ベルガマスキは帰らない
ロバートは酔っ払っていた。フィオナ以外で、彼が一番酒が弱く、夜のうちに《ベルガマスキ》に向かうが千鳥足だ。店主代理のナタリアは、気が強く面会をするには銀貨を要したが、次はルークがそれを支払った。だが伝えられた部屋の扉を叩いても、例の男が出てくることもなければ、すぐロバートが慣れた手際で解錠して、勝手に部屋の中に入っても、誰もいなかった。室内は整頓されていて人の過ごした痕跡が見当たらなかった。しかしフィオナは、
「お父様の匂いがする……!」と興奮して涙ぐんだ。
ギルドの面々にはそれがわからない。だが彼女がいうからには、かつて会った魔術師カーンが、ガルシア王国廃太子、ミクロスだということが確定したのだ。
「私に黙って飛んじまったのさ」一晩の宿を求めると、調理場に立つナタリアの声が食事室のテーブルに聞こえてきた。「夫のイアンと二十年連れ添ったんだ。ドン・ディスパティエ。奴に騙されても借金を返済していこうと頑張ったんだ。旅館を高い金で買わされてから半年間はイアンも経営に熱心だった。マシュー、ブレンダン、ふたりの冒険者が泊まったときだ。突然奴らと共にいなくなった」香草で蒸した鶏のむね肉が皿に出され、ワインの瓶を卓に置き、「勝手に抜け出す男は慣れている。前金で貰っているから別に文句は無いさ。あんたらも、明日になったら出ていっておくれ。もう眠る」
「私はどうすればいいのかしら……」
「フィオナが望みを失うのは仕方ない」肉にかぶりついて一口食べ終えてから、ロバートが言葉を拾う。「もうこれ以上は手がかりがなくなったな。ビルワリーの捜索は最早叶わないだろう。カーンことミクロスは腕の立つ魔術師で、浮遊魔法を行使できる。他の都市に移動したり、俺たちの縄張りに現れてもおかしくない。パンクラトフに帰るべきだと俺は思うよ。君を連れていってね。その都市にはファーギンというエルフの預言者が住んでいるんだ。彼に父親の行方を占ってもらうのはどう?」
「いい案だと思う、ロバート」ルークは頷く。ニコラ・ド・ドモンジョの事件で魔術師ファーギンの能力は証明された。ミクロスを見つけ出すために彼の預言は不可欠だろう。起こすべき行動を教えてくれる。「僕も彼の意見に賛成します」
「私も同じ意見ですわ。パンクラトフに戻ったら、お兄様と私の家にフィオナも一緒に住みましょう」
「いいの、ロベリア? ルークさん?」フィオナが問い、
鷹揚にルークがいった。「僕らが借りている部屋は、ふたりには広すぎるからね。ロベリアと仲良くしてあげてよ。僕のことはルークと呼んで」
「決まりだな」ジェームズが引き取る。「フィオナは明日出発しパンクラトフに連れていく。だが、仮住まいについてはこの場で決めなくてもいいだろう。預言次第では、すぐにまた旅を続けなければいけないからな」




