊目で睥睨した。
「極悪魔術師めッ……本当にどうしてくれようかしら……!」
「ひぃいいいい」
「お待ちくださいお嬢様!」
しかし詰め寄ろうとした瞬間、モリヤが黒幕とヴァイオレットの間に割って入ってきた。驚いた彼女の耳元に、モリヤがそっと唇を寄せこそこそと囁いてくる。
「恐れから破れかぶれになられては面倒です。……ここは俺に任せてください」
「任せていいの? ……割と不安なのだけれど」
「酷いなぁこんなにも有能な部下に向かって」
心外です! と憤慨したモリヤを横目で見て、ヴァイオレットはため息をつく。
(……まあ、頼りにはなるものね)
不甲斐ないが、モリヤが居なければ恐らく王子と浮気相手の次にサメの餌となっていたのはヴァイオレットだったろう。
それに、彼の前世のサメ映画に関する知識は今だけは大変貴重なものだ。きっと今回も考えがあるに違いない。
ヴァイオレットが一歩下がる。
彼女と立ち位置を入れ替えて、今度はモリヤは目的の黒幕に向き直った。
「魔術師パトリック殿。異世界の怪物を召喚せしめた貴方の手腕、実に見事なものでした」
「……わ、分かってくれるのか?」
「勿論! サメ映画好きとしての意見になりますが、しっかりとスタンダードなホオジロザメを選ばれたことがまず素晴らしいです!!」
黒幕魔術師の、黒フードに隠れた瞳がキラキラ輝き始めた。……チョロすぎやしないだろうか、後ろで見ているヴァイオレットは不安になってくるが、モリヤの説得は続く。
「そこにあえて『床を泳がせる』という能力を付与する独創性も良い! 泳げる場所を床に限定したからこそ、サメは王宮から外へは出ていない。民草を巻き込まないその心意気にも感じ入るものがあります」
「おっ……おお……おおお……そこまで……!」
モリヤの説明、というか推論に黒幕はさらに嬉しげに声を上げた。もはやフードの下から覗く瞳は全幅の信頼をもってモリヤを見つめている。
モリヤもまた、糸目の奥にある三白眼が心なしかキラキラ輝いていた。
サメを召喚した者とサメ映画愛好家、通ずるモノがあるのかもしれない。……ヴァイオレットにはこれっぽっちも分からないが。
(……面白くないわね)
何だかお気に入りの犬が他所の人に尻尾を振って懐いているのをみたような微妙な心持ちである。
不可思議な感情に苛まれる彼女を脇に置き、モリヤの説得は大詰めを迎えようとしていた。
「優秀な貴方ならば、あのサメを打ち倒す術をも用意しているのでしょう?」
「……ぼ、ぼくを、優秀だといってくれるのか」
「ええ。……それと、サメのおかげでお嬢様に相応しくない王子を始末できたしな」
「…………」
何やら不穏な一言が小声で付け足されたが、きっと空耳だろう。
何かしら決意したように唇を引き結んだ黒幕魔術師は、ローブを翻して背後に積み上がったガラクタの山から──重厚そうな黒い金庫を引っ張りだした。
「お前達になら、これを……託してもいいかもしれない」
かちり、かちり、かちり。
ぎ、ギギィー……!
