ダイバーソルジャー
エドモンドは自らの愚策を呪った。
頭を抱える彼の耳元にオペレーターから悲痛な声が届く。
「オーナー、ゲリラに包囲されました!」
本来の予定ならば、囮となったマカロンに敵戦力を集めて、本命の自分達は悠々と敵のいないところを抜けて逃げる筈だったのだ。
そのために扱いやすそうな老婆の運び屋を選び、自分達の護衛には有名な運び屋を選んだのだ。
「運び屋はどんな状況だ?」
「二隻の護衛艦のうち、一隻は先程の魚雷で撃沈しました。乗員の安否は不明です」
オペレーターからの報告とレーダーを見る限り敵はこの艦を中心に半径約5kmに渡って広がっている。護衛も一隻しか残っていない。
「ここまでなのか」
船屋に寝かせている娘のカレナを思う。彼女にはすまない事をしたといたく後悔していた。
投降するしかないと思い立ち、でもそれはしたくないと葛藤する。モヤモヤした心情のままレーダーを何ともなしに見やると、不意に何も無い所から熱源反応が表示された。
「なんだあれは!」
「確認します……魚雷です!」
オペレーターが言い終わると同時にその魚雷は一番遠くにいた戦艦を一隻沈めた。
「どこからだ! いや誰が魚雷を!」
「わかりません! ソナーにも反応しないんです!」
「ジャマーか!?」
船の装備にジャマーというのがある。単純に効果範囲のレーダーを狂わせるものだ、対象のレーダーを狂わせた後、相手が確認してる間に攻撃を仕掛けるのがデフォルトの戦術であり、エドモンド達はこれに引っかかった。
「いえ、ジャマーを使われた形跡はありません」
誰かは知らないが光明が見えた。この機会を利用させてもらおう。
艦橋にジョルジュの淡々とした報告が響き渡る。
『二発とも着弾確認しました。敵艦沈没』
「素敵よジョルジュ」
画面上では、戦艦を表す光点が一つ消えたところだ。マカロンは一息ついてから椅子に深く腰掛け直す。
たった二発で撃沈出来た事は僥倖。まあ流石に約200mの至近距離まで近付けばピンポイントでエンジンを貫けるのは道理か。
「こちらの存在に気付いた様子はあるかしら?」
『ありません。流石に警戒は強くなっていますが……今ジャマーを使ってきました』
レーダー画面にノイズが走り、さっきまで見えていた光点が見えなくなった。
「意外と性能のいいジャマーを使っているのね」
『軍警察で制式採用されているタイプです。しかしプロテクトレベルが更新されていないようです……解除しました』
程なくしてレーダー画面の異常が治り、正常となる。映ってる光源の位置が変化しており敵戦力が移動している事が見て取れた。
どうやらエドモンドの船を中心に戦艦が密集陣形を組み、潜水艦二隻が遊撃として動き回るようだ。
「戦闘体型に移行後、こちらの強みを活かして一隻ずつ破壊していきましょう」
『かしこまりました……黄昏の船機、戦闘モードに可変します』
ガコンと大きな音が響き、船全体が揺れる。新しくモニターに黄昏の船機のモデリングが表示され、船の可変状況を知らせてくれる。
思わずミルキィが驚きの声をあげる。
「この船は変形できたんですね」
「フフ、変形といっても真ん中のブロックが回転して艦橋とヘッドが伸びるだけよ」
マカロンの言う通り、船の先端についてるハンマーヘッドが前方に伸び、その後ろにあるウェポンユニットが九十度旋回した。そして最後に艦橋が上斜め後ろに伸びて視界が広くなる。全体的に長細くなった感じだ。
「まずはそこにいる潜水艦を倒しましょう」
マカロンの指示通りにジョルジュが船を動かす。潜水艦の左斜め後ろに回り込んで近付く。しばらくして艦橋から潜水艦の側面が見えた。
そう、艦橋から見える位置まで近付いたのだ。
「ジョルジュ、相手が気付いた様子は?」
『ありません』
これこそがこの船の強み、黄昏の船機は現段階において存在するどのレーダーにも映らないのだ。
ソナーにも反応しない。ただし腕のいい水測員であれば波の音で探知するので一概に万能とも言えないが。
「バリアントシールド展開、体当たりしちゃいましょ」
『かしこまりました』
船の給水口から大量の海水が取り込まれ、合わせてジェットノズルから海水が勢いよく排出されていく。ハンマーヘッドから透明な膜のようなものが広がった。これがバリアントシールド。
バリアントシールドを前にして黄昏の船機は潜水艦の横腹に突撃する。相手はこちらの存在を察知する間もなく横腹を叩き付けられて大きく船体を揺らす事となる。
『激突、船に問題はありません。敵潜水艦沈黙』
「わかったわ、次行きましょう」
レーダーを見ると戦艦から小さい光点がいくつも出てきたのが確認できた。
『敵がダイバートルーパーを発進させました。数は17です』
「たくさんいるのね……じゃあリナリアとギンガ君お願いね」
「よしきた!」
「俺もか?」
不意に名指しをされて戸惑ったギンガは、さっきまで護衛を演じていた事を忘れてつい素の言葉遣いをしてしまった。
「あなたダイバートルーパーに乗れるのでしょう? 生憎この船にいるクルーでダイバートルーパーに乗れる人はいないのよ」
