二種類の落ち込み
黒羽の話が終わって家に帰った後、僕は部屋で一人考えこんだ。
(つまり、失敗したことによる落ち込みと、失敗した自分に対する落ち込みの二種類があるってことなのか?)
例えば、人間関係が上手くいかないことに落ち込んでいるとしよう。“そもそも人間関係が上手く出来る人なんているのか?”というツッコミが来るかもしれないが、そこはとりあえずおいておいて欲しい。
(至極真っ当な考えだけどな……)
話を戻そう。現実的に可能かどうかはおいておいて人間関係が上手くいかないと落ち込む人は多いと思う。そのこと自体は別に普通だし、自然なことだ。僕にだってある。だが、どうもそれだけで済まないこともあるらしいのだ。
(人間関係が上手く行かないことに落ち込んでいるうちに人間関係が上手くいない自分に対する落ち込んでくる……か)
僕には分かるような分からないような
話なのだが、Aにはよく分かるらしい。というか、何かに失敗することと失敗した自分に対する落ち込みはほぼセットだと言うのだ。
(失敗した自分に対する落ち込みか……)
理屈は分かる。勿論、僕にも無いとは言わない。さっきの例なら”人間関係が上手く出来ないなんて僕は何て駄目な人間なんだ”と落ち込むこともある。けど、Aみたいにそれがセットかと言われると……
(あ、でも問題はそこじゃなかった)
人間関係が上手く行かなかったからって、”自分が駄目な人間だ“とまで思わなくても良いじゃないかという話は正論だ。だが、待って欲しい。黒羽の話のポイントはそこじゃないのだ。
(失敗そのものじゃなくて、失敗した自分に対して落ち込むと解決が難しいって話だったな)
人間関係が上手く行かなくて落ち込んだから、上手く行く事があったら落ち込みからは回復出来る。これは良いと思う。しかし、失敗した自分に対して落ち込むと、例え失敗した後人間関係で上手く行っても落ちこんだままのことが多いらしいのだ。
(上手く行っても落ちこんだままなんじゃ、しんどいままだよな)
何でこうなるのかについて、黒羽はそれぞれの思いが何をきっかけに生じたのかが違うからだと言っていた。つまり……
(人間関係が上手く行かなくて落ちこんだ)
人間関係が上手く行かなかった
→ 落ち込む
(人間関係が上手く行かなかった自分に落ちこんだ)
→人間関係が上手く行かなかった自分はダメなやつだ
→落ち込む
分かるだろうか。人間関係が上手く行かなかった自分に落ちこんだ場合、その源泉は失敗したという事実そのものなのだ。だから、その後上手く行っても落ち込みは回復しない。だって、失敗した事実そのものは変わらないからだ。
(過去は変えようがないから解決しないよな、それ……)
じゃあ、どうするか。黒羽が言うには、そもそものスタートラインに戻って解決すると上手くいきやすいらしい。人間関係の例で行けば……
人間関係が上手く行かなかった
→落ち込む①
→人間関係が上手く行かなかった自分はダメなやつだと思う
→落ち込む②
という順序のはずだ。まずはこの流れを掴んだ後、“そもそもの発端は人間関係が上手く行かなかったあの件なんだな”と理解することが大切らしい。
(そんなことしても何も変わらない気もするけど……)
と思った俺に黒羽は心の第一法則とやらを教えてくれた。その法則とはこれだ。
”輪郭のない感情はほぼ無限に膨れ上がる“
輪郭というのが何なのかが分かりにくいが、要は何でその感情が沸き起こってきたのかやその大きさ、強さのことらしい。黒羽曰く、それが分からない感情はどんどん強くなるし、それが分かった感情はそれ以上強くならないらしい。
(分かるような、分からないような)
だが、Aにはピンとくるものがあったらしい。彼女曰く、落ち込みが酷くなると、何でもかんでも落ち込む原因になる──例えば極端な話、スプーンを落としただけでも“自分は何をやっても駄目だ”と落ち込む──し、大体何で落ち込んでいたのかさえ分からなくなるらしい。
(でも、人間関係に失敗したという事実と”人間関係が上手く行かなかった自分はダメなやつだと思った落ち込み”は解決してないよな)
それを聞いたら、黒羽に”一つずつです“と言われた。何故ならAは“そもそも何が発端なのか何て分からない!“とうなだれていたのだ。