竜の姫君
フィオナの兄の名前はリュシアンといって、母親のディアドレが、少しずつ狂ってきているのは理解していた。だから、彼女に噛みつかれたときに自分の役割を受け入れた。自らが餌となり、妹を守ることを。
屍食鬼のディアドレは本来人肉を主食としているが、人間のミクロス、混血のリュシアンとフィオナに合わせて家畜の肉を食べて生活していた。それがストレスとなり、理性を失くして息子に襲いかかったのだ。
限界が近くなった彼女は、夫と共にワイバーンに変化して人間を襲い始めた。だが、蝕まれた心は回復が間に合わず、娘の目の前で兄をむさぼり食らった。
「殿下はこれからどうされるのですか?」彼の去り際に、ジェームズが訊いた。
「フィオナを連れて、未開の大地で狩りをして暮らそうと思う。この子の食人衝動は、母と違って動物の肉で誤魔化せる程度だ。だが万が一、娘が殺人者になるのは望まない」ミクロスは浮遊魔法でフィオナと浮かび上がった。
「さようなら、みんな」フィオナはロベリアに手を振った。
そして、人間の廃太子と屍食鬼の姫君は、空の彼方へ消えていった。
「さようなら、ですわ」ロベリアがひとりごちた。その声音に、少しだけ寂しさを込めて。




