雰囲気とそれ以外のもの
「ちなみにAさんは人に嫌われてるかどうかをどうやって判断していますか?」
「雰囲気とか表情とかで分かる」
「なるほど。そうですね」
黒羽は頷いているが、表情はともかく雰囲気か。確かに分からないとは言わないが不確実なような……
(いや、僕も本当は嫌なことでも愛想笑いとかするしな)
まあ、バレてるかも知れないけどそれはまた別の話だ。
(相手の気持ちを誤解していたりするのもしょっちゅうだしな……)
雰囲気で相手も納得してるのかなと思っていたら実はそうでもなかったりとかもあるしな。
「自分のことを良いと思うかと悪いと思っているかを雰囲気で察するというのは誰もが自然にやってることです。でも、最初は良いと思った相手を悪いと思ったりすることってありませんか?」
「それはある」
確かにあるな。それに逆もあるな。
「そんな時、どう思いますか?」
「騙されたと思う」
「確かに、良い人だと思ってたのに悪い人だったら騙されたと思いますよね」
うーん、理屈はそうだが……そうなのか?
「ところで、ちょっとお伺いしたいのですが?」
え、僕か?
「あなたは自分のことを良い人だと思いますか? それとも悪い人だと思いますか?」
「え!?」
良い人か、悪い人か……どっちだ?
(良いとこもあるけど……悪いとこもあるよな)
良いとこ悪いとこのどっちが多いとかで考えたら良いのか? うーん。
「中々分かりませんよね」
「そうですね。良いとこ悪いとこありますし」
「そうです。実は人間には良いとこと悪いとこがあるんです」
それって当たり前じゃないか?
(……いや、待て!)
その時、僕はあることに気づいた。そう、良いところと悪いところがあるのに──
「良いところと悪いところがあるのに、私達は良い人と悪い人というように区別してますね」
確かに。
「実は、人には両面……というより色んな側面があります。普段私達はパッと自分に見える面を見て他人の良し悪しを判断することが多いんです」
なるほど。
(逆に、良し悪しだけで判断していない人だと色んな側面が見えてるのかも知れないな)
良く知ってる人ほど色んな面が見えて、あまり付き合いがない人ほど良し悪ししか見えない気もするな。
「だから、良い人が悪い人になったり、悪い人が良い人になったりするってことですか?」
「より正確には、良い人と悪い人がいるわけではなく、良い目と悪い面を持った人がいるだけということです。普段、中々忘れていても仕方がないとは思いますが」
なるほど。まあ日常生活は忙しいし、会う人も多い。全てが見えてなくても仕方がないか。
「……つまりどう言うこと?」
「雰囲気で分かること以外の要素もある、ということです」
黒羽がそう言うとAはあまり納得していない顔でふーんと言った。うーん、どうなるんだ、これ。
「で、もうちょっと続く……というよりここからが本題なのですが」
え、ここからが本番か!
「今、他人について“良い人と悪い人がいるわけではなく、良い目と悪い面がある”と言いましたが、それは私達にも当てはまるはずですね」
あ……
「そして、私達が他人の全てを見ることが出来ず、良い人や悪い人だと誤解するのと同じように、他人も私達を誤解する可能性がありますね」
確かに。そして、僕達の誤解が解ける可能性があるように他人の誤解も解ける可能性がある、つまり……
(嫌われてると思っていた相手から好かれる可能性もあるな)
だって、相手は自分の一面しかみえてないんだから……
「Aさんは普段一度嫌われたら、それが変わることはないと思っていませんか?」
「……思ってるけど」
「そう感じることが悪い訳じゃありません。むしろ多数派かも。でも、周りの他人があなたの全てを見られる訳では無い以上、嫌われたとしてもそれが変わる可能性があるとは思いませんか」
「確かにそんな気もするけど……嫌われるのは嫌」
「そうですね。今は”嫌われてもそれが変わる可能性がある“ということだけ理解してもらえれば十分です」
嫌われてもそれが変わる可能性がある、なんてのは一見当たり前の話だ。そんなことをAに伝えるために何でこんなにややこしくて回りくどい話をしたのか。それに僕が気づくのは大分後のことだった。