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ミス・マカロンと海の先

挿絵(By みてみん)


「私の事はマカロンとお呼びください、皆さんそう呼んでますので」

 

 この日、海上浮遊都市の領主館に一人の老婦人が訪れた。マカロンと名乗った婦人は、齢六十を超えたろうに足腰はしっかりしており、背中はピンと伸ばして両手は杖に添えていた。

 杖はおそらく歩行の補助ではなくただの身だしなみで持っている物と思われる。

 

「そうそう、マカロンを焼いてきたので食べてみませんか」

 

 マカロンはバッグから紙袋を取り出して応接室のテーブルに優しく置いた。紙袋の中には食べ物の方のマカロンが入っており、彼女は毎回出会う人にマカロンを差し入れるため周りから「ミス・マカロン」というあだ名で呼ばれていた。

 応接室の主である男性は、彼女を座らせてから不遜な態度で足を組み、差し出された紙袋には一切興味無い風で口を開いた。

 

「それは後で頂こう、ミス・マカロン……早速だが仕事の話をしたい」

「あらあらこんなおばあちゃんでもできる仕事だと嬉しいわ」

「ご謙遜を、この界隈でミス・マカロンの名を知らない人はいませんよ。海洋世界アマリウムを駆け抜ける運び屋マカロンファミリー」

「ふふ、お世辞でも嬉しいわ」


 マカロンファミリーは無名ではないが、そこまで知れ渡っているわけではない。エドモンドの言葉は本当にお世辞なのだ。

 

「脱線してしまいました。仕事の方ですが、簡単に言えば私の一人娘を安全な所まで運んで欲しいのです」

「あら、なぜ娘さんを?」

「それは私の仕事にも関わりがありまして」

 

 エドモンドは領主の傍らで兵器売買をしている。アマリウムにおいて珍しいものではないが、それでもやはり人殺しの道具を売り捌いていればそれだけ多くの人に恨まれるのが道理、現に先月あたり暗殺されかけたらしい。

 

「実は反対派のグループに送り込んだスパイから明日大々的な攻勢をかけるという情報を得ましてね」

「あら大変、そうなるとこの辺りは火の海になるわね」

「ええ、ですので付近の住民にはそれとなく事情を伝えて一時避難してもらいました。勿論私の方でも傭兵を雇って戦争の準備はしておりますが」

「心配なのも無理ないわ、その依頼引き受けましょう」

「娘の避難場所はあとで転送します。では早速今からお願いします」

 

 エドモンドがドア脇に控えていた使用人に声を掛けると、使用人はご主人の用命を聞くことなく、あらかじめ決められていたのだろう動作を優雅にこなす。

 使用人はドアを開けて中へ二人の少年少女を入れた。

 少女の方はまだ十代を半分も過ぎてないあどけない表情、背中まで伸びる金色の髪は絹のように滑らかで、加えて顔立ちも気品があり将来は美人になるだろう。

 対して少年の方は小麦色の肌とガッシリした身体付きをしている。この辺りは漁業も盛んなので漁師の子なのかもしれないが、いずれにしろこの場にいる時点で漁師ではなく護衛だろう。

 

「娘のカレナと護衛のギンガです。この海上都市から一歩も出たことの無い箱入り娘なので何かとご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「カレナと申します、よろしくお願いしますわ」

「護衛のギンガです」

 

 カレナはドレススカートの裾を持ち上げ、片足を斜め後ろに下げて挨拶をする。実に綺麗なカーテシーだ。

 ギンガの方は護衛らしく隣で小さくお辞儀をする。

 

「まあまあご丁寧に、可愛らしいカレナちゃん。それに頼もしいギンガ君」

「報酬は避難場所に用意してあります。無事に辿り着ける事を祈ってますよ」

 

 ポツリと呟かれたその言葉は、とても意味深なものに聞こえた。

 


 

 

 

 アマリウムは海で覆われた海洋世界である。表面の九割以上が海であり、陸地は一割にも満たない。人々は海上に浮遊都市をいくつも建設し、主に船で移動していた。

 マカロンは都市の一番外れにあるドックにカレナとギンガを連れて訪れた。ここにマカロンの船があるのだ。

 

「さあさあ小さい船で申し訳ないけど我慢してちょうだいね」


 錆が目立つ小汚いドックに入る。ここは一番外れにあるため利用者がほとんどおらず、また手入れもロクにされていないため今にも崩れそうな雰囲気がある。

 そんな誰も近づきたがらないプールに一隻の船が浮かんでいた。 


挿絵(By みてみん)

 

「これが私の船、その名も黄昏の船機よ」

「黄昏の船機、小さいと言っていましたが結構大きいですわね」

 

 全長は七十メートル程、全幅三十メートル、全高は九メートルぐらい。先端にハンマーヘッドと呼ばれる物が付いており、居住ブロックや機関室は後部に集中しているため、お尻と頭が大きい細い船となってる。


「とりあえず中へ入りましょう、子供達を紹介するわ」

 

 マカロンの案内のまま船内へ、狭い通路を進んで辿り着いたのは艦橋だった。

 艦橋は船にしては広めに作られている。そこには既に年頃の女の子が一人オペレーター席に座って待っていた。

 

「紹介するわね、この子はサブパイロットのリナリア」

「あたしリナリアよ、少しの間よろしく」 

「それと、こちらはジョルジュ」


 マカロンが手を叩くと前方のスクリーンにタキシードを着たペンギンのイラストが表示された。

 

『お呼びでしょうかキャプテン』

「あなたを紹介したいの、これは黄昏の船機を総括するAIのジョルジュよ」

『あなたが依頼にあったカレナ嬢ですね、私はジョルジュ、何か御用がありましたら何時でもお呼びください』

 

 挨拶もそこそこに、マカロンは手を叩いて周りの目を集めてから出航準備を急がせる。やや慌ただしい雰囲気となったが、みんな手馴れた様子で作業を行う。

 少し余裕がありそうなのでギンガはマカロンへ質問を投げかけて見る事にした。

 

「ミス・マカロン、他のクルーはどこにおられるのでしょうか?」

「ここにいるメンバーを除いたらあと10人いるわ、みんないい子達だけど粗暴で乱暴な男共だからカレナちゃんを怖がらせないよう特定の区画に入らないよう指示しているの」

「お気遣い感謝します。それとそこのリナリア様はサブパイロットとの事ですが、もしやここにはダイバートルーパーが積まれているのですか?」

「あら察しがいいわね、その通りよ。でも残念ながらメインパイロットがいなくて……あなたやってみる?」

「機会があれば是非」

 

 黄昏の船機はボロドックから静かに出航した。外は日が落ち始めており遠くの海が赤く染まっている。

 天気は晴れ、波も穏やかな凪だ。

 ドックからある程度離れたところでマカロンがジョルジュへ指示をだす。

 

「潜航開始してちょうだい、速度はそうね……30ノットでいいかしら」

『かしこまりましたキャプテン』

 

 黄昏の船は暗い海の中を進んでいく。まるで大きなクジラが泳ぐかのよう。

 定期的に聞こえるソナーの音に混じって水の音も聞こえる。

 向かう先は……指定された座標とは全く違うものだった。

 

イラストにも表記されてある通り、イラストレーターは鉄機さんです

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