ヨシヨシ法とロケット法
「つまり、どうしたらいいの?」
黒羽から聞いた話をたどたどしくAに説明すると、間髪入れずにAはこう問うてきた。Aに言わせれば、“理屈は分かる。けど、『焦らないで待つ』とか『何も考えない』とか言われてもやり方が分からない”というとらしい。
(しかし、別に何か特別なことを考えてやってるわけじゃないし、やり方が分からないと言われても……)
考えてみれば、『確実にする』とか『今すぐやる』ってことは学校を初めとした色んな場所で散々やってきた。でも、その逆はどこでも習った試しがない。
まあ、でもこうなったら言い出しっぺに聞くしかない。丁度黒羽とAとの面談の予定があったこともあったので、僕は黒羽に聞いて見るようにAにすすめた。
※
「確かにそうですね」
面談でAと僕が二人で話したことを尋ねると、黒羽はあっさりとこう言った。
ちなみに面談は黒羽とAでする予定だったのだが、Aの希望で僕も同席している。
「まあ、一般的には”考えすぎ“とか”もっと気楽に“とか言われてしまうでしょうが、それがあなたにとって難しいことは分かります。というか、本当は難しいことなんです」
そうなのか?
「だって、周りから“確実にやれ”、”今すぐやれ“と言われがちですからね。そう言われながら“確実さを求めず”かつ“即座に解決しようとしない”というのは中々困難ですよ」
なるほど。そんな相反することを真面目に達成しようとすると、それこそ大変なことになるな。
「けれど、大丈夫です。実は簡単なやり方があります」
マジで?
「それは嫌な気持ちを追い出そうとしないことです」
黒羽がそう言った瞬間、Aは”無理!“と言う。それを聞いた黒羽はまあまあとAをなだめるのだが……
(いやいや、ちょっと待て。嫌な気持ちを追い出すって何だよ)
気持ちって追い出したり出来るもんか? まあ、気にならなくなることはあるかも知れないが……
(……でも、気持ちを追い出すってのは気にならなくなることと同じなのか?)
同じような気もする。が、何か違う気もする。
「実は感情をコントロールしようとする時、大きく分けて二つの方法があるんです」
感情コントロールに二つの方法……聞いたことないぞ。
「一つが嫌な感情を少しずつ小さくしていく方法です。仮に“ヨシヨシ法”とでも名付けましょうか。やり方は様々ですが、時間経過を待って感情が落ち着くのを待つ方法です」
嫌な感情を少しずつ……言われてみればそんなもんか。
(嫌な感情は嫌なままだもんな)
まあ、感じ方というか印象は違うかもしれないが、嫌な感情が消えたりなくなったりはしない。
(というか、嫌な感情が完全に無くなるってことはないよな)
僕はそう思うのだが、Aの様子を見ていると、どうも彼女にとっては違うらしい。
「そして、もう一つは……ロケット法とでも名付けましょうか。嫌な感情を追い出そうとする方法です」
嫌な感情を追い出すって……?
(そんなこと出来るのか?)
黒羽の話を聞いて僕が最初に思ったのはそれだった。そもそも感情に形も何もないからな……追い出すとか言われても。
(まあ、気にならなくなるってことはある……か?)
それが黒羽の言う“追い出す”ことと同じかどうかは分からないが。
「厳密には追い出すことを目指すと言った方が良いかも知れませんね。感情の有無を測る方法なんてないですから」
「何で嫌な感情を追い出しちゃ駄目なの? 嫌なものがあるのは嫌なんだけど」
まるで食ってかかるようにそう言うAを黒羽は”まあまあ“と言って宥めた。
「別にロケット法が駄目だとか言いたい訳じゃないんです。だって、実はどちらも皆自然と使ってるんですから」
え? そーなの!?
「それぞれ用途が違うんです。ロケット法は短期決戦型。瞬間的にパワーが出るのでテスト勉強や仕事が忙しい時に使っていることが多いみたいですね。まあ、無意識にですが」
確かにテスト勉強の時とか仕事が忙しい時はそれ以外のことが何処かに行ってしまってるな。気にならなくなるというか、何と言うか。
「そしてヨシヨシ法は普段しなきゃいけないことをする時に使う継戦重視型。毎日するようなこと……例えば宿題だったり、職場でメールのチェックなどのルーティンワークだったりをするのに使うことが多いようです」
ふむ。確かに宿題や職場でメールのチェックをする時はテスト勉強の時とは違うかも。何と言うか、途中で止めたり、休んだり……何と言うか寄り道が多いな。
「これらはそれぞれ使い途が違うだけでそれぞれ然るべき時に適切な方を使えばそれで良いんです。問題なのは、全部無意識だってけことですね」
確かに僕もAも今までヨシヨシ法とロケット法の区別がついてなかったし、感情コントロールについて二通りの方法があるなんて考えもしなかった。けど、それの何が問題なのだろう?
「無意識なので感情コントロールについて話をする時に食い違いが起きやすくなるんです」