逃げ延びたふたり
一度はフィオナを拘束したが、ロバートは彼女の縄を解いた。人気のある街中で少女を縛って移動していたら、人攫いと思われても仕方がない。ただでさえ、正当防衛とはいえ大量殺人の現場を放置して一行は宿を出発していた。ロバートが宿代と詫びの銀貨を置いてきたとはいえ、旅籠の主人は起きたら仰天したことだろう。客が皆殺しにされていたのだから。
一行は馬車を借りることにした。店の主人を叩き起こして、夜が明ける前に高値で強引に譲らせたものだ。出費は痛いが、ミクロスを探し出し、ミロシュ・ガルシア国王に引き渡して褒賞金をもらえば、何倍にもなって返ってくるはずだ。屋形の中でフィオナに定期的に催眠魔法をかけて眠らせ続けた。もしも憲兵の検問に捕まっても、うたた寝している末娘にしか見えないだろう。
襲撃のあった夜が明ける頃には、キンスキーの門を出ていた。街はまだ、事件に気づいてもいないようだった。
王都に続く整備された交通路を走り、次に向かったのはメジンバーだ。馬車で五日もかけて正門前に辿り着いた。街に入ると、ルークたちはまず宿を探した。部屋を手に入れると、フィオナをベッドに寝かせた。そこで四人は半分に別れる。ジェームズとロバートは部屋に残った。フィオナの監視だけならひとりで十分だが、再びの襲撃に備えて、二人組で行動することにしたのだ。留守番を彼らに任せて、ルークとロバートは買い出しに出かけた。
「すごく久し振りに、お兄様とふたりきりですわっ」ロベリアは喜んでいた。パンや牛の干し肉、豚の腸詰めなどを買い込んだ。彼女は恵まれた容姿と愛らしさで男の店主たちから値切ってみせ、予算の三割ほどで購入できたのだから驚きだ。
ルークも、薬や野営用の薪などを手に入れて抱えている。「アバスカルから逃げていたときより、ロベリアは生き生きしているよ」
「そうですわね。この国に来て、……いろいろありましたけれど、やっぱり戦争がないのは、とてもすごいこと」ロベリアはいった。
兄妹のふたりは戦地で生まれた。父は百戦錬磨の傭兵だった。ロベリアを産んだ後、母が病で亡くなってからは、父も含めた野営地の皆がふたりの面倒をみてくれた。そして戦いの英才教育を。父は、剣術や魔法を物心がつく前から教えて、実践させた。戦場から拾ってきた死体で、人間を斬る練習をして、攻撃魔法の的に使用した。そして十歳になると出陣した。
父が、敵国であるヴァンサン王国の魔女に殺されてからも、ふたりは戦い続けた。ルークが、父の仇である魔女に呪われて衰弱し、家族同然の軍隊が壊滅するまでは。




