童話やけんど、ほんとにあった話ばい(おいちゃんの、ちょっと昔のお話)
このお話は、実際に「おいちゃん」から聞いたお話をもとに書いています。おいちゃんが若かった頃の「昭和」のお話です。
このはなしは、おいちゃんが今よりずっと若かったころにあった、ほんとうの話なんよ。
おいちゃんは若いころ、日本中のいろんなところに行ってみたいと、ずっと夢に見とったとよ。
知らん土地に行って、いろんなことを、見たり聞いたりしたいと、ずっと夢に見とった。
だからトラックの運転手さんになったとよ。
おいちゃんは、まいにちトラックに乗って、やさいを運ぶのが仕事やったんよ。まだ若くて仕事をはじめたばっかりやったから、あんまり遠くまでは行けんかった。
ある日、ちょっと遠くにある門司の港まで、
やさいを運ぶ仕事ができたん。
港に行くことはなかなかないけん、うれしくてワクワクした。
そのころは今みたいに、スマホもナビも無い時代やったけんね。
道がわからんくなったら、道を歩いとる人に「門司の港は、どっちですかね?」っち、聞きながら行くと。
その日は知らん道を行ってやろうと思って、山の中をとおって行くことにしたばい。
さいしょは家も田んぼもあったけど、山をぐんぐんのぼっていったら、木ばっかりになってしもうた。
道はどんどん細くなっていくし、車も人も、だあれもおらんくなってしもうた。
誰もおらん山の中で、もしも道に迷ったら・・・と思ったら、おいちゃんは、ちょっと怖くなったんよ。
とうとう山の中で、道がなくなった。
道の真ん中に、トラックよりも大きな岩がドン!とあって、道がふさがれとった。
引き返すこともできんし、どうしたもんかと困っとったら、いつの間にかその大きい岩の前に、人が座っとった。
さっきまで誰もおらんかったのに、不思議やなと思ったけど道が聞けるけん、助かったと思ったんよ。
岩の前に座っておったのは、晴れた日なのにカサをさして、着物を着たオジイやった。
さいきんは日傘っちゅうもんがあって、晴れた日でもカサをさすけど、昔はそんなシャレたもんはなかったとよ。
やけん、晴れとるのにカサをさすとは、おかしなオジイやなと思ったっちゃ。
おいちゃんはオジイに、
「門司の港に行きたいとです。どげんしたら、よかですか?」っち聞いた。
そしたらオジイは、カサで顔をかくしたまま、だまって右に手を振った。
その手がまあ、毛がボウボウたくさんはえとって、まっ黒やったとばい!
オジイのボウボウした手がさしたほうをよくよく見たら、細いほそい道があった。
こりゃ助かったと思って、オジイに礼を言ってその細い道を行ったら、どうなったと思う?
またオジイのおる道に、戻ってきたんよ!
おいちゃんはまたオジイに「こっちが門司の港かね?」っち聞いた。
オジイはあいかわらずカサで顔をかくしたまま、毛がボウボウの手で右をさす。
言われたとおり行ったけど、やっぱりオジイのおるところに戻ってきた。
おいちゃんは怒って、トラックからおりて、オジイのところに行った。昔は若かったけんね、すぐに怒るとよ。
おいちゃんは、できるだけ怖い顔をして、
「なんで、ウソばつくとか?」っち聞いた。
オジイは小さい声で「ワシも、門司の港に行きたか。むすめに、子どもが生まれるけん。」っち、言いよった。
そのころ若かったおいちゃんには、むすめも孫もおらんかった。でも、かわいいむすめに、かわいい孫が生まれるんなら、そりゃあ会いたいやろうっち気持ちは、わかった。
ちょっとかわいそうに思ったけん、
「トラックに乗せてやったら、本当の道を教えてくれるとやな?」っち聞いたら、
「おしえる。」っち言いよった。
「そんなら、乗りなっせ。」っち言うて、おいちゃんが先にトラックに乗った。
助手席のドアを開けてオジイを待っとったら、何が乗ってきたと思う?
タヌキがちょこちょこっと、乗りこんできたとばい!
動物園で、タヌキを見たことがあるかね?
昔はわざわざ動物園に行かんでも、そこらへんにおったけど、さすがにトラックに乗ってくるタヌキは、おらんかったばい!
おいちゃんはビックリして、人間のオジイを探した。
けんど、カサをさして、着物を着た、毛がボウボウのオジイは、どこを見てもおらんかった。
そしてさっきまで道の真ん中にどんとあった大きな岩は、影も形も消えてなくなっとったんよ!
大きな岩がなくなった後には、ちゃんとまっすぐな道があったとよ。
タヌキは、ふつうのタヌキやった。
カサもさしてないし、着物も着てない、ふつうのタヌキやった。
おいちゃんはタヌキに「さっきのカサをさしたオジイは、おまえさんやったんかね?」とか、「あの大きい岩は、どうしたとね?」とか、「あんたさんは、トラックに乗りたかったけん、ウソばついたとかね?」っち聞いたけど、タヌキはなあんも答えんかった。
門司の港に行くあいだも、タヌキは一言もしゃべらんかった。
お行儀よくすわって、ずっと前を見とった。
知らん人が外から見たら、タヌキが助手席にちょこんとすわった、ヘンなトラックに見えたやろうな。
門司の港について、おいちゃんが荷物を船に積むあいだに、タヌキはおらんくなっとった。
助手席を見たら、クルミが2個、置いてあった。
もしかしたらタヌキは船にのって、かわいいむすめと、かわいい孫に会いに行ったんかもしれん。
タヌキがお礼にくれたクルミは、マジックでタヌキの顔ば書いて、ヒモば付けて、トラックのフロントガラスに下げてみた。
なんしか知らんけど、それから仕事をたくさんたのまれるようになった。
おいちゃん一人じゃ間に合わんようになったけぇ、何人か運転手さんをやとって、だんだんにトラックを増やしていった。
仲間ができて、おいちゃん一人じゃなくなったおかげで、ずっとおいちゃんの夢やった、遠いとおいところへ、トラックで行けるようになった。一度も行ったことのないところへ行くのは、そりゃあおもしろいことよ!
見たことも、聞いたこともないことが、どっさり!たくさん!あるんやけんね!
おいちゃんはね、今でも思うんよ。
かわいいむすめと、かわいい孫に会いたいタヌキに力を貸したけん、タヌキもおいちゃんの夢に、力を貸してくれたんやろうなっち。
遠くに行ってみたいっち、夢はかなった。
けんどな、ずうっと生きてりゃ、もっと良いことがあるとは、さすがのおいちゃんも知らんかったばい!
何が「もっと良いこと」かって?
ふふふふふ。
教えちゃろうか?
ほんの今日な、おいちゃんに、かわいい孫が生まれたとばい!
さあさあ! これからおいちゃんは、おいちゃんのかわいいむすめと、おいちゃんのかわいい孫に、初めて会いに行ってくるばい!
この話は、
これで、おしまい。
このお話を、読んでくださったあなた様と、お話を聞かせてくれたおいちゃんと、子どもを授かる前に帰らぬ旅へ出てしまったおいちゃんの娘である、私の大切な幼馴染みに贈ります。