シリンダーが回り、錆びついた音を立てて金庫の扉が開かれる。
そこから現れたのは──赤い布きれ二つと、楕円形の金属を加工用にギザギザの刃のついた謎の機械だった。
「これがサメの牙をそれなりに防ぐ聖鎧──『死紅ビキニ』だ」
「……今それなりにと言いまして?」
赤い布きれはどうやら鎧らしい。……鎧にしては露出が激しすぎるが、鎧といったら鎧らしい。
モリヤの方を見ると、やはり「こいつ良く分かってやがる」的な表情でウンウンと頷いていた。何を分かっているのだろう、やはりヴァイオレットには意味が分からない。
「そして、これこそがサメを切り裂く聖剣! 『烈鮫・チェーンソー』!!」
魔術師が床においたチェーンソーのレバーを引くと、地に響くような低い轟音が響き渡る。そのまま手元についた赤いスイッチを押すと、ギュイイイイイインッと甲高い音を当てて刃が高速回転したではないか。
鎧に比べて剣の方が攻撃力高めとは、本当にどういう裁量なのだろう。
「……ねぇモリヤ。これを扱うなら尚の事、防具はきちんとしたほうが良いのではなくて?」
「お嬢様、これで良いのです。サメ映画においてはむしろこの方が絵面的にも強い……!」
「……さっぱり分からないわ」
しかし、曲がりなりにも魔術師が造った鎧。布の面積と防具としての能力は必ずしも比例しないのかもしれない。
試しに聖鎧を広げてみれば、ちょうど胸あてとパンツのようだ。紅一色に見えたが、よくよく見てみると大柄の、見た事もない花が濃い色で描かれている。
(デザイン的にも身分的にも、私がコレを着るのかしら。でもこの鎧……下着のようで恥ずかしいわ……)
気丈に振る舞ってはいても、ヴァイオレットは貴族令嬢。婚約破棄され瑕疵がついたといえど一応嫁入り前のうら若き乙女だ。
胸はともかく、足をここまで大胆に曝け出すのには抵抗がある。
「……ね、ねぇ、もっと他のものはないの?」
「無理です。このデザインにこの色でなければ聖鎧は防御力を発揮しないので……」
「全く意味が分からないわ、異世界っ……!」
もういっそのこと、モリヤかパトリックが着て戦ってくれないだろうか。
頭を抱えて唸っていると──彼女の真下にある石床が、ガタガタと不穏に震えだした。
「はっ……お嬢様! 危ない!!」
「ひぇ!?」
モリヤが猛スピードでヴァイオレットを抱え、その場から大きく飛び退った次の瞬間。
突如床から生えた灰色の尾がしなり、それに当たったパトリックが大きく宙に舞い上がる!
「ぎゃーーーーーー!!! がはっ!!」
「ぱ、パトリックーーー!!!!!!」
巨大サメの猛烈な力で叩かれたパトリックは、ガラクタの山向こうに吹っ飛んで見えなくなる。
目当ての獲物にありつけなかったからか、サメは丸い目にヴァイオレットを映し……再び床に潜った。三角の背びれがヴァイオレットとモリヤの周りを旋回し、次に飛びかかる機会を伺っているようである。
「くそっ、これも『死亡フラグ』判定でしたか!」
「えっ……私が死の魔術を!?」
「このような状況で腹を括らずウダウダしているのもある種の『死亡フラグ』なのでございます!」
「そんな理不尽な!!」
年頃乙女の恥じらう心が死を呼び寄せるとは、サメ映画はかくも恐ろしいものなのか!
サメの背びれに震え上がるヴァイオレットの腰を強く抱き──モリヤは、糸目の奥に何か決意の色を宿した。
「……っ、かくなる上は……!」
「……モリヤ? きゃっ」
ぎゅ、と強く彼の腕に抱きしめられる。主と侍従にあるまじき熱のある行為に、ヴァイオレットの鼓動が跳ね上がる。
真っ赤になったその耳元に、低い囁きが吹き込まれた。
「必ず、命に替えてもお護りしますから──ヴァイオレット」
「えっ、それは……! モリヤっ」
ザパン、と聞こえるはずのない水しぶきが上がる。
次の瞬間、彼女を包んでいたはずの温もりは消え失せ──モリヤは、飛び込んできたサメの口内にあっという間に飲み込まれていった。
「モリヤーーーー!!!!」
サメに飲み込まれる瞬間、モリヤが糸目をさらに細めて笑う。
柔らかな微笑みをヴァイオレットの網膜に焼き付けて、忠実なる従者は、消えてしまった。
(『死亡フラグ』だって、自分で言っていたくせに……!)