「わかった。領主様はあまり好きではないが、カレナお嬢様にはいくらか世話になった、行かせてもらおう」
「はいはーい、あたしに付いてきて!」
リナリアに案内されるがままギンガは格納庫へと赴く。
ダイバートルーパーはアマリウムに存在する殆どの船に搭載されている小型兵器である。開発当初は海中探索のために作られたが、今となっては戦闘兵器として運用されてしまっている。
『こちらリナリア、いつでもいけるよおばあちゃん』
『ギンガだ、操縦はレギュ通りだな。これなら動かせる』
『デイブレイク発進します』
黄昏の船機の底が開いて、そこから小型のダイバートルーパーが発進する。
このダイバートルーパーはデイブレイクという、デイブレイクは両腕と両足がありそこだけ見れば人型であるが、首が無いので頭は胸に埋もれ、太い尻尾がユラユラと揺れているのでイグアナに近い造形だった。
また機体の色が周りに合わせて変化しており、肉眼での視認は困難を極める。
敵のダイバートルーパーを表す光点の群れの右端にデイブレイクが近付いていく。
『接敵まで3……2……1……撃破』
デイブレイクと光点が交ざり、あとにはデイブレイクを表す光点のみが残った。敵のダイバートルーパーを破壊した証拠である。
ダイバートルーパーが一機倒された事でゲリラ達の動揺は波紋の様に広がっていった。
『敵が、敵はどこにいるんだ!!』
『ソナーの感度をあげろ!』
『反応ねぇよ!』
『いたぞ!!』
仲間の一人がそう言った事で一瞬静かになる。すかさず隊長機が先を促した。
『どこだ?』
『隊長機より東へ300m! ソナーは駄目だ! 有視界戦闘でないと奴はとらえ……うわあああ』
ザアアアと通信が強制的に途切れた事を表す音が響く。
どうなったかはわざわざ確認するまでも無いだろう。
『全員聞いたな、有視界戦闘に切り替えて集まれ』
デイブレイクのコクピットでは観測員のリナリアが敵ダイバートルーパーが集まり始めているのを確認して報告する。
「敵が集まってるよ」
「やる事は変わらない、奴らの死角に潜り込んで確実に撃破する」
尻尾を叩きつけるように動かして前に出る、ジェットノズルによる推進も可能だが、野生水棲生物のように身体の動きだけで前に出る事も可能である。
これにより更に隠密精度を高めるのだ、また海底付近や岩場に沿って行動しつつリナリアがカラーリングの変化をマメに行って有視界でも見つかりにくくする。
そうやってダイバートルーパーに近付いていき、海底から一気に浮上して距離を詰める。敵ダイバートルーパーはオーソドックスな人型のようだ、接触前に敵がこちらに気づいて水中用ライフルを構えるが遅い、デイブレイクは腕に装備してる剣を九十度動かして手首と直角になるようにする。まるで鎌のよう。
「あのタイプのコクピットは背中にくっついてるから、そのままお腹切っちゃえばいいよ」
デイブレイクはダイバートルーパーの腹をすれ違い様に切り裂いて離脱する。ギンガが後ろを見ると沈みゆくダイバートルーパーからコクピットブロックが切り離されて浮上し始めていた。少々派手にやってしまったらしく、残った敵ダイバートルーパーが全てこちらを向いて武器を構えていた。
「問題ない、俺も操縦に慣れてきた。この機体なら正面から戦っても勝てる」
「お、やる気だねぇ」
敵ダイバートルーパーが一斉に水中ライフルを放つ、デイブレイクは身体を捻りながら弾幕の薄いところを狙って泳ぎ始め、両腕に装備した盾を合体させて一つにして前に出した。これで身体を守りながら敵に突撃するのだ。
銃弾を盾で弾きながら最初の一体を切り裂いた。デイブレイクに遠距離装備は積んでないので基本的に近接である。
「敵残り七だよ、すごいね。初めて乗った機体をここまで使いこなすなんて」
「操縦マニュアルが同じならどうとでもなる」
デイブレイクの攻撃を初めて受け止めたダイバートルーパーが現れた。両腕の剣を百八十度回して直剣にしたデイブレイクの攻撃をそのダイバートルーパーは二振りのナイフで捌いていた。
その隙に別のダイバートルーパーが後ろから襲ってきたので尻尾を振り回してそれを弾き飛ばす。振り回した影響か、デイブレイクの体勢が乱れて腕の力が緩んだ。正面のダイバートルーパーがデイブレイクの腕を外側に弾いて無防備な胴体を晒させる。
ダイバートルーパーがナイフを振りかざした。敵が少し笑った気がした。
「悪いが俺の勝ちだ」
ギンガは素早く両腕の剣を切り離して抵抗を減らしてから、顔横に装着しているナイフを手にして受け止めた。
それから敵の腹を蹴って一旦距離を開けてから再び接近、敵は真っ直ぐナイフを突き出したが直前にデイブレイクが止まって空振りする。身体を捻り回転、水の中で驚異的な遠心力を得た尻尾が敵ダイバートルーパーの腹をとらえ、尖端のナイフで切り裂く。
コクピットブロックが浮上した。
「あと何機だ?」
「0だよ」
レーダーを見ると残ったダイバートルーパーは次々に撤退を始めていた。
「引き際は良いな」
「戦艦の方も撤退を始めたみたい、何かあたし達が戦ってる間におばあちゃんが四隻沈めたってさ」