基準
それから瞬く間に一週間が過ぎ、再び黒羽との面談の時間になった。いつものように僕はAの要望で同席しているが、何処か落ち着かない。というのも、実は前回の面談ではAに宿題が出ていたからだ。
(出来たのかな……)
その宿題とは、自分のしんどさの源泉とその大きさを考えてくること。それを言われた時のAのリアクションたるや恐ろしい物があった。
“出来る範囲でいいですから”
と言って黒羽はAをなだめたが、さてどうなったか……
「Aさん、宿題はどうでしたか?」
開口一番に直球! 黒羽さん、頼みますよ!?
「やなこと言われる→しんどくなる、で終わり。大きさは信じられないくらい大きい」
うーん……確かに答えてはいるけど、これではよく分からないな。
(一生懸命考えたのかもしれないけど……これだと何をしたらいいか分からないんだよな)
しんどくなる原因が分からないというか……まあ、それはA自身にも分からないと言われたことがあったな。
(後、信じられないくらい大きいって言うのら輪郭があるようなないような)
黒羽からは1〜5の数字でも良いと言われていた。が、Aにとっては数字はピンとこないものだったらしい。何でも5という数字は自分のしんどさを表現するのに小さ過ぎるらしい。
(5で最大なんだかは5じゃ駄目なのか?)
と思うが……まあ、感情の大きさを数字で表現するっていうこと自体、あまり慣れないことではあるな。
(黒羽は何ていうかな……)
黒羽が期待したような答えではないのは明らかだ。さて、何て言われるか……
「お疲れ様でした。オッケーです」
オッケーなの?
「ところでやってみて思ったことがあったら教えて下さい」
「よく分からなかった。しんどいさが何処から来てるのかとか、何が影響して生まれてきたのかなんて言われても分からないし」
分からないでもないけど……それ言い出したら元もこもないぞ!
「まあ、そうですよね。でも、しんどさが何処から始まっているのかが分かれば、しんどさがマシになりそうだとは思いませんか?」
「そりゃ思うけど。原因が分かればそれを何とかしたら良いんだから」
ん……そう言えば、黒羽はAみたいに”感情の原因“とは言ってないな。“源泉”とか何か違う言葉を使ってる。
「そうですね。対処法がある……つまり、自分で対処出来ると思えるかどうかはしんどさやストレスの大きさに直結する要因の一つです」
そうなのか……まあ、そうかも知れない。
「でも正直どうしようもない。とにかくしんどすぎるから」
Aは頭を抱えながらそう言った。そう、Aはとにかくしんどいのだ。だが、そのしんどさの正体は分からない。
(確かに黒羽の言うように分からないことそのものがしんどさになっているって言う側面はあるけど……)
僕やAの両親はAの言うしんどさが何なのか分からず困っている。分からないこと自体も厄介だが、理由が分からないせいでどう接したら良いか──言うことを聞いてれば良いのか、励ました方が良いのか──が分からないのだ。
「じゃあ、今日はそこのところを考えて見ましょう」
黒羽がそう言うのを聞いて、僕は耳を疑った。
(え、マジで!?)
本人にさえ分からないのに……
「と言っても、Aさんの心の中のことですから私には分からない。なので、良くある話をして見るので感じたことを教えて下さい」
良くある話……?
「Aさんのしんどさですが、それは言い換えると“人からダメ出しされた“というようなものではないですか?」
ダメ出し……確かにAは人から否定されることに敏感……いや、過敏だ。少しでも否定されたと思うと、もの凄く怒る。しかも、それは相手にその気があっても無くても関係ないのだ。
「まあ、それはあるかも知れない」
「そうですよね。ダメ出しされて嬉しい人はいませんしね」
まあ、確かに。
「ところで、もしダメ出しされないようにしようと思ったらどうしたら良いと思いますか?」
ダメ出しされないようにしようと思ったら、か。うーん……
(とにかく無難なことを言っておけば良いかな)
みんなが頷くようなことを言えば、ダメ出しはされないんじゃないかな。自分が本当にそう思うかどうかは別にして。
「普通のことを言えばいい」
Aの答えに黒羽は頷いた。
「そうですね。ところで、物事の良し悪しを決める時、二つの基準があるという話を聞いた事がありますか?」