戦争
シーラ・エドニーはルークの幼馴染で、ロベリアの魔法の師匠でもあった。彼女は魔法の天才で、ルークより一年遅れて出陣すると、大規模攻撃で戦況を一変させ、部隊の誰よりも大きな戦果を上げていた。
「私は接近戦は苦手だから」それが彼女の口癖だった。
実際、シーラは武器を使った近接戦闘が致命的に不得意だった。腕力が弱い彼女は、剣を持って素早く動くことができず、飛び道具や暗器の類も扱う才能がなかった。
そこで、戦場に出るときは必ず護衛を付けていた。新米傭兵のルークが彼女のそばで戦うことができたのは、彼が幼くして剣技の達人であったからだ。
ーー二年前のあの日。
ヴァンサン王国の大軍を迎え撃ったアバスカル帝国の傭兵部隊、《ハリエット》。戦端は、まずシーラの大魔法によって開かれた。
「雷鳴の裁き!」
空が砕けて、弩級の鳴神が伝導した。だが、敵軍を焼き殺す寸前、
「堅牢魔法障壁!」
ヴァンサンの頭上に巨大な魔法陣が展開し、攻撃を防いだ。敵の魔法使いによる仕業だ。
そのあとも、シーラの魔法はことごとく相手の障壁に防がれ、遂に両軍は激突し、乱戦に移行した。
「敵の魔術師を仕留めに行くぞ!」ルークの父親、ラフル・グラハム・ラッセルが叫んだ。強力なシーラの攻撃を完全に遮断できる使い手なら、こちらに攻撃を仕掛けることも可能だ。自軍の彼女と同じく、戦況を左右する鍵となる。危険な人物を排除すべく、シーラと護衛のラフル、ルーク、そして壮年のハリー・ガードナーは動いた。
馬を駆り、敵軍の中を切り込み、探知した巨大な魔力の源ーー隊列の後方へ進撃する。
「いたわ! あの女よ!」シーラが標的を捕捉する。目の前に現れたのは、赤い髪をした妙齢の女性だった。
敵の魔術師にも護衛がいた。男の兵士が五人。激しい剣戟が始まる。ラフルが一人で二人を倒した。そしてルークも、父親仕込みの歩法で距離を一瞬で詰め、相手の両腕を斬り落とした。剣を持つことはおろか、治癒魔法を施さなければ失血死する深手だ。その首を、自分の敵を片付けたラフルが一閃した。ハリーも残る一人と熾烈な戦いを繰り広げている。親子が加勢に向かおうとしたところで、シーラと魔法を撃ち合っていた女魔術師が、大声で叫んだ。
「炸裂!」
女の周囲に、爆炎が広がった。それは彼女の味方ごと人間を飲み込む。
シーラは、自分の身を守るので手一杯だった。ハリーは戦っていた敵兵士と共に、爆風の直撃を受けて肉体が焼失した。そして、父親も。ラフルは咄嗟にルークの前で魔法壁を展開したが、爆撃は防御を溶かし、身体は焼け爛れて、彼は焼死した。
生き残ったのはルークとシーラだけだった。
ルークは火傷の痛みを治癒魔法で緩和し、地面を思いきり蹴って敵の女魔術師に肉薄した。セドリック・アルベルト・モワナを叩きつける。
「防御魔法」
しかしルークの刃は敵の硬化した肌を貫通し、女の腹に大穴を開けた。
「ぐおおおっ!」 だが、「ひ、治癒魔法……」みるまに腹の穴が新しい肉で埋まり、女は再生した。
ルークは瞬時に退却を判断した。
「シーラ!」彼女を抱え込んで走り去る。そのために、足を踏みしめたとき。
女がルークより先に地を蹴り、シーラに肉薄した。
シーラはナイフを構えた。「風刃!」斬撃が放たれる。
しかし敵の防御魔法は発動したままで、風の刃を受け止め、霧散させた。
ルークより一歩速かった。
女が剣を振りかぶると、シーラは受けて立った。しかしそこで、武器による戦闘の練度が……、勝負を分けた。シーラのナイフは空を切り、女の剣が、シーラの胸を貫いた。