……本当は分かっている。モリヤは一か八か、ヴァイオレットにかけられた死の呪文を上書きしようとしたのだ。
その結果、ご覧の通り。ヴァイオレットは生き延びて──モリヤは、サメに喰われた。
「モリヤ……くっ!! ぅうううう!!」
重たいドレスを、手近にあったナイフで引き裂き脱ぎ捨てる。たった一人の戦場で、ヴァイオレットは聖鎧に袖を通した……いや、通せる袖はもとより無いが、気持ちとしては袖を通したのだ。
そうして、足元に転がってきたチェーンソーの持ち手を思い切り掴む。
「っ……よくも! よくも私のモリヤを!!」
どこからともなく吹き上がった風が、金色の縦ロールを艶やかに靡かせる。白い柔肌に真紅のビキニが眩いほどに良く映える。
歯を食いしばり立ち上がった彼女は生命力に満ち溢れ、息をのむほどに美しかった。
闘志に燃える菫色と、サメの黒い視線が激しく交錯する。
それを合図に、どぷん、と三角のヒレが床に沈んだ。恐らく床下で体勢を整え、勢いをつけ──今度こそヴァイオレットを噛み砕くつもりだろう。
(そうはいかないわ……っ)
足に力を込め、ヴァイオレットは軽々と跳躍しガラクタの山を登り詰めてゆく。貴族令嬢としてダンスや乗馬は嗜んできたが、こんなに高く跳べるのは聖鎧ビキニのおかげだろう。
──ザッパァアァアァアン!!!!!!
ガラクタ山の頂上に降り立った瞬間。
ついにサメが床から大きく飛び上がり、ヴァイオレットの上空で禍々しい口を開けた。
ギザギザした歯、ピンク色の肉に、奈落の底のような喉奥の闇。
喰われたらお終い。間近に迫る死の恐怖に竦みそうになりながらも──網膜に焼き付いたモリヤの笑顔が、闘志となってヴァイオレットの恐怖を焼き尽くした。
「この、サメごときが! 頭が! 高くてよ!」
聖剣チェーンソーのレバーを引き、起動スイッチを入れる。
甲高く耳障りな音を立て回転する刃を構え、ヴァイオレットは迫りくるサメの口に向かってそれを思い切り振り下ろす──!
「くたばりあそばせぇええええええええええええ!!!!!!」
ギュイイイイイインッと回転するチェーンソーが輝きを放ち、サメの口を真横に斬り裂いてゆく。
生臭い臭いに顔を歪めながらも、ヴァイオレットは懸命に足を踏ん張ってチェーンソーを握り振るった。
──ドッッシィイイイイイイン!!!!
真横真っ二つにされたサメが、ガラクタの山に落下した。ヴァイオレットは息を荒げ、脅威の残骸を見下ろす。
勝敗は決した。まごうこと無き人の──いや、ヴァイオレットの勝利だった……!
「う……っ、モリヤ……!」
──けれど、喪った命はもう元には戻らない。
あの飄々とした小気味よい声を聞くことも、どこか胡散臭い糸目の笑顔を見ることも無い。
つい先程まで当たり前に側にあった温もり。それがもう二度と戻らない喪失感に、ついに彼女が崩れ落ちそうになった……その時。
「ぐぼぉっ!!!」
「ひぇえ!? な、なに!?」
サメの死骸から、突然ナイフが飛び出してきた。それはゆっくりと腹を切り裂き、そこから出てきたのは……!
「ぺっ! ぺっ! いやあ酷い目にあいました」
「っ……どうして」
サメの血やら何やらに塗れ、艶のあった黒髪はドロドロ。侯爵家の侍従らしく仕立ての良い服も台無しになっている。
それでも、その連れ歩くには地味目の──ヴァイオレットの落ち着くその顔を、見間違えるはずもない。
「モリヤ……っ!!!!!!」
「うぉっ! お嬢様、いけません汚れますよ」
モリヤが止めるのも構わず、ヴァイオレットは思い切り抱きついた。サメの生臭さの奥にある、先程感じた彼の体温。忙しない鼓動。
(生きてるっ……ほんとに……!!)
安堵と共に、先程まで押さえつけていた恐怖で涙が溢れ出る。
胸の中で泣きじゃくり始めた主人の背を恐る恐る撫でてから、モリヤは気の抜けたように笑った。
「……ご心配おかけしました、お嬢様」
「うっ……く、ほんとに……っ喰われたかとっ……ううっ……!!」
「うーん、勝算はあったんですよ。これもまたサメ映画のセオリーというやつで、庇って死んだとみせかけて生還するという……あれはどの作品だったかな……サメを宇宙服にして生き延びた猛者もおりましたし……」
「……っ何を、訳の分からない、ことを……っ」
(このよく分からない話、間違いなくモリヤだわ)
全く、サメに呑まれていたのに暢気なものだ。
一人残されたヴァイオレットは本当に心配したし絶望したし悲しかったのに。あられもない聖鎧をまとい、チェーンソーを振り回して未知の怪物と闘うくらいには……モリヤを惜しいと思ったのに。
未だ自分を抱きしめたままうだうだとサメ映画談義を続けるモリヤに、今度はふつふつと怒りが湧き上がってくる──!!
「……っ……この……馬鹿モリヤがぁあぁあ!!!!」
「ウワァぁあお嬢様! チェーンソー! チェーンソーをしまって!!」
──ともあれ、血みどろの宴もたけなわ。
突如異世界より現れた無慈悲無差別無敵の怪物サメは悪役令嬢によって滅ぼされ、王国は救われた。
怪物を打ち倒したヴァイオレットは『サメ殺しの聖女』と崇められることとなる。
「『サメ殺し』って、もっと優雅な二つ名はありませんでしたの?」
「サメ映画好きとしては最強の称号だと思いますが」
「……やっぱりお前は趣味が悪いわね」
またそれを援助した功績を称えられ侍従モリヤも子爵位を与えられ、数年後にはヴァイオレットの夫となり彼女と共に侯爵家を盛り立てていった。
小気味よい言い合いをする二人の姿は、『サメ殺し夫妻』として後世に語り継がれることだろう。
THE END──
しかしこの時、ヴァイオレット達は知らなかった。
新たなる脅威が、三角形の背ビレを立てて忍び迫っていることを……!
「まさか烏滸がましくも続編を狙っておりますの!?」
「お嬢様、それもまたサメ映画のセオリーというものでございますよ」
──To Be Continued?
【キャラクター紹介】
●ヴァイオレット・レーヴァテイン●
金髪縦ロール、菫色の瞳の誇り高き悪役令嬢。
扇子より重いものは持ったことがないほと非力で運動音痴だが、聖鎧ビキニの力によりサメを一刀両断することが出来た。その後数日、地獄の筋肉痛に苦しむこととなる。
実はモリヤが初恋の相手。
●モリヤ●
黒髪糸目三白眼片眼鏡侍従に転生者サメ映画愛好家という盛り過ぎなほど設定を盛られてしまった男。
お嬢様の貴重な晴れ姿を見逃してしまったことを大変悔やんでいる。
ヴァイオレットを護るためなら自ら死亡フラグを打ち立てるくらいには好き。
【スタッフロール】
●主演●
サメ
ヴァイオレット・レーヴァテイン
●助演●
モリヤ
魔術師パトリック
●犠牲者の皆様●
王子
浮気相手の令嬢
ナオンス伯爵
イジーナ子爵夫人
その他数名
〜制作 赤井茄子〜
●SpecialThanks●
サメ映画を産み出してくださるすべての皆様
サメ映画を愛しているすべての皆様
声援をくださった友人まるさん
そしてこの小説を目に止めてくださった、ここまで読んでくださった全ての皆様!!
(画面下の★★★★★や感想、いいね、そしてブクマして下さった皆様本当にありがとうございます!!!制作者は小躍りしサメが続編で変形するくらい励みになります!!!!)