ささやかな願望
全く思いも寄らない出来事に硬直したロベリアはゆっくり息を吐いた。少女が肉を噛み骨を齧っている。牛のステーキではなく、茹でたむね肉でもない。だが火の通った、焼きたての人間の死肉だ。自分の傍に転がっている肉片に、彼女が手を伸ばす前にロベリアは話しかけた。
「何をしているの、フィオナ?」彼女のしゃぶっている骨を奪って放り投げた。この子は、狂ってはいない。命の危機に瀕して錯乱しているようには見えない。彼女は単純に、お腹が空いているのだ。食人を普通であると植え付けられている環境が異常だっただけで。
「美味しそうな『ステーキ』が出来て、我慢できなかったの。ごめんなさい」とフィオナは少し恥ずかしそうに謝った。「だって、ロベリアたちに会ってから、ずっと人を食べていなかったんだもん」口元を脂でべとべとにさせてロベリアを見た。「わかっているわ。他の人は共食いなんて野蛮だからしないんでしょう?」
「いいや、俺の姉貴はする」
ロバートが突然暴露し、ロベリアは顔をしかめた。きっと、冗談ですわ。
「殺した奴の血を飲んでよく酔っ払う」
「フィオナ、別に食べてもいいんだぞ」ジェームズがいった。
「いいえ、よくありませんわ。三人とも何をいい出すの。お姉さんも食べているですって? ロバートの家族は吸血鬼なの?」
「たしかにそうだな。俺は別に、人肉が好きなわけじゃないよ。姉貴が、吸血鬼でも見捨てずに仲良くしているだけさ。でも、ロベリアは常識的な考えを持っている。俺たちはいかれてる。それだけ」
「なんですって?」ロベリアは驚いた。「本当だなんて。《イングリッドの涙》は人材の宝庫ですわ」
「パンクラトフ第一等は伊達じゃない」ロバートが頷いた。「フィオナが、残った死体を片付けてくれるのはありがたい」
「これは貴重な情報だろう。この子は、そういう風習の部族の集落にいたのかもしれない」ジェームズも続いた。
「後始末が楽になりますわ」フィオナを一瞥すると、ロベリアは後戻りして馬の世話をはじめた。そしてそれ以上なにもいわない。
「今から彼女を助けるのをやめようか、ロベリア?」無言で彼女を追いかけて、ルークが訊く。
「私は一度王都に行ってみたいですわ」ロベリアは兄に応じた。長い旅の時間を利用して、ガルシアのいろいろな場所をじっくりと見てみたかった。フィオナ・ガルシアに対する一度の失望で、諦める望みではないだろう。
「そこは、生だろうからやめておけよ」ロバートがちょっと遠慮していったが、フィオナは人間の内臓まで食べきった。だが、さすがに男ひとりの身体を食べて彼女はお腹がいっぱいになった。残りの襲撃者の死体はジェームズとロバート、そしてルークが手分けして土に埋めた。




