これから
黒羽との面談の後、珍しくAは何かをかんがえこんでいる様子だった。
(どうかしたのかな……)
いつもならAはあっけらかんとしていて、僕が考え込んでいるのだが……
「さっきの話だけど」
Aが口を開いたのはクリニックを出る直前だった。
「えっと、どの話かな」
Aがどの話が気になっているのか分からない僕はそう問い返した。こうするといつもなら少し機嫌が悪くなるAだが、今回はそんな様子を全くなく……
「人に嫌われてもそれが変わる可能性があるって話」
と答え、
「そんなことあるかな。悪いふうに変わるのは分かるけど」
とさらに聞いてきた。
(“当たり前じゃん!”と言いたいところだけど……)
実は僕にだって分からない。いや、そう言うことはありそうな気はする。
(少なくとも理屈はあってるしな)
だけど、それに確信を持てるかどうかはまた別の話だ。嫌われている相手からもそのうち好かれるかも知れない……それは少なくとも不確実で不安定な話だ。
(あ、不確実で不安定……って)
僕は黒羽から聞いた話を思い出した。まさか、これも同じ? 全部繋がった話なのか?
(それなら……)
不確実なものは不確実なもの、不安定なものは不安定なものとして理解すべきなのか?
「どうだろう。まあ、全くないって訳でもないかもだけど」
「第一印象って大きいよね」
確かに本屋で読み漁った本の中には第一印象が人に与える影響の大きさについて書かれたものもあった。初頭効果、だっけ? 詳しくは忘れたが。
「でも、しばらく一緒にいるとそれ以外にも色々あるし」
「まあ、それは確かに。けど、やなことのほうが多いし……悪いふうに変わるのはよく分かるんだけど」
論理的には、悪いふうに変わるんだから、良いふうにも変わる可能性があるというのは正しいのだろう。だが、Aがそれを信じられない理由は僕にも何となく分かる。
(嫌われたくないもんな)
単にそれが嫌だとか、気分が悪いとかという理由だけじゃない。僕達は他人から嫌われないように、仲良くするように教えてこられてきている。だから、嫌われていても──という前提を持つことは簡単とは言い辛い。
「でも、もし良いふうに変わる方法があるならそれをやってみたらいいよな」
「うん、まあ、そうなんだけど」
Aはここで、ため息をついた。
「こんなふうにごちゃごちゃ考えるのは嫌。もっとパッと正解が知りたい。そうしたら、間違えないのに」
確かにややこしい。何故こんなに色々考えなきゃ行けないのかと思うほど。
(でも……言われてみると当たり前なんだよな)
いつも考えてる訳じゃない。けど、振り返ってみれば、黒羽が言ってるようなことは考えている。意識してやってる訳じゃないが……
「自分のことって意外と分からないもんだよな」
これはただの感想だ。けど、もしかしたら分からないままでは上手く行かないのかも知れない。
「今のままは嫌。だけど、どうしたらいいか分からない」
だよな。俺にだって分からない。黒羽には分かるんだろうか。
(なら、とりあえずやってみれば……とか少し前の僕なら言ってたかもな)
多分それが正論だが、”とりあえず“という言葉はAには届かない。何故ならAは確実な方法、正しいやり方を求めているのだ。そんな不確実で正しいとは限らない手段は望まない。
(そして、それは別に間違いじゃない)
確実にすること、正しいことをすること。それは間違いどころか良いことだ。にも関わらず、これにこだわると上手くいかなくなるのは何故なのか……そこら辺はまだ僕には分からないけど。
(でも考え続けるしかない、か)
どうすれば上手くいくのか。考えなきゃ分からないなら考えるしかないか。
(また、黒羽の話が聞きたいな)
僕は今までAに言われて黒羽の面談に来ていただけで、陪席を希望したことは一度もない。だけどこの時、僕は始めてそう思った。
ここで序章がおわりなので、一旦ここで完結とさせて頂きます。気が向いたら続きを書きます。
続編となる第一章はあの有名な白黒思考についてになる予定です。一つだけお約束しておくと、「白黒思考はダメ」という話にはなりません。そんな話は既にいっぱいありますからね(笑